second episode:family 第4話「平常」
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第4話「平常」
「カサくん、起きなさい」
「……」
「あ、起きた?」
「……聞いてくれよ」
「へっ?カサくん、あなた何言ってるの?」
「道端で万札が束になって落ちていたんだ」
「え、えぇ。というより寝ぼけてるの?寝ぼけてるのね?」
「何に使おう……っ……」
「……」
「……」
「え!?なんで寝るの!?起きなさい!」
誰かがガクガクと揺らしてくる。いい加減にしてくれよ……俺は眠たいんだよ……。
あー、朝起きたら何食べよう。
朝から油物はキツイから、軽めのハムチーズトーストとかでもいいかもしれない。
ハムを包みこむかのようにチーズがあり……そしてパンの表面はキツネ色に焼けており、食欲をそそる匂いが鼻に押し寄せる。
そして、それを口に含むと同時に、カリッとしたパンの音がなり、すぐにチーズの芳醇な味が口の中に染みわたる。
噛むと、チーズに挟まれていたハムがそこから味をだし、チーズとハムが協定を結び、なんとも言えない、奥深い味になる。
ああ……食べたいなぁ……ハムチーズトースト。
そんな風に考えていると、ぐ~っと腹が減ったと疼いていると分かる、間の抜けた音が室内に響いた。
「……カサくん?」
俺は不気味な声がして、その声の持ち主はすぐにわかった。愛瑠さんだ。その怖ろしげな声を聴き、布団を自然に被りなおした。
やばい。
いま、愛瑠さんを見たらきっと殺される。
「……はぁぁぁ……」
大きなため息が聴こえる。
愛瑠さんを向いていなくても、ゆらっと愛瑠さんが動いたのが分かるほど、ビシビシと気圧を感じていた。
あなたは一体なんなんだ。
ギシギシッという気圧が、少し遠くなった気がした。愛瑠さんが離れたんだろう。
俺がホッとしたのもつかの間。2段ベッドに続く梯子が不吉な音をたてている。
……冷や汗が止まらない。愛瑠さん、谷風には容赦ないからな、アイツ生きてここからでていけるんだろうか。
打撲で済んだら幸いだろう。いやいや、もしかしたら骨が折れるかもしれない。
想像してみよう。
「ほぎょぉぉぉぉ――!」
「……」
谷風は2段ベッドから蹴落とされた!
「ほーら、俺はピンピンだぜ!」
いや、なんで谷風、頑丈なんだ。
アイツのことだから……。
「ほわぁぁぁぁ――!」
「ふふ……っ」
谷風は2段ベッドから殴り落とされた!
頭から床に激突!
頭にネズミが噛みついてきた!
「ぎゃあぁぁぁ――!」
ふむ……まぁ、これくらいだろうし放っておいても大丈夫だろう。
そう思っていると上から、声が聴こえ始めた。
愛瑠さんが、谷風に蹴りでも放ったんだろう。
「ふっ!」
「!?」
「愛瑠さん……俺はあなたの気配に気づいていましたよ!」
あれ?谷風は避けたのか?
いやいや、そんなバカな…俺が知っている谷風はアホかバカのはずだ。
「な、なんですって!?」
「ふふふ……よくぞ俺のテリトリーに来てくれました……ぐへへっ!」
「……ふっ!」
骨が砕けたような音とともに、谷風が上から落ちてきたらしく、床を突き抜けたらしい轟音。
寝返り。
谷風は、足だけを床から生やしており痙攣しているかのようにピクピクと動いている。
非常に気持ち悪い動きだ。
「カ サ く ん ?」
1つの単語に語気が込められていて、とても怖ろしい。
聴いているだけで身体が震える。
「……はい」
ついに答えてしまった!
なぜ俺はそのままいかなかったんだ!
