【入学編 Ⅰ】
introduction
西暦二一三〇年。
人類は二十世紀以降第三度目となる世界大戦を終え、表面上は平和を保っていた。
しかし、四度目の大戦の火種はそこかしこに転がっており既に燻りだしている。
第三次世界大戦において、勝利国となったのは日本、EU(ヨーロッパ大連合)、ロシア(新ソ連とも言われる)、アメリカ合衆国。
敗戦したアフリカ大陸の小国は統一され南アフリカ連合国と北アフリカ連合国の二国となり、同じように敗戦国となった朝鮮(大韓民国と北朝鮮は前世紀に戦争を終え、ひとつの国となった)、中国も極東連合という連合のもとに一つになった。
そもそも三次大戦の発端は何か。
敗戦した国の国民は口を揃えて言う。
「我々の家族を奪うな」と。
勝利した国の国民は口を揃えて言う。
「我々の仕事を奪うな」と。
世界情勢が未だ発展を遂げられずにいた国の国民に海外での労働を強いていたのは現実だが、国際社会がそれを強制したことはない。
途上国の人間が先進国に流れすぎたため、もともと先進国にいた人間は順当に就職できず無労働者が溢れた。
そして現在。そのような状況下において、各国は来たるべく四次対戦に向け技術を磨き続けている。
表向きは各国ともに協力体制を取り戦争にならないように図っているが、いざとなれば自国だけが…と考えるのも妥当な考えだろう。
日本では西暦2100年より教育機関から技術力、つまりは国力を上げるために国立先進技術大学を設立。
そしてその附属高校として旧制(1890年代の高等学校令によるもの)高等学校の区分で八つの高校が翌年より設立された。
第一高校…東京、第二高校…仙台、第三高校…京都、第四高校…金沢、第五高校…熊本、第六高校…岡山、第七高校…鹿児島、第八高校…名古屋
それらはともに「一高」「二高」………と呼ばれることが多い。
総称して単に「技術高」と呼ばれることもある。
現在の学制は一八七二年に最初の学生が公布されて以降幾度となく改新されて来たが、一番長く続いている六・三・三を維持している。
しかし、国立先端技術大学に入学するためには必ず附属高校を卒業する必要がある。
これは差別ではなく、効率と能力による妥当な制度だ。
そして二一三〇年四月。
「一高」にある秘密を抱えた一人の少年が入学する。
名前は望月 潤。
その時から世界を変える、あるいは歴史さえも動かすであろう『日常』が幕を開ける―――――――――
総勢三百二十人が入学する今日、一高の門の前では人集が出来ていた。
それもそのはず。ここに入学するのは未来の天才技術者ばかりだ。有力な企業が視察に来るのも理解できる。
そしてその人だかりの中心にいるのは少女だ。
名前は、美波 桔梗。本年度の主席入学者だ。ここ十年ほど一高の主席入学者は男子だったためか例年よりも注目されている。
どうやら取材も来ているようだ。
少女――桔梗も臆することなく堂々とその取材に答えている。
「入学後はどのような進路を取るつもりですか?」
「実はまだハッキリ決めていないんです。入試は数学科で受けましたけど…」
どうしてこの返答が堂々していると言えるのか。それは進路が決まっていないことを公言することにある。
「決めていない?つまりどの学科に進級するかは分からいない、と?」
「え、えぇ…」
現代において――特に技術高の場合――進路が決まっていないことは、学校にとっても本人にとってもデメリットばかりだ。
例えば、入学後すぐに始まる学科別授業。これはおもに進級後の学科を見据えて決められる。また、学校としても進路が決まっていたほうがフォローし易いのである。
目立っているのは彼女ばかりではない。勿論他の入学生も注目されている。
