08 独りじゃない
豚三匹がミユとアニャを追って行っちまった。向こうはどうなってる? 魔法陣で二人とも回復出来てりゃあ、今頃は簡単に終わってこっちに加勢しに来てくれるはずだ。それがまだ来ないってことは魔法陣が見つからなかったのか、予想外の事が起きたのか?
二人とも無事で居てくれ。こっちはちょっと、簡単に片づけて行けそうも無い。何しろ脚が震える。メイスが上手く握れねぇ。立つには立ったが、とてもじゃないが今から一戦やるコンディションじゃねぇ。
目の前のオークリーダーものそりと立ちあがった。お互いに、全力疾走の後の壮絶な転倒のダメージを抱えながら相手を睨みつける。攻撃をかけたいが、まだ上手く身体が動かない。目の前の魔物と、もどかしさを共有する奇妙な時間が何十秒か流れた。
やがて体調の回復を感じたのか大豚の口角が上がり、余裕の笑みを浮かべる。
くっ! さっきは不意打ちに近い攻撃で派手に転ばせたが、そもそも俺はこいつに勝てるのか? ってゆーか、俺今まで一度も魔物に勝ってないんすけど・・・。
ついにオークリーダーの目に憎悪の炎がともる。「グガァァァ!!」蛮刀を袈裟切りに振り下ろした。
「っ・・・!」
なんとか地面に伏してかわした。だが続けて、四つん這いの俺目がけて上段からの打ちおろし!
これも横っ跳びで転がりなんとかかわす。マズイ。蛮刀のあの大きさ、あの勢い、あの音! 俺の手足など簡単に切り飛ばせる。いや、胴でも真っ二つだ。
嫌な想像に、俺の背中に滝の汗が流しながら辛うじて避ける。
はぁ、はぁ!マズイぞ。俺は勝てるのか? い、いやムリ! ムリだろう?
大豚の大振りな攻撃を必死に逃げ回る俺。しかし段々と蛮刀の刃と身体の距離は縮まり、ついに俺の脇腹を掠めた。ブレストプレートは胸部しか守って無い。切り裂かれたインナー越しに見える傷からドクドクと血が出てきた。熱い、ヤバい、死にたくない。
殺られる? 嫌だ死にたくない! 助けてくれ、ミユ、アニャ!!
「ううぅぅっ!」
くそぅ。 俺の口から洩れたのは痛みのせいじゃなかった。俺は、出血の勢いにびびって情けない声を上げた。同時に身体は疲れ以外の理由で重くなっていった。 ・・・恐怖だ。
人間は大怪我を予感すると足がすくむ様に出来てる。これには理由があって、血液がドロドロの状態になって大怪我をしても勢い良く大出血しない為の準備らしい。 ・・・でもよぉ、結局動けなきゃトドメ刺されて終わりじゃんか!!
奴から距離を空ける為にとっさにジャンプ・・・したつもりだったが腰が抜けそうだ。俺は半ば這いながら手足を必死に動かして距離を取った。
そ、そうだ。逃げよう。奴との距離が空いて少しものが見えるようになった。ど、どこかの魔法陣まで辿りつければ、安全地帯から上手く闘えるんじゃないか?
「ま、魔法陣を探すぞ。お、おう!」
意識して腰に力を入れ、走り出す俺。大豚も後ろから追って来る。怖いが、ミユ達の方に行かれるのもマズイ・・・。
魔法陣を上手く使って大豚を倒す俺。そんなイメージを描きつつ走り回る。そうして見えてきた希望は、しかし直ぐに塗りつぶされる。
・・・ダンジョンだものそりゃこれがあるよな。・・・でも、よりによって今じゃなくても。
―――――― 袋小路だ。
俺は突きあたり壁を背に・・・振り返った。10メートルほど先の角から大豚が顔出した。余裕を感じてのか、のっしのっしとゆっくり歩いてくる。
はぁっはぁっ。こっ怖い。殺される。目の前の豚は完全に俺を殺す気だ。奴は俺を殺した後も、楽しそうに更に何撃も俺の身体を打ち続けるだろう。そんな妄想がありありと浮かぶ。それほど奴の殺意に呑まれている。
あの目が嫌だ。あの上がった口角が嫌だ。俺には奴が死神に見える。
奴の瞳は、俺を暴殺する自分を見ていた。口元の笑みはそれが簡単に出来ることを確信していた。
くそうっ、死にたくない。死にたくない! こんなところで!