「起 き な さ い」
「……はい」
布団からでて、ベッドに正座する。
愛瑠さんの顔色を窺うと身体から殺気のようなものが炎のように身体から迸っているのが分かる。
どうしよう。
本当にやばい。
殺されるかもしれない。
「とりあえず、時間見てくれるかしら?」
「7時です……」
だから、俺は起きなかったんだ。
なんで愛瑠さんは7時に起したんだよ……これを言ったら殺されるだろう。
「そうよね。何か言うことはない?」
「な、なんでしょうか?」
「ふむ……」
「……」
「……カサくん?」
「は、はい!」
「あなたたちは、いつも何時に起きてたかしら?」
「えー、8時くらいです」
「そうよね。それでいつも遅刻ギリギリで入ってくるわよね?」
「はい」
「だから、私は起してあげようとしたわけなのよ」
「はい、そのお気持ちはとてもうれしいですが……」
「なに?」
「いえ、なんでもございません」
黒髪から覗く目がドス黒く怖い。
「ほら、早く着替えなさい」
「はい。わかりました」
愛瑠さんが、ドアを開けて外にでる。
そこに、何か違和感を覚えた。
「愛瑠さん」
「何?」
「えーと……なんでもないです」
違和感は杞憂だったようで、すぐに消えた、なんだったんだ。
「……そう」
愛瑠さんがでたのを確認してから、谷風の足をつついて起しにかかる。
「おーい、谷風ー生きてるかー!」
「うぼぉ……ボォ」
「生きてるっぽいな……ほら、早く起きねーと愛瑠さんを待たせることになるぞー」
「……」
「……」
いつもなら飛びあがって起きるはずなんだが……死んだか?
「死んでねぇぇ――――!」
床から飛びだし、豪快に着地する。
「うおっホコリがたつだろ!それと言葉にもだしてないのに突っ込むな!」
とりあえず1発殴っておいた。
……
…
「つあー!いてぇ……」
谷風は頭をさすっている。
床を突き抜けた衝撃だろう。
俺と谷風は制服に身を包んでいる。当然愛瑠さんもで、全員ブレザーを着こみながら、この春ながらも寒い気候に耐えながら、通学路を歩いている。
谷風は相変わらずバカなことを言っているので、とりあえず突っ込んでおく。
「お前がバカなことばっかりやってるからだ」
「……元はといえば愛――」
「バ、バカ!」
谷風の頭をヘッドロックするかのように寄せる。
「なんだ!」
「愛瑠さんのせいだなんて言ってみろ。死にたいのか」
「うっ……死にたくないなぁ……うーっし!そうだよな――いやぁー!空が青いなぁー!」
「……カサくん、谷風くんはどうしたの?」
谷風をヘッドロックから解放したら、次は愛瑠さんが顔を近づけてきた。
どう説明したもんか……少し考えて愛瑠さんに向く。
鼻と鼻を突き合わせる距離になる。近い。近いよ!
「春の陽気に当てられたみたいですよ」
満点の笑顔で返す。
「あ~……谷風くんなら仕方ないわね」
愛瑠さんも納得したようだ。
安心安心。
「そうですね~」
「オイコラッ!なんだ、人をバカみたいに!」
「……」
「……」
「可哀そうな人を見るような視線がいたぁーい!」
「そういえば、愛瑠さん、俺たちはどこに向かってるんです?」
俺はてっきり通学路だから、学校に向かっているものだと思っていたら、全然違う道を歩いている。
こっちにあるのは学食じゃなかったか。
「えっ?」
愛瑠さんが、バカを見るような目で見てくる。
非常に不快だ。
「なんですか、そのバカを見るような目は。谷風にだけにしておいてくださいよ。そんな目を向けるのは」
「いや……カサくんも大概よね」
「俺と谷風が同列にみられるのは我慢なりませ――」
「俺も核と一緒にみられるのは我慢なら――」
「はいはい、ストップストップ」
俺たちをなだめるように愛瑠さんは手をだした。
そしてその手を上に向けると同時に、俺もその手につられて上を見る。
「学食」
「そう、まずは朝ごはん、でしょ?」
「あ、ああ……そうですね」
やばい、さっきまで朝食のことを思っていたのに、てっきり忘れていた。
腹の虫は限界に近いのか、断続的にぐー、ぐーと腹が減っていると主張していた。
「よーし!早くいこーう!」
谷風はもう学食に入ろうとしていた。
それを追い掛けるように俺と愛瑠さんは入る。
……
…
学食は、少しくるのが早いこともあってか、人が少なかった。
基本的に生徒は学食で朝ごはんを食べてから学校へ向かう。クラブ活動などに入っている生徒も腹をすかしてそろそろ入ってくるだろう。
いくら今は人が少ないと言っても、早く入りたいんだ……が。
谷風が、目の前の食券販売機でかなり悩んでいた。
この学校の学食のシステムは、まず学食入口近くにある、食券販売機で券を買ってから、それを学食のおばちゃんたちが用意してくれるところで引き換えるというものだ。
「うーん……どれにするか……カフェモカ?コーヒー?いや……ここはカツ丼」
カツ丼と聴いた途端、俺の後ろで並んでいる愛瑠さんが不審そうな顔をする。
そんな脂っこいものを朝から食べるな、ということだろう。
谷風は谷風で、愛瑠さんの顔色を窺っているようで中々決まらない。
「おい、谷風、早くしろよ」
「まーまてよ。俺の優雅な朝ごはんは始まったばっかりなんだ」
「んなことしるか!あとがつっかえてるんだから早くしろ!」
「あー、わぁーったよ。じゃあこれだ」
谷風が食券販売機を何も見ずに押す。
ピコンと景気のいい音をたてて落ちてきた食券。
えーどれどれ?