『名門』と呼ばれる家系には其れたる所以がある。科学技術面で多くの功績を残し続けているとかそういうことだ。
その『名門』から技術高に入学する生徒が多いのも当たり前と言えば当たり前の話だ。
さっきの少女美波 桔梗も『名門』の長女。この時代で美波家と言えば知らない者はいないであろう名前。
美波家は主に医学部門での功績が称えられている。
―――そんなことを思いながら少年は大きな溜息を吐いた。
何を隠そう桔梗は自分の幼馴染。小さい頃からよく会っていたし仲も良かった。
されど少年は『名門』ではない。
それだけである時から彼女とは疎遠になっていたのだ。
「会いにくよなぁ…」
運が良いのか悪いのか少年と少女は同じクラス。しかも席が隣なのだ。
「誰によ?」
驚きはしなかったが自分の意識がそこになかったことを確認させられてハッとなり声の主の方を見る。
「……久しぶり。桔梗」
「えぇ、潤」
この再会が思わぬ事件を巻き起こし、彼等を波乱の日常へと飲み込んでいく前奏曲だなどとこの時は誰も思っていなかった。
実技棟地下体育館兼大講堂
今、壇上では桔梗が入学生代表の答辞を読み上げている。
前列には入学生。後列には在校生が控えている。その後ろにはメディアも来ているようだ。
当時が終われば生徒会長の挨拶があって今日は放課になる。昔からこういう式はどうも苦手な潤は多少そわそわしている。
「皆さん、入学おめでとうございます。第一高校生徒会長の黒沼大貴です」
言うまでもなく黒沼も『名門』の一家。黒沼は主に地学での功績が名高い。
「今日という日は皆さんにとって新たな門出の日となります。各人確固たる信念をもってこの学び舎での生活を送ってください」
盛大な拍手とともに会長の挨拶が終わった。
一旦ホームルームへと戻ることにした潤は校門へと向かう入学生の列を抜けて校舎へと戻った。
「あれ、潤も戻ってきたんだ」
「桔梗……居たんだ。さっきの挨拶、なかなか良かったじゃん」
「あ、ありがとう…」
うっすらと頬を赤らめる幼馴染を見ながら朝の複雑な気持ちを思い出す潤。
「それより、なんで戻ってきたの?」
急に転換された話題に多少吃りながらも答える。
「別に。特に理由はないけど…そっちは?」
「私?私は……」
次の言葉を待たずして開かれた教室のドア。そこには見覚えのある顔があった。
「美波さん。準備できた?」
生徒会長の黒沼大貴だった。彼は潤に気づくとすぐに何かを察したように――無論誤解だが――声をかけた。
「あぁ、邪魔をしてしまったかな」
「い、いえ!大丈夫です。準備も終わってます!」
「じゃ、行こうか。向こうで他のメンバーも待ってる」
なぜか安心する自分に少々戸惑う潤だが、自分の興味に勝ることはできなかった。
「何処へ?」
「生徒会室だよ。………確か望月くんだったね。丁度いい、君も一緒においでよ」
何が丁度いいんだ、とぼやきながらもその場はついていく事にした潤。
特別教科棟五階生徒会室
「さて、それじゃあまずは自己紹介から。僕は第一高校生徒会長黒沼大貴。学科は地学科。よろしく」
本当に『僕』という一人称が似合う容姿をしている。傍から見ればまだ中学生でもいけるんじゃないか、と言えるくらいだ。
「次に彼女。副会長葛城由紀」
「初めまして、葛城です。学科は天候学科だよ。よろしくね」
実に気さくな人だ。ちなみに葛城は『名門』ではない。
「今はもう一人の副会長はちょっと席を外してるけどもう一人、神崎翔っていう二年生が居てね、彼は去年の入学生総代を務めたんだ」
神崎は『名門』に名を連ねている。分野は行動理論学。
「心理学科だったよね?」
「はい、会長。」
そう大貴から話を振られた彼女はPDAを展開し個票を読み上げる。一通り読み上げたところで自分の自己紹介を始めた。
