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恋のリミット三ヶ月。

作者: くまこぶた

 恋とは、難しいものだ。

 おしゃまな子は幼稚園時代に初恋をすますことも多いらしい。

 思いかえせば、好きな子をいじめちゃうあれやこれやをみた気もする。

 小学校高学年となれば、初恋まっさかり。

 昨日まで男子キモいと言ったその口で、誰それが好きだとのたまう子の多いこと。

 中学、高校、年を経れば経るほど、恋を知らない人間は減っていった。

 だが、私はそれを学習しないまま大人になってしまった。

 そう、私はこじらせた女なのだ。



 目の前の青年は私が声を発するのを待っている。

 イエスかノーか。ラブかライクか。


 数十秒前に、私は彼からこう言われた。

 「さやかさんが好きです。めちゃくちゃ好きです。僕と、つ、つ、つっ、付き合ってください!」

 驚いた。

 私なんかに好意をいだく男がいるのか・・・。

 そして、困った。なんて返事をすればいいのか。

 私の後輩である青年は、今年の春の異動で同じ班になった。後輩として、彼を生意気と感じることもあるが、仕事には真摯に取り組む姿勢に好感を持っている。

 私のスペックなんて彼氏いない歴=年齢。しかも、三十代に片足突っ込んでいる。告白をされたのも人生初。自分の顔が可愛いわけでも、性格がいいわけでもないことも知っている。だから、これは千載一遇の機会だ。

 イエスと言うべきだ。

 

 だが、これが恋と聞かれればノーなのだ。


 しかし、私にも後はないのだ。ごめんなさい。それ、キープで!


 「那須くん」

 「は、はい!」

 那須くんは大きな目をしっかり私の目に合わせて返事をする。

 「少女漫画って、読んだことある?」

 私はといえば、うしろめたくて視線を反らした。申し訳ない。

 「あ、はい。妹のを借りたりとかで」

 照れたのか、那須くんの声量が下がった。

 「いや、話が早い。少女漫画における恋とは、ふと気づけばその人のことばかり考え、その人を思うと動悸が激しくなるものらしいんだけど」

 「まあ、たいていの話はそうですね」

 「那須くんは、私に対してそうなると?」

 自然、上目遣いで顔をあげると、上司の覚えもめでたい笑みだ。

 「はい! あと、ヤりたいとも思います」

 「そ、そこまでは聞いていない!」

 爽やかな顔で何てこと言い出すんだ、こいつ。

 「か、勘違いじゃないの?だって、岸さんとか本田さんとかの方がよっぽど可愛い」

 那須くんより若くて女子力が高い子達の姿を思いだす。彼女達のうちの誰かなら、那須くんととても絵になるだろう。

 「あー、そう思う人もいると思います。でも、僕はさやかさんが好きなんです。顔とかすっげー好みだし」

 甘い、背筋がなんだか痺れるような声に私の思考は一瞬固まる。

 「好きです、ちゃんと好きですよ」

 信じてください、と続けられて、さらに私の頭はかき混ぜられる。

 「さ、三ヶ月!」

 流されそうな自分に、鞭を打った。

 「はい?」

 「恋は一時の気の迷い、錯覚だって、研究者は発表している」

 例えば今の声だって、錯覚だろう。

 「脳内麻薬が出るのは、せいぜい三ヶ月」

 「はあ・・・」

 彼は、私がつき立てた三本指に気圧された。

 しかし、本題はここからだ。

 「三ヶ月、様子をみてみない?」

 「それって」

 「三ヶ月後も那須くんが私を好きなら、つき合おう」

 尋常じゃないくらい、顔が熱い。

 「三ヶ月で私を振り向かせてみろ、じゃなくて?」

 「は?なんで?」

 「三ヶ月だけつき合う、じゃなくて?」

 「ちがう」

 那須くんの小さく笑った気配がした。

 「先輩、なんで僕は三ヶ月オアズケされなきゃいけないんですか?」

 「やっぱり勘違いだったら、那須くんがかわいそうだよ。それに、頭を冷やして考えてもらいたい」


 つまり、概要としてはこうだ。

 今のところ恋をしていない私は、このままお一人様コースまっしぐらだ。近年、そのような若者も多いと聞くが、やはり言い知れぬ敗北感と虚無感に苛まれる。彼氏という存在を持ってみたいという欲望に私は正直になることにした。もちろん、彼が飽きた時点で別れる。キャッチアンドリリースの精神だ。その後はその思い出をよすがに生きる所存だ。だが、そんな気持ちで付き合うなど、騙すようで気が引ける。ゆえの、猶予期間三ヶ月だ。それでも好きというなら、私のワガママに付き合ってもらってもいいだろう。

 それに万が一の可能性で、その間に私が恋の相手を見つけられるかもしれない・・・。そう結局、ここまできても私はまだ、誰かと恋に落ちることを諦めきれないだけなのだ。


 「さやかさんと一緒にいられるだけで、僕、結構しあわせですけど」

 そんな事情も知らない那須くんは不服そうだ。

 申し訳なさで目が合わせられない。

 「とにかく!よく考えて」

 この話はオシマイと手を叩く。

 那須くんはしぶしぶ、はーい。と手をあげた。

 去っていく彼の後ろ姿を見送りながら私は、深くため息をついた。これで、事案を先伸ばしにしたつもりになっていた。

 「あ、さやかさん。一応言っておきますね」

 彼が振り向いて、あんなことを言うまでは。


 「僕、さやかさんのこと二年前からずっと好きなんですよ。三ヶ月後、やっぱり無しなんて言わないでくださいね?」


 三ヶ月で、誰かに恋をする方法を至急求む。


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