「カレーの味噌漬け」
「……な……ん……だ……こ れ は!」
「当たりメニューだよ。よかったな。早くどけ」
「うまいのか、なぁ、これうまいのか?」
食券を引き換えるためにさらに列にならぶ。その間に「なぁ、うまいのか、これはうまいのか」と谷風は下級生に絡んでいた。
絡まれている下級生は面倒くさそうだ。
「えー、俺は……ハムチーズトーストとコーヒーっと……」
「カサくん、それ好きねぇ……」
俺がどくと、後ろに並んでいた愛瑠さんがコーヒーとハムチーズトーストの食券を買っていた。
「いや、愛瑠さんも同じなんですが……」
愛瑠さんは、ふと微笑したように微笑んだ。
「そうね……私にとってはこれは思い出の味だから」
「?そうなんですか。早く並びましょう」
「……えぇ、そうね」
「ところで、席はどうするんですか?」
「ああ、それなら、先にトリちゃんが取っておいてくれてるはずよ」
「そうなんですか」
愛瑠さんが言うトリちゃんとは、兎風 凛という女生徒で、いつも俺たちと一緒にいる女の子だ。
凛は俺より一歳年下の高校1年生で、この春入学してきたばっかりだ。
今日はどうしてか、寮で愛瑠さんが起しに来た時もいなかったな…調子が悪いんだろうか。
あとで席に行ったときに聴いてみよう。
俺と愛瑠さんも食券を引き換えるために並ぶ。
谷風は相変わらず、下級生に絡んでいた。
……
…
食券から朝食へと引き換えた俺と愛瑠さんは、凛が先にとっておいてくれてるという席に向かった。
谷風は、なぜか別のところに座っていたが、無視する。
席につくと、真正面の凛はいつもの、顔でそこにいた。
整った顔立ちながらも、幼さを感じさせる造形。髪はいつものように後ろでまとめており、俗にポニーテールと呼ばれるもので黒髪が呼吸に合わせて、優雅に上下していた。
凛は、もう食事は取ったあとのようで、激辛!トマトとキムチ!とロゴのついた紙パックをテーブルの上に乗せていた。朝からなんてものを飲んでいるんだ。
「凛、おはよ」
「おはようございます。核くん」
凛は透き通った声で、挨拶を返してきた。
核くん……?凛はいつも俺のことを神風と呼んでいなかったか。
「……?」
「どうしましたか?核くん。早く食べないと冷めますよ」
「え、ああ。そうだな。いただきます」
凛はいつも俺のことを核と呼んでいたのか……?まぁ、いいやと、俺は疑問に対する回答を求めなかった。
「……」
凛の隣に座っている愛瑠さんが、俺を訝しげな目で凝視している。
「愛瑠さん?どうしました?」
「あっああ。なんでもないのよ。なんでもないわ。カサくん」
「は、はぁ……そうですか」
愛瑠さんはいつもの調子だ。
頼んだハムチーズトーストを、優雅に口に運んで、食べている。
しばらく、俺も食べることに専念しようと自分のハムチーズトーストを食べようとすると――。
「うおぉぉ――い!俺の存在を忘れてないかぁーい!?」
俺は無視して、ハムチーズトーストを食べた。
隣には谷風が座っていた。
しかし、それ以外のものも同居しているようで、谷風から、異臭がした。
一旦食べる手を止める。
愛瑠さんの手はすでに止まっていて、ついでに鼻をつまんでいる。
凛は少し苦笑いを浮かべながら、谷風を見ている。
仕方が無いので、俺は興味も無いその異臭の正体を突き止めようと聴いてみる。
「なぁ、谷風」
「ふぁんだ」
得体のしれない色をしたカレーを口に含みながら谷風が答える。
この場に卒倒しそうなほど異臭がする。
「お前、臭いぞ」
「……え?」
「そのカレーが原因だろうが、すんげぇ、臭い」
「……愛瑠姉さん!凛!」
凛と愛瑠さんは、無視しているようで自分たちの世界に入っている。
「ふーかちゃん。ハムチーズトーストちょっと頂戴」
「トリちゃん…いいわよ。ほら、あ~ん」
愛瑠さんが、凛にハムチーズトーストをあげていた。
隣にいる谷風が刺激臭を発したまま、ガタッと椅子から撥ねるように立ちあがった。