「私の自己紹介が遅れましたね。鈴原詩音です。学科は音学科、よろしくおねがいします」
音学科とは音楽から派生した学問のこと。音が物体に与える影響の研究が主な内容になる。
「生徒会はこれで全部かな。僕と、由紀と、翔くんとしーちゃん。取り敢えずはこの四人だよ」
制服についている紋章から学年は判断できるが、どうしても大貴は中学生に見えてしまう。
「遅れました。取り敢えず入学生の下校は一段落着きました」
そう言って部屋に入ってきたのは神崎翔。
「あ、翔くん!ちょうど良かった。今回の総代、美波桔梗さん。それから望月君」
「え、あぁ。先程は立派な答辞をありがとうございました。…それで彼は?」
長らく誰も触れなかった疑問についに触れたのは翔だった。
「俺も聞きたいんですが、何故ですか?」
「そりゃー……」
どんな理由が聞けるのかと期待した潤だったのだが、次の瞬間彼は本日二度目の大きな溜息をつくことになる。
「僕が気に入ったから!」
「………失礼します。用事を思い出したので」
呆れたのか席を立とうとする潤に会長の釈明が入る。
「うわぁっ!待って待って!!冗談だってば!君には風紀委員になってもらうの」
「………それは決定事項なんですか」
「だって次席じゃん」
ちょっと拗ねたようにいう大貴だが、彼の言い分は間違っていなかった。
「確かに本校の規定では総代は生徒会へ、次席は風紀委員会へ入ることが義務付けられています」
淡々とそう告げる詩音。だが目は嘘をついているようには見えない。
「そう……でしたっけ?」
「え?潤、知らなかったの?」
どうやら桔梗もそのことは知っていたらしい。
「取材の人が探してたんだよ?『名門』のでじゃないのに次席で入学した男子がいるって。潤、とっとと教室入っちゃったでしょ」
「そんな大事になるとは思わなくて…」
「ってことで潤くんはこれから風紀委員会室へ連れてきまーす」
どこか間延びした大貴の声。これで一高を纏めているのだから凄いのかもしれない。ただ、容姿が幼すぎるだけで。
特別教科棟五階風紀委員会室
潤と大貴は風紀委員会室――とは言っても生徒会室の隣なのだが――に着いた。
そこには女子が三人男子が一人という傍から見ればなんとも言い難い景色が広がっていた。
「おお、大貴じゃないか。と、いうことはそっちの子が?」
「うん。今回の次席、望月潤くんだよ」
「なかなか骨のありそうなやつじゃないか。ちょうど男手が足りなくて困っていたんだ」
「せ、先輩!」
恐らくは「男手」と認識されていない男子生徒が声を上げた。
「でも実際そうでしょ?検挙率だって鎮圧件数だって女子の私たちにだって及ばないんだから」
「鈴原先輩?どうしてこちらに?」
男子生徒を批判するその声の主は先刻生徒会室で話をしていた鈴原詩音とそっくりだった。
「私のこと知ってるんだ。って詩音にはもう会ってるのか。私、詩音の双子の桜。ちなみに向こうが姉だよ」
成程一卵性か、と心の中で納得する。
「それじゃあみんな、自己紹介して」
大貴の一言で主旨に戻った。
「じゃあ私から。第一高校風紀委員長の風道京香、天候学科だ。よろしく頼むぞ」
「次は私ですね。二木弥生と申します。学科は電流学科です。よろしくお願いします」
全く大和撫子という言葉を形容したような日本美女だ。二木というのは第三次大戦において通信妨害の技術を高く買われた事を期に『名門』へと名を連ねることになった家系だ。
「私はもういいよね。鈴原桜、学科は生物学科。よろしく」
「最後は俺ですね。南方和哉です。学科は人体工学科、君が来てくれて助かったよ。やっと一人じゃなくなる」
切実だ、と潤は思った。いくら人体工学の『名門』南方家といえどこの女性陣ばかりの委員会はさぞかし辛かったろうと。
