夢
目が開いている?それとも閉じている?
何度この場面に立ち会ってもその答えは分からず、そんな疑問の投げ掛けもここでは暇潰しであり、何の意味も持たないの文字の羅列だ。
自分が実際そこにいるのか、いないのか。
意識だけがフワフワと空中を浮遊しているようでもあれば、背中に感じる硬く冷たい感覚から実態が存在しているようでもある。
どうも心が落ち着かない、安定しないなと思ったところで『意識』が二つあることを思いだし納得する。
何回も見たこの状況に飽き飽きしている自分と、
何もない空っぽの脱け殻のような自分。
今、あれこれ考えているのはきっと前者で意識だけでしかこの世界に存在し得ない。
それでいて実態を持つ後者もたぶん自分なのだ。
何もかもがどうでもよくボヤけたこの世界では、まるで催眠にかかったかのように全てを信じられるのだった。
その音を聞き取ったのはどちらの耳なのであろうか。
コツコツ…と靴が床を叩く音が迫ってくる。
真っ暗で静まり返ったこの空間から解放される瞬間がやって来た。
しかし、それはそれほど素晴らしい事ではない。
そう思うのは、意識だけの俺の場合このあとに起こる出来事をすべて知っているからで、実態を持つもう一人の俺は全ての物を理解できない存在だからなのだろう。
一度読んだ物語りを最初から全て読むのは、ひどくつまらない。
その時、ガチャッという音がした。
空間に光が生まれる。強い、目を焼くような光が。
突然の明かりに目を庇う。
この時になって後者の自分ははじめてこの空間は部屋であり、ドアが存在するということに気付いた。
ただ、そこに感動はない。
「86番、出ろ。」
白い光の向こうに黒いシルエットが二つ見える。
声もそこから発せられたようだった。
意識だけの俺が見つめる中、実態を持つ自分はゆっくりと立ち上がる。
「急げ」
シルエットが放つ言葉は単調で感情がないかのようだ。
だが、実態を持つ自分は感情が籠った言葉を知らない。
だから、言われた通りにおぼつかない足取りでドアへと向かう。
手枷や足枷の類いはつけられてはいないが、逃げるような事はしない。
それも実態を持つ自分が知り得ない事だからだ。
かといって、意識だけの俺に何が出来るわけもなく。飽き飽きしつつも、できるだけ早く終わりに辿り着くためにドアの外へと向かう。
「急げ」
急かすようにもう一度感情のない声がかけられる。
そうして光の向こうに一歩足を踏み出したところで異変は起こった。
世界の崩壊。
それは、とても優しく温かい。
意識だけの俺が待ち望んだ瞬間。
視界の縁から徐々に黒くなっていく。
そしていつしかその黒は全てを覆う。
最後まで見えていたのは白い光の向こうに消えていく、実態を持つ自分。
あの光の向こうでは、意識だけの俺だけが知る物語りが続いていくのだろう。
何にせよこれで帰れる。
そう思った瞬間、場面は変わっていた。
気付くと俺は椅子に座りディスプレイに写し出される映像を眺めている。
頭が割れそうなほど痛い。
目の前に広がるのは一面火の海。
そして、その真ん中にポツンと大きな人形のシルエットが映っている。
頭部らしきところには二つの赤い光が灯り。
そいつは確かに此方に向かって歩いて来る。
時間切れ、とでも言うように視界の端から景色が霞んでいく。
自然と「ああ、死ぬんだな。」と思った。
―そうして―
いつしか俺の意識は、知らない内に世界から切り離されていた―。