「ジェェェ――ラシィィィィ!」
頭を抱えて、大げさに
身体を揺らしながら絶叫。
周囲で
ご飯を食べていた生徒たちが何事だ?とこっちを見る。
あー……こりゃあの人がくるなと思った矢先に、静かで透き通るような声が聴こえてきた。
「あなたたち、何やってるの?」
ほら来た……。
声のする方向を向くと、呆れたように手を組んだ女生徒がこちらを睨んでいた。
谷風が、「あ……」と動きを止めた。いらないことしやがって……。
俺の前の前にいる、女性徒の名前は、未風 時先輩。
幻無高校 3年生で現在の生徒会長だ。
厳格で、校則違反を見つけようものなら、すぐに連行されるというある意味生徒から恐れられている先輩だ。
透き通るようなショートカットの黒髪。
どこか、その顔立ちは愛瑠さんに似ていて、パッと見では双子なのではないかと見間違うほどだった。去年の俺がそうだったんだから、誰だってそう思うと思う。実際に谷風は愛瑠姉さんと呼んで無視されていた。
愛瑠さんに似ているといっても、愛瑠さんよりツリ目でさらに睨んできているため、少し萎縮してしまう。
少し遠くにいた、美風 時先輩は、こちらにずいずいとやってきて睨んできた。
実際には俺を睨んでいるわけではないらしく、宙を睨んでいる。
「だから、何やってるのって聴いてるの」
「あら、少し五月蠅かったかしら?」
愛瑠さんは、なに?と言った風に声を発した。楽しい時間を邪魔されたのが、余程嫌だったのか、少し怖い。
未風 時先輩は、愛瑠さんの態度に臆した様子もなく答える。
「えぇ、五月蠅いわね。学食で朝から叫ぶようなことはないわ。みんなの食事の邪魔になるでしょう。静かに食事したい人はいっぱいると思うわ」
「そうかしらね。それにみんな、ということはあそこの角で喋っている人たちもそうかしら?」
愛瑠さんが人差し指を学食の一角に指す。指を視線で追うと女性徒たちが大音量で食っちゃべっていた。
その言葉を聴いて、宙に視線を固定していた未風 時先輩は、愛瑠さんをより一層強く睨み始めた。
不穏な空気だ……。愛瑠さんは、何を言われても平然と返すだろうし、未風 時先輩も何を言われても言い返すだろう。
その不穏な空気の動きを感じたのか、谷風が小声で話しかけてくる。凛はいつも通り、飲み物をすすっていた。マイペースというかなんというか。
「なぁ、これって俺のせいか」
「どうだろうな……謝ったほうがすぐに終わるのは確かだが」
「そうか……よし!」
谷風は意を決したように立ちあがり、未風 時先輩へ向いた。
「なに、あなた」
「さっきは大声だしてすいませんでした!」
頭を風が切るほど素早く、深く下げる。
いままで愛瑠さんを睨んでいた未風 時先輩は、毒気を抜かれたようにため息をつき視線を逸らした。
「はぁ……まぁ、いいわ。次から気をつけてね」
それだけ言うと去ろうとし、少し立ち止まり、振り返った。
視線は……愛瑠さんに向けられているが、すぐにまた前に頭を戻して学食から立ち去っていった。
「ふぅ……」
「お疲れ、谷風」
「お疲れ様、谷風くん」
「……」
俺たちがお疲れと谷風に言うなか、愛瑠さんは少し不機嫌そうにしていた。谷風はそれに気づいて「どうかしましたか?愛瑠姉さん」と言った。
不機嫌そうにしていた顔を隠してすぐに谷風に満点の笑顔を向ける。本人が言うには営業用スマイルらしい。
「なにもないわ。さて、みんなご飯は食べたわね?」
「えっ……」
「なに、カサくん」
愛瑠さんがさらに笑顔の密度を増す。なんだ、何が起ろうとしているんだ。
「いえ、なんでもありません。ところで、なんでしょうか?」
「そうねぇ……とりあえずついてきて」
俺と凛は食器を持ち席を立つ。谷風はいままで忘れていた、カレーの味噌漬けを食い始めていた。
あれ、本当に臭いなぁ……遠くにいても相当悪臭がする。
愛瑠さんが颯爽と学食から去る中、俺と凛は食器を返しながら少し話しをした。
愛瑠さんはいつ食器を返したんだろうかと思いつつ。