「望月潤です。入試は古代文学で受けましたが、進路は未定です。よろしくお願いします」
「アーカイブ(古文書)!?」
「も、望月君ってアーカイブで入学したの!?しかも次席で」
「二人共落ち着いてって。アーカイブなんて俗語で話しても潤くんが分かんないでしょ?」
「そ、そうだな………本当に古代文学で受けたのか?」
こほん、と小さく咳払いをして聞き直す京香。
「はい、古代史にしようか迷ったのですが。結局古代文学に決めて」
「こいつは……もしかした凄いのが入学したのかもしれないぞ…」
「でしょー。僕もすごいと思うんだよねー。もしかしたら魔法学科へ進級かもよ」
――閑話休題――
近代科学には魔法学という分野が存在する。
元々は事象の『真』を追求する科学に対し、それでは説明できないこと、すなわち『偽』を解明するために二〇五〇年代に樹立された学問だが、現在に至ってはそれを操り『魔法』として扱うことが出来るようになっている。
しかしそれができるのは本の一部の人間のみ。才能に左右されることはないが、現在の知識より古代の知識を要求されることが多いこの分野は今の社会にあまり受け入れられていない。それもそのはず、殆どの『偽』はすでに解明され、発展した技術によってその必要性は0に近いものになっているのだから。それでもこれの需要は少なくとも0にならないのは、ある『役割』を担うことがあるからなのである。
――閑話休題 終――
個人的にはそうできないと困る、と潤は考えている。附属高校でも魔法学科があるのは一高だけなのでこの高校を選んだ節もあるのだ。
「そうですね。実はそれも少し考えてます」
「やっぱり!」
嬉しそうな顔をするのは大変結構だが彼らは現在魔法を扱うもの、魔法技術士、通称『魔法士』がどんな役割を担っているのか知っているのかと潤は疑問に思ったのだが、その疑問も次の言葉で振り払われた。
「頼もしいよ」
「全くだ……」
何かを知っているかのような大貴と京香の言葉に疑問を持ちながらも自己紹介を終えたことに気づいた潤は
「今日は何かすることがありますか?なければそろそろ帰りたいのですが」
そうそうに帰宅へと転じたのだった。
昨日ほどとは言わずとも校門前の熱気は未だに高いものだった。
駅の近くで一人暮らしをしている潤は、他人に気付かれないようにするのに必死だった。
『一高の次席』
主席とは言わずともこれは凄いことなのだ。入試結果に伴って各校とも上位者十人は顔まで公開される――最もそれを潤が知ったのは自分の顔がワイドショーに出ていたのを自宅で見た時なのだが――
あと少しで敷地内、というところでテレビの取材に捕まった。
「君!次席の望月君だよね!?ちょっとお話聞けるかな」
「あ、すいません。ちょっと用事があるんで……」
そんなこと言わずに、と粘る女性インタビュアーをなんとか振り切った潤は、入口で飄々と構えている桔梗を見つけた。
「お、お前……あれ大丈夫だったのかよ……」
「裏から入ったからね。生徒会と風紀委員会は通用校門じゃなくて裏門使って良いみたいだよ」
「そんなの聞いてない…」
「話す前にさっさと帰ってしまったのは君の方だろう潤君」
「…!風道先輩、おはようございます」
「おはよう。そういうわけだから今日の下校からそっちを使うといい」
「ありがとうございます」
軽く会釈をしてその場を過ぎ去ろうとする潤に慌てて声をかける。
「ちょ、待てって。私が何の用もなく君を待っているわけ無いだろう。用事があるんだ、委員会室まで来てくれ」
「でも直に始業なんですが」
「風紀委員の仕事ということにしてしまえばさして問題はない……はず」
微妙に語尾疑問系の京香に弱冠の不安を覚えながらも桔梗に遅刻の連絡を頼み、後をついて行く事にした。
特別教科棟五階風紀委員会室
