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まだるっこしい男のお話

作者:
掲載日:2016/05/05

 ―――――新種の生き物を創り出すことについて、どう考えているのかって?


 君が研究室に来るなんて、めずらしいと思ったら、いきなりだね。

 あ、待って。人質はとらないで。その子、ようやく触手が安定したばっかりなんだ。

 話す。話すから。その子を水槽に返して。そっちの椅子に座って。そう、そこの毛布使って。…ふー。

 ちょっと待ってて、どうせだからお茶でもいれ、…え、いらない? いや、さすがに飲み物をいれるカップは綺麗にしてあるよ?

 わかった、じゃあこのままで。


 新種の生き物ね。一言で言うなら、趣味と実益だよ。

 だって、めずらしいものや新しいものを見つけるのって、面白いだろう。

 ……ふむ。この答は君のお気に召さないか。確かに、いろいろ省略しすぎたとは、自分でも思うよ。


 そうだな…。


 僕にはいくつもの立場があって、そのそれぞれに違った考えがある。全部僕だけどね。

 例えば、長命種として。

 神の祝福を受けられなかった長命種が、神の作りたもうたこの箱庭に、神の禁じた生き物を送り出すなんて、なかなか皮肉がきいていると思わないか。

 …やっぱり、なにかあたたかいものを淹れておくべきだったね。ひどい顔色だ。毛布を渡しておいてよかった。

 君のような短命種は本能的に恐れ多いと怯えるかもしれないけれど、その生き物がどんな風に箱庭を引っかきまわすか、想像するだけで僕は痛快だね。他の長命種も、少なくともその一点では同意してくれるだろう。


 それから、僕たち長命種に研究者が多いのは、君も知っての通りだ。

 なにしろ時間はたっぷりあるからね。同じ物事を調べるのでも、短命種の、さらに先まで観察し続け られる。

 何を当たり前のことを言っているんだ、という顔だね。もっと具体的に言おうか。

 短命種は、新種の生き物を造っても、そこで終わりだ。悲劇だね。

 何のサポートもなく、この世界に放り出される生き物も、その生き物がどういう風に生きるのか、観察できないまま寿命を迎える短命種も。どちらも悲劇だ。

 だけど僕はどうだ。その生き物が、一つの「種」として成立するのか。繁殖を重ねた末に、この世界に定着できるのか。その生き物が生まれたことによって、世界がどう変わるのか。それを造物主として責任もって見届けることができる。

 うん。生み出したからには、きちんと面倒を見るよ。そこの、自分でスキップして移動する蔦も、針をだしいれできるウサギもね。今のままだと、森のバランスを壊しかねないから、研究室の外には出せないけれど。どうにかして、外の世界でやっていけるようにしてやるつもりでいるよ。幸い、この館は人里離れているし、うまくコントロールすれば、森の外への影響は少ないだろう。

「最後まで責任もって」、これこそ研究者として正しい姿だと僕は思う。


 そうだね、長命種は研究者に向いているよ。

 でも、それ以上に、僕たちは暇なのさ。

 知っているかい。生き物の心臓は、決められた回数しか動くことを許されていないという話を。

 ねずみも、人も、熊も、同じ回数だ。不思議だろう。その寿命は、心臓の脈打つ速さに反比例しているんだそうだ。

 ああ、「反比例」がわからないか。

 うーん。こう考えたことはないかい?

 ほんの数年しか生きないネズミにとっての一日と、だいたい六十年くらいは生きられる自分にとっての一日とは、果たして同じ長さなのか。

 時間でいえば、どちらも一日だ。でも、実際にそれを体感したら、速さは全然違うんじゃないか。君だって以前話したことがあっただろう。子供の頃の一日は、今より長かったよう な気がするって。似たようなことだ。

 わかるだろう。

 ネズミにとっての三年間と、君の六十年、「時間」というものさしにあてればまったく違うけれど、体感では同じものなのさ。

 じゃあ、僕らはどうだ。

 僕の一日は。

 洗礼を受けて長命種の仲間入りをする前と後とで、時間の感覚が変わったとは、僕は感じていないんだ。外部とのふれあいがないから、生活リズムは多少狂っているけれど、人と大差ない生活をしているだろう。