「愛瑠さんは何をしようとしているんだろう」
「なんだろうね……悪い、ことじゃないといいけど」
「悪いこと?」
「……ううん、なんでもないよ。きっと、大丈夫だから」
「?凛は不思議なこと言うな。そういえば――」
「なにかな」
「誰かが足りない気がするんだけど、気のせいか?」
俺の少しの疑問に、凛は止まったように目を動かさなくなる。
「……どうして、そんなこというのかな」
「いや、なんとなくなんだけど……」
「何も、誰も足りなくないよ。いつもと変わらない。同じだよ」
「うーん……そっか」
「うん。早くいかないとふーかちゃんが先に先に行っちゃうよ」
「本当だな……急ごう、凛!」
「あっ」
俺は凛の手をとって、愛瑠さんを追いかけた。
握った手は、少し震えている。
さっきの言動といい、凛が何かを隠しているのは確実なのに、なにもわからない。
何が凛をこんなに不安にさせているんだろう。
……
…
愛瑠さんのあとを追う。
追いつく前に、階段を昇り、空き教室に入っていった。
空き教室なんかに入って愛瑠さんは何をしようっていうんだ……?
俺たちも愛瑠さんに少し遅れて空き教室に入る。
愛瑠さんは、扉近くにある机に腰掛けていた。
それともう1人の人影を発見。その主は、俺たちを見て第一声。
「お前たち、やっときたか」
「先生……何やってるんですか」
空き教室にいたのは、みんなの頼りになる先生だった。
俺のクラスの担任で、生徒からはその面倒見のよさから、様々な人から相談を受けている。噂では、校長にも相談を受けているとか。
ちなみに、みんな先生と呼ぶだけで、名前は誰もしらない。おかしな話しだが、誰も先生のことを名前で読んだりしないのだ。
本当になんでだろう。今度機会があれば訊いてみよう。
先生は開いていた本を閉じて、こちらに歩いてきて、一言。
「俺は古風に呼ばれただけなんだがな」
「そうなんですか。じゃあ――」
愛瑠さんに向き直る。俺を見ることなく、反対側にある窓を眺めるように、愛おしそうに見ていたので俺はその目線の先にあるものが気になって、話しの途中にも関わらず向いた。
見えるのは校庭。
ただ1人こちらを見ているような女子があっちにもいた。
ここからでは見えにくいが、透き通るような黒髪をしている。
きっと未風 時先輩だ。未風 時先輩は愛瑠さんの愛おしそうな目と違い、憎いと言ったように睨んできている。
やっぱり、未風 時先輩と愛瑠さんには何かがあるんだろう。気になるけど……俺にそんなことを聴く権利はあるんだろうか。
いま訊いてもきっと愛瑠さんははぐらかす。だから、俺はここに呼ばれた理由をまた愛瑠さんに向き直ってから訊いた。
「愛瑠さん、俺たちをここに呼んだ理由はなんですか?」
愛おしそうにしていた目をそらし、こちらに向く。いつも通りの、優しそうでありながら厳しい目だ。
「そうね……。ねぇ、カサくん。潤いのある学園生活を彩るのはなにかしら?」
突然なんだ。
愛瑠さんが言うからには何かしら意味があるんだろうけど……真剣に答えよう。
「えーと……部活、とか?」
愛瑠さんは俺の口から部活なんて言葉がでてくるとは思わなかったのか、目を見開いたが、それもすぐに消えた。
ちなみに俺は学校ではずっと帰宅部で、部活をしたことはない。
それなのに、どうして部活なんて言葉がでたんだろう。
「部活……そうね。その学園生活を彩るために、部活をしてみないかしら?」
「え……っ!?」
「なによ。そのえっ!?って」
「い、いや愛瑠さんは部活とか嫌いなんじゃないかと思ってたから……」
「そうね。でも、一度だけでもそういうことをやってみたくない?だから、やってみましょう。カサくんはやってくれるわよね?」
「まぁ、いいですけど……。この学校の規則じゃ、部活動をするには5人必要なんじゃ?」
「……?何言ってるの、カサくんとトリちゃんと私と優――」
愛瑠さんの口が途中で止まった?