「それでは特別召集会議を始める。本当は昨日のうちにやってしまいたかったんだが私用が重なってしまってな。こんな時間に集まってもらったことに感謝する」
今の教育は殆どが映像講義で行われている。履修も簡単にできることから今や全国の高校で取り入れられている。担任がいるのは主に出欠席を取るためだけなので、そこで遅刻の連絡を頼んだというわけだ。
「入学生も入り、一段と活気をますこの時期がやってきた」
「恐ろしい時期ですわね」
「そうだね」
「そうですね」
口を揃えて言う三人だが、一人蚊帳の外の潤は疎外感を感じ得ずにはいられなかった。
「一体何があるんですか?」
「勧誘…だよ」
「勧誘……ですか」
「そうだ。各学科への年度予算の配分は主に在籍生徒数で決定される。だとすれば各学科ともに少しでも多くの入学生を確保したいと思うのは自然だろう」
「それは…そうかもしれませんが……何故それが恐ろしいのですか?」
「デモンストレーションに熱が篭りすぎるのよねー……」
どこか遠くを見つめながら質問に答える桜。
「デモンストレーション?」
「そう。例えばうち、天候学科なら『意図的に』雪を降らせたり、雷を起こしたりする。関心を引くためにね」
「今年の電流学科では超広帯域無線の限界値に挑戦するようですわ」
「心理学科では相変わらずサイコトリックのショーをするようですが」
「生物学科はなんにもしなくても人が来るからあんまり心配してないんだけど、急に馬鹿なことしだすからね」
――再び閑話休題――
近代の科学では事象の解明が終わればそれを端末に登録することで意図的に起こすことが可能になる。勿論その質や規模は技術者の能力に左右される。その能力のことをさして『技術』と呼んでいる。『名門』は先天的にその能力が備わっていることを意味し、またそれ故に『名門』と呼ばれているのだ。
『偽』を扱う魔法学と違うのは分野が限定されていること。天候学なら天候に限り、地学なら地学に限りという形だ。
魔法学がほかと違う点はもう一つ。人知を超えたことを『偽』であると定義できるということだ。
何もないところからものが急に現れれば誰しも驚くように、『現実に有り得ない』ことはすべて魔法学が扱える。だだし、それを扱うためには必要なことをすべて知った上で、完全に『有り得ない』と言い切れなければならい。故に魔法学は特異な『役割を担っているのである。
端末についても少し補足が必要だ。単に端末と呼ばれることが多い小型デバイス。形状は様々だが一般的には約百年前に流行したスマートフォンの形状が一番多い。その筋の技術者は独自に開発し、様々な形状のものを扱っているが、それは希である。
――閑話休題 終――
「その行き過ぎたデモンストレーションを抑えるのが仕事だと?」
「あくまで『行き過ぎた』ものだけだがな」
「定義は?」
「怪我人が出れば完全にアウト。それから一定以上の出力が出るのもアウトだな」
「そうですか。分かりました」
「それじゃあ勧誘が本格的に始まる放課後、各員が見回りをする地区を決定する。第一区、鈴原。第二区、二木。第三区、は私が行く。第四区に南方と望月が二人で行ってくれ。分からないことがあればその間に南方に聞いても構わん」
「了解です」
「分かりました」
その後も一通り端末についての説明を受けた。附属高校では端末の携帯が許可されているが普段は二木の『アーセナルジャミング』で無効化されている。これは第三次大戦の時に活躍した妨害電波の一種で、学校一帯の端末の機能を著しく低下させることができるのだ。しかし一定期間中の放課後についてはそれも解除される。今回のような。
授業を終え放課となった校内は急に活気に溢れかえった。デモンストレーションに最も熱を込めるのが生徒ではなく教員であるのだからタチが悪い。附属高校では生徒会、風紀委員会、教職員会の三権分立となっているので、風紀委員もそれなりに権限があるのだ。