 つまりね、僕のように人から変化した長命種は、時間に関しては、人であった頃と変わらない感覚で過ごしているんだ。

 意味がわかるかい。

 これが、どれだけ暇か。

 ネズミにはネズミの時間の使い方が、人には人の使い方が、熊には熊の 使い方がある。食事、睡眠、生殖活動に遊び、そういったものに、それぞれの命の時間を振り分けている。寿命をまっとうするまでに、無駄な時間などほとんどない。

 けれど、人から変化した長命種は、とにかく時間を持て余す。もちろん最初は人の遊びを楽しもうとするんだ。それが一番身になじんでいるから。でも、人の遊びは、長命種の時間を埋め尽くすには、なにかが決定的に足りない。

 だから、自然にいきつくんだよ、研究者という生き方に。

 まあ、時々、方向性がおかしくなるのもいるけどね。それは個人的な問題だから。僕は健全だから。


 失礼だな。僕は本当に健全だよ。

 …あのねえ。たかが顔の形で血の味が変わるなんて、本気で思ってるの。若くて美人な乙女の血がいいなんて、半分迷信だって何度も言ってるだろう。

 あれはね、単なる味覚の好みの問題なの。君たちが鶏肉と牛肉と魚のどれが好きか、程度のものなの。サラダ好きや揚げ魚好きよりバーベキュー好きの方が、数が多くて声も大きいっていうだけのこと。元人間が断言します。あとは、どうせ噛みつくなら、できるだけ若くて綺麗な女の方が気分がいいってだけ。そっちの趣味もないのに、男にかじりつくのって、なんかすごく萎える。

 僕の好み? 僕は「これ」と思ったフレッシュなワインが、熟成を重ねて変化していくのを追いかけて確かめたい派かな。

 いや違う、そういう話じゃなかった。戻そう。

 どこまで話したか。


 そうそう、つまりね、僕個人にとっては最高の暇つぶしだって話だ。

 ……本当に意味が通じているのかな。

 僕らにとっての「暇つぶし」と、君たちの「暇つぶし」って、重みが違うんだけど。まあいいよ、わからなくても。


 それから、最後に。


 異種族の血を混ぜるのは神が禁じている、というけれど。

 僕はそもそも、なぜ駄目なのかが理解できないんだよ。


 恐ろしい容貌をしているに違いない、って、「新種」なんだから今まで見たことのない外見をしているのは当たり前だよね。

 見た目だけで相手を判断してはいけないって、子供にはよく言い聞かせるだろう。

 神の作りたもうた世界に、祝福をえられなかった生き物の居場所はないと、聖書に書いてあるけれど、実際に僕はこうして生きている。

 君の目に、僕は不幸だと見えているかい? 僕は、これで結構満足しているのだけど。

 うん。ちょっと聞き流せない単語もあったけど、うん。

 それにね、どんなに神が禁じたところで、無駄だと思わないか。

 例えば、風や虫のいたずらで、花に異なる品種の花粉がつくのは、よくあることだ。それを庭師が真似て、美しい娘に似合う花を咲かせようとするのも。

 ケルベロスの子供を牛が育てた例もある。ケルベロスが成長して、それぞれ番をみつけてからも、一緒に育った兄弟とは仲がよかったらしい。

 ケンタウロスなんて、誰が見たって、ユニコーンが気に入った乙女に手を出して産ませたに決まってる。でも、好き勝手生きてる。あっちこっちに迷惑かけてるあいつらに神が罰を与えたなんて話、聞いたことない。むしろ、少しは大人しくなってくれるといいのにって思うくらいだ。

 世界中探せば、そういう話はいくらでも出てくるよ、きっと。

 異種族が深く交わるのはいけない事だというけれど、それらが罪だと、本当にそう思うかい。


 つきつめれば、愛することと、命を生み育むことに、種族なんて関係ない。

 神の箱庭は、とっくにその手を離れて、己の意思でうごめいている。

 僕たちは、ただ生きればいい。それが僕の結論。


「だから、産んでよ。僕の花嫁さん」

「…どうして、わかるの」

「わかるよ、そんなこわい顔して、お腹かばって。匂いも変わったし。」

「…っ。………っふ」

「馬鹿だなあ。不安なら、そう言えばいいのに。それとも、産むの、嫌だった?」

「んなことないっ」

「よ、よかった…、今ものすごく安心した………。なんか、どっと力抜けた…。あれだけ頑張ってしゃべって嫌って言われたら、僕ほんともう、どうしたらいいかと。」


「ねえ」

「うん」

「好きって言って」

「はいはい。…愛してますよ」

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