ランドセル
わたし、みか。もうすぐ、ようちえんをそつえんするの。
こんどの4がつから、しょうがっこうにいくんだ。
すきなのは、がっこうごっこ。
えほんとか、よくわからないけどむずかしそうなほんをおでかけようのばっくにいれて、おかあさんにせんせいになってもらうの。
がっこうごっこをはじめたのは、おかあさんが「みか、がっこうごっこしない?」っていったから。
はるかちゃんとか、ようたくんは、じゅくってところにいってるみたい。みかも、その「じゅく」ってところにいかないといけないの?っておかあさんにきいたら、「みかは、まずしょうがっこうにいくれんしゅうしないとね。あしたから、おかあさんとがっこうごっこしようか」っていったの。
それから、まいにちようちえんからかえってきて、おやつたべたらおかあさんとがっこうごっこしてるの。
ねこのにゃーちゃんもいっしょにがっこうごっこしてるんだよ。
じつは、しょうがっこう、いったことあるんだ。
ことしのあきのしょうがっこうのうんどうかいで、よくわからないけど、いっしょのようちえんのゆみちゃんとかといっしょに「ここからあのテープのところまではしっておいで」っていわれて、いっしょうけんめいはしってきたら、おかしとじゅーすをもらったの。
それに、しょうがっこうのほけんしつっていうところで、しんちょうをはかったり、たいじゅうをはかったり、かためをかくしてあなのあいているほうをいったりしたこともあるんだ。
だから、しょうがっこう、こわくないよ。
それに、ようちえんでいっしょのゆみちゃん、はるかちゃんもいっしょだし、だいきくんも、ようたくんもいっしょのしょうがっこうなんだって。
だから、ぜんぜんだいじょうぶ。
「みか、東京のおばさんがプレゼントだって」
「なにー?」
「あけてごらん」
おおきなはこだ。なんだろう。
「わあ! あかいらんどせるだ!」
「調べてみたら、なかなかいい物みたい。なんだか悪いわ、こんなにいいランドセル。いつも東京のおばさんにはお世話になりっぱなしで」
「いつも世話になりっぱなしだな、美佳については。ちゃんとお礼しないとな」
おかあさんはおとうさんとはなしている。
「おかあさん、これでがっこうごっこしていい?」
「だめ! 入学式まで、このランドセルはつかっちゃだめ。傷つけたら、大変だから」
「はーい」
「みか、東京のおばさんに電話するから、ちゃんとお礼言うのよ」
「はーい」
わたしはとうきょうのおばさんにでんわで「ありがとう」っていったよ。
そしたら、とうきょうのおばさんも「みかちゃんがおおきくなってほんとうにうれしいよ」っていってた。
わたしはいままでどおり、ふつうのばっくにぬりえとかいろんなほんをいれて、おかあさんとにゃーちゃんとがっこうごっこをした。
でも、あたらしいらんどせる、うれしかった。
はやく、これをもって、しょうがっこうにいきたいな。
あれからもう六年。
入学式の時には大きくてきれいだったランドセルも、今となってはあちこちに傷ができてしまった。
「美佳、すっかり大きくなったわね。ランドセルのほうが小さくなったみたい」とも言われるようになった。
明日、私は通い慣れたこの小学校を卒業する。何度も何度も練習した卒業式の練習も、明日の本番の卒業式で終わりだ。
六年間で、様々なことを経験し、嬉しいことも悲しいこともたくさんあった。
その背中にはいつもこのランドセル。少し傷はついたけれど、真っ赤で、とても立派なランドセル。
明日は遠足や修学旅行以外で唯一、このランドセルを背負わないで学校へ行く日。
友美ちゃんや春花ちゃん、陽太くんとはクラスが離れてしまって、あまり話すこともなくなったけれど、大樹くんとは六年間ずっと同じクラスだった。
これから進学する中学校については小さい時のように楽しみだ、ということよりもいろいろなプレッシャーのほうが多い。小学校に入るころの楽しみにしていた自分が懐かしいくらいだ。
「美佳、今日はちゃんと早く寝るのよ。明日は卒業式だからね」
「はあい」
お風呂上りに私はお気に入りのレターセットを取り出した。一通の手紙を書くためだ。
「いちねんせいになるみかへ
にゅうがくおめでとう。
しょうがっこうは、たのしいところだよ。
でも、かなしいことも、いやなおもいをすることも、あるんだよ。
それでもね、やっぱりたのしいよ。
おともだちがいっぱいいて、みんながたすけてくれるから。
ゆみちゃんやはるかちゃん、ようたくんはくらすがはなれるけど、だいきくんとはずっといっしょのくらすだよ。
ほかにも、いっぱいいっぱいおともだちができるから、だいじょうぶ。
六年生の美佳が言うんだから、まちがいないよ。
あんしんして、しょうがっこうへおいで。
六年生の美佳」
便せんにこう書いて、封筒にしまい、私は明日持って行くバッグにそれを入れようとした。
タイムカプセルを作り、私たちが二十歳になったら開けるという行事が卒業式の後に予定されていたからだ。私はこの手紙をタイムカプセルに入れることにした。
しかしその前に、気に入っていたこのランドセルにちょっとだけそれを入れておくことにした。
その方が、一年生になるみかに届くような気がしたから。
約一時間後、ランドセルから封筒を取り出し、予定通り明日持って行くバッグに封筒を移し替えて眠った。
「美佳おねえちゃん」
振り返ると、小さな子どもがいる。私の小さい頃の写真のような子だ。
「わたし、みか。あしたから、しょうがっこうにいくの」
「そうなんだ。入学、おめでとう」
本当に、小さい頃の私か……。夢を見ているんだろうな。
「おねえちゃん、おてがみありがとう。わたし、しょうがっこういくのがすごくたのしみになった!」
「そ、そう……」
驚いて、目の前の小さい女の子にそれだけしか返すことができなかった。さっき書いてランドセルの中に入れておいた手紙が、夢の中に出てきた入学する直前のみかに届いているのだ。夢にしてはできすぎている。
「らんどせる、だいじにつかうね!」
そういって、みかは大きな赤いランドセルを背負って駆け出して行った。
「待って、みか……!」
そう言いかけた時に目が覚めた。私が寝ていたベッドの周りに誰かいた様子はない。本当に夢だったようだ。
気持ちを落ち着かせるために水を飲んでもう一度ベッドに入ると、もう夢を見ることもなく翌朝を迎えた。
そして、無事に卒業式を終え、長いようで短い、短いようで長い小学校生活が終わった。
昨日の夜のあの手紙も予定通りタイムカプセルに収め、私たちが二十歳になった時に開封することになった。
昨夜のあの思い出も一緒に込めて。
卒業しておよそ一ヶ月。私は中学生になり、小学生の時より勉強や部活、そして小さかったあの時聞いた、行かないといけないかどうか聞いた塾など、輪をかけて忙しくなっていた。
小学生の時に使っていたあのランドセルは、専門の職人さんの手によってミニランドセルになって私の机の上にある。
どれだけ忙しくても、ミニランドセルの中には、いつも「いちねんせいのみかへ」の手紙を入れている。
色々なことがあった度に、日記のように手紙の中身を書き換えている。
あれから夢で一度も「いちねんせいのみか」には会っていない。
でも、またいつかきっと、会えるように。そして、会えた時に、「中学生になった美佳もがんばってるんだよ」って伝えられるように。
「美佳お姉ちゃん」
風の向こうから、小さな女の子の声が聞こえてきたような気がした。