例年生徒だけでなく教員も『差し押さえ』が起こるのだから大変なものだ。教員は確実に手を抜かなければ余裕でボーダーラインに接触する。巨大な力を出すより手加減する方が難しいのは今後の課題だが、それを今どうこう言っても仕方がない。
「つまり、俺たちが最も良く監視するべきなのは生徒よりも教職員ってこと」
「そうなんですか……」
第四区――通称雷鳴区を歩きながら会話をしている二人の男子生徒。片方は入学生次席、望月潤。もう片方は『名門』南方家の長男、南方和哉。
目の前では天候学科の生徒と教員が稲妻の形を変化させて光のアートを作っている。
雷鳴区と呼ばれるが所以はここにある。第四区は天候学系の教室が集まっていて、日頃から雷鳴が轟いているのだ。
「でもどうして風道先輩がここを担当しなかったんですか?自分の学科の方がやりやすいと思うのですが」
「それはね……」
「南方くーん!!それに望月君も!例の見回り?」
声を掛けてきたのは副生徒会長の由紀だった。
「苦手なんだよ……先輩は」
「成程…」
初めてあの委員長に賛同できると思った瞬間だった。
「どうも、葛城先輩。調子はどうですか」
さっきの話題をなんとか振り切りたいのか笑顔で話しかける和哉だったが由紀の興味は潤に向けられていた。
「聞いたよー?君、アーカイブなんだってね。魔法士は今時珍しいから、頑張ってね」
「お、俺は無視ですか……」
そうですか、などブツブツ呟きながらどん底にはまっていく和哉を横に見ながらも潤は激励に答えた。
「ありがとうございます。まだ魔法士になると決まったわけではありませんが、ご期待に添えるように頑張ります」
いくら苦手と言えど自分に向けられた激励を無視するほど潤は子供ではなかった。
「…!干渉を認識。出力制限を超えた能力の発動を感知」
急に声を出す和哉。しかしそれは話題に入るためのものではなかった。
「え?」
素直に疑問を口にする。
振り向くと後ろには巨大な積乱雲が出来ていて、所々で雷が光っている。
「先生!何してるんですか!?」
叫びながらそれを創り出している教員の元へと走り出す由紀。だが積乱雲は留まることなく大きくなっていく。
徐に取り出した端末で何かを入力している由紀。次の瞬間には彼女の周りを冷気が包んでいた。
「無理やり気温を下げて雨にするつもりですか…」
「でも間に合わない!」
この状況で落ち着いているのが一年生であるというのが奇異な状況だが、ここにこの二年生が鎮圧件数最下位である所以がある。
彼の技術はあくまで人体工学。身体能力を飛躍的に上げることはできるがそれまでだ。白兵戦では重宝されるが技術戦では対応しきれない。
スプリントを上げて一年生の避難に回った和哉。そして今この場にいるのは自分と、積乱雲を発生させている教員。それから覆いきれない干渉力に臆することなく自分の技術を行使し続けている由紀。
「名前に合った技術だな……」
冷静すぎる少年は一言。この場を形容する言葉を呟いた。そして彼は頑張り続ける先輩にも一言声をかけた。
「もう少し。南方先輩が他の生徒の避難を終えるまで」
命令ではなく、だか有無を言わさない声色に一瞬驚きながらもすぐに集中する。
最後の一人が後者に避難したのを見届け、少年は言葉を繋げた。
「ありがとうございました。代わりましょう」
由紀は正直に驚いた。なんの前触れもなく自分の技術を停止させられたのだから、驚くのは当たり前だ。
由紀による抑えがなくなった教員の技術は一気に膨れ上がる…………はずだった。
――一瞬――
まさに一瞬の出来事だった。潤は一言。
「果てろ」
そう――呟いただけなのだから。