「なんでもないわ。そうね。あと1人足りないわね……」
隣にいる凛に耳打ちする。
「なぁ、愛瑠さんはどうしたんだ?」
耳打ちする際にみた凛の横顔は、形容しがたい顔になっていた。
歯を食いしばって、耐えているような、泣いているようなそんな感じ。
「さぁ……私には、わからないよ」
「そうか」
これ以上、会話をする気もないんだろう。凛は正面を向いている。さっきと同じ顔で。
最近の凛はよくこの顔をする。
俺が知らないところで、愛瑠さんと凛は何かしていたりするんだろうか。
愛瑠さんが考えこんでいるので、それを打開すべく俺の提案をあげる。
いつもなら、この辺で明るく場を盛り上げてくれる……人がいたような気がするんだけど。
「じゃあ、俺が5人目探してきますよ。ところで、何の部活なんですか?」
「そ、そう。じゃあお願いね。この部活はね、地底人を探すことにあるの」
はっ?いまなんて?愛瑠さんはなんて言った。
地底人?
あれか、俺たちより高度な文明をもっていて、いまはもう絶滅した人類を探すとかか。
「冗談、ですよね……?」
「いえ、本気よ。5人目の部員探しと、あとカサくんが部長だから」
待て、待て、俺が預かり知らないところで話しが進んでいるんだが。
「待ってください!知りませんよ!」
しれっとした顔で愛瑠さん。
「だって知らせてなかったもの」
俺はいま口をあんぐりあけているんだろう。
先生は何を納得したのか頷いて、俺に1冊のノートを差し出した。
「なんですか、コレ」
「日記だ、日記。この部活の日記を書くものだ」
「はぁ……そうですか。で、俺に渡してどうするんですか」
「お前が部長だろう。お前が日記を書け」
「えぇ!?なんで!?」
「なんで!?じゃない。日記は――」
?その後のフレーズを知っているような気がして俺は口にだした。
「大切……ですよね」
「ああ、そうだ。書いてきてくれるな?1週間後提出するように」
「はい。愛瑠さん、まだ部活の名称を聴いてないんですけど」
「そうね。名前は――探検部とでもしておくわ」
「は?探検部?」
愛瑠さんにしては、かなりストレートだ。
ストレートすぎて、今更そんな風につけるやつはいないであろうくらい。
「そうよ。文句でも?」
「いえ、ありません」
と言ったところで、授業開始5分前のチャイムがなった。
それと同時に、谷風が息を切らせて入ってきた。
「ぜぇ、ぜぇ……」
その谷風をしり目に、愛瑠さんと凛は空き教室からでて行った。去り際に放課後集合と言って。
先生もいつの間にかいなくなっており、きっと授業の準備をしにいったんだろう。遅い気もするけど。
いまだに息を切らしている谷風の肩を叩き、教室いこうぜと合図。
教室へ向かっているうちに谷風は息切れしなくなってきたようだ。
「なぁ」
「なんだ」
「俺たちの隣にはもう1人いつもいたような気がしないか、何か物足りない」
谷風は何を言ってるんだ……?
「いつも俺たちしかいなかったと思うが」
「そうかねぇ……まぁ、いいや。早くしないと間に合わないぜ」
「おう、そうだな。急ごう」
未だに頭をひねり続ける俺。
んー……誰かいたような気もするような……しないような。
俺は微妙な違和感を頂きながら、廊下を突き進んだ。
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