「・・・死に・・・ない・・・」
「・・・あぁ? なんだよ?」
「・・・死にたくないっつったんだよ・・・」
「・・・うるせぇな。 当たり前だろ・・・」
つい口を衝いて出た言葉に相手が反応する。
「うるせぇって・・・オマエだってビビってるくせに」
「なんだと? テメーの方がビビってんじゃねーかよ!」
「ハッ! ふざけた事言ってんじゃねぇ。オマエのへっぴり腰のせいで大ピンチなんだよ」
「あーーーーーん!? テメーがビビって呼吸メチャクチャにすっからじゃねーかよ!!」
「グゥゥゥ・・・?」
突然始まった喧嘩ごしの「独り言」に一瞬、躊躇するオークリーダー。いや言葉は通じてねえから多分自分への罵倒だと受け取ったか? それとも予想外に元気のある俺に多少びっくりしたのか、急に興奮した奴は蛮刀を振りかぶった。 投げてくる気か!?
「おい!! ああ!!」
「ブァア!!!!」
オークリダーの凄まじい膂力で投擲された蛮刀。 速い! だがツバサは冷静に見た。カケルが腰ごと捻ってかわす。
ドスッ!!!
壁に刺さった蛮刀と俺の鼻の距離はわずか2センチ。蛮刀は刀身の半分近くが壁に突き刺さっていた。身体の芯に寒気を感じる。失敗すれば俺は串刺しだっただろう。
でも、・・・かわした! 俺はまだ生きてる!
そして、きっとそうだ。ここが分かれ目だ。
恐怖に・・・・・
食われるなっ!
俺たちは意識して、必死にデカイ声を出した。
「「おぉぉぉおぉぉおおおぉぉぉおおおおおおおおお!!!」」
「生きるんだ!! ぜってー生きる!!」
「そうだ!! やられるか! 俺はこんな状態とはオサラバすんだ!」
「俺だって!! やってやるぁ!! ぜってーー倒す!!」
「豚やろう! オマエに勝つ!!」
「豚やろう! てめー見てろよぉぉおお!」
「チャンスだぞ、カケル!」
「おおよ! ツバサは動くな、隙をねらえ!」
「わかった! 絶対貰うなよ!?」
「信じろ!!!!」
俺たちは立ち上がり、両手に一本づつメイスを握りしめた。ツバサは呼吸を意識して整える。目の前に奴が映る。相変わらず強そうな肉の塊だ。正直まだ全っ然怖い。でも・・・。
カケルは重い身体を揺らし、攣りそうな脚で駆けだした。奴までは遠い。だが一歩ごとに身体に力が戻って行く気がする。呼吸が整ってきたんだ。
奴も走って向かってきた。だが自慢の蛮刀は壁に刺さったままだ。轟音とともに蹄を立てて殴りかかる奴の拳、俺たちはその下を潜った。 更にカケルはもう一歩踏み込み、奴の真横で脚を止めた。
「ツバサぁあ!あぉぉぉぉおおおおおおっっ!!!」
ガラ空きの豚の胴にメイスを一発っ!
「ブぐぅッ!!」
奴は動きを止め二、三歩たたらを踏んだ。
「当たったぁー! ああ! ・・・やっとだっ」
だが、豚は直ぐにこっちを睨んできた。分かってるよ、こんなダメージじゃ全然足りないんだろ。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!」
目に入る片っ端から、豚の身体にメイス叩き込んで行く。大きく振りかぶらずにコンパクトに。相手に反撃の隙を与えないぜ。
もし俺らの素早さが、奴の怪力を上回れなけりゃ俺たちはここで死ぬ。正直怖いなんてもんじゃねぇ。吐きそうになる。でもよ・・・。
こんなコト言いたくねぇ。普段は絶対言いたくねぇが。 でもよ。
「絶っっっ対、勝ぁつ! 俺たちは!」
「独りじゃねえからなあ!」
俺たちの初めての反撃が始まる。
ツバサとカケルの「オレ」というルビをちょっとづつ減らして行こうと思います。