07 ミユの魔法
ミユ視点です。
あった、ここ!
私は走る速度を落とさずに滑り込みで魔法陣に飛び込んだ。脚や肘に傷がいくらか出来たけど関係無い。どうせ魔法陣の効果ですぐ回復されるんだから。
それよりもアニャよ!
腕の中に抱えたアニャをそっと魔法陣の中心に降ろす。アニャの身体が光に包まれ、出血の勢いが弱まる。傷も塞がりだしたみたい。うん! 魔法陣の回復魔法が効いてる。数分もかからずアニャは動ける様になって戦線に復帰できるはず。 オークも入って来れないから私が離れても大丈夫よね。
早くツバサとカケルのフォローに行ってあげくなちゃ! 呼吸を落ち着け、さっきの擦り傷の治りを確認して走り出そうした。 ・・・ところに!
「ブゥゥ! ヒィィ! ブゥゥ! ヒィィ! ブゥゥ! ヒィィ!」
三匹のオークがつっこんで来る。 もう来たか。仕方ない、ヤツらの入って来れないこの魔法陣を中心に戦おう。 私は剣と盾を構えた。
・・・えっ? アイツらなんで全くスピードを落とさないの?
オーク達は疲れて果ててるのか、虚ろな目は殆ど何も見てない。一列縦隊でまっすぐに魔法陣に突っ込んできた。先頭の一匹目が直前で魔法陣に気づくがもう遅い。後ろの二匹もろとも魔法陣に雪崩こんだ。
ぶしゅぅぅぅぅ! 「「「ぴぎぃぃぃ!」」」
魔法陣の浄化の光を浴びてオークたちがのたうつ。 ・・・こいつら極端にかしこく無いわ。
「・・・って、えっ? ちょっ!!?」
うそ! 転げ回る3匹の巨体の所為で魔法陣の文字が薄れる。コレってこんな簡単に消えちゃうの?
魔法陣の光が薄くなる。オークの身体を焼くような浄化の効果も段々と弱まってきている。 って言う事は!
アニャを見ると、青い顔で呼吸も極端に荒い。衝撃で傷も開いてしまったみたいだ。
でも自動回復の効果は完全に止まった訳じゃない! 速度は遅くなった見たいだけど、開いた傷口がゆっくり修復効果を見せている。これなら時間さえ稼げば必ず全快する。
のそりと、1匹ずつ起き上がるオークたち。体表面がただれた様に見えるが足取りはしっかりしている。やがて魔法陣を三方から囲み攻撃してきた。弱まった魔法陣の光に、多少顔を顰めながらも平気で腕を振って魔法陣の中の私たちに攻撃をかける。時には一歩踏み込んでまで。
「・・・どうやら私がここでアニャを守らなくちゃならないみたいね。」
「・・・でも。ツバサ、カケル。・・・アニャでも敵わなかったオークリーダーに一人で勝てるの?」
とにかく。今は出来ることをしなきゃ!
魔法陣の中のアニャを跨ぐような格好で立ち、三方に隙無く剣を振る私。周りを取り囲み隙を窺いながら攻撃したり、アニャを引きずり出そうするオークたち。 ダメ、こんな闘い方じゃ一向に倒せない! でも今、一匹に集中すれば隙をついてこいつらは平気で魔法陣に入りアニャを引きずりだされちゃう。
とにかく防ぎきらなくちゃ! 時間さえ稼げばアニャが回復して立て直せるんだ。お願い。アニャ、早く治って! 一刻も早く!
一瞬一瞬が・・・長い。 1分か5分か。もう時間の感覚も分からない。私はただただ剣と盾を振りまわしては、時間を稼ぐことしかできない。
ふと、アニャの身体を見る。不規則に荒く上下する胸。出血が続く傷口。・・・おかしいよ。弱いとは言え回復の効果があるはずなのに。
「・・・かふっ・・・!」 突然。アニャの小さな口から、たくさん血があふれる。
そんな・・・まさか。 回復速度より体調が悪くなる速度の方が勝ってる? これじゃどんなに待っても状況は悪くなるばっかりなの? まずい、まずいよ! アニャが死んじゃう!?
ど、どーしよう!? それなら何としても一人でこいつらを倒して、別の魔法陣を探さなきゃならないのに!
アニャの傷口から目が離せない。嫌なイメージが消えてくれない・・・。
もうツバサとカケルは殺されていて、アニャも持ってあと数分。パーティで戦っているつもりが、実はとっくに自分が最後の一人なんじゃ・・・? そして自分ももうすぐ・・・。
突然の孤独感、無力感が私を襲う。眼前に「全滅」という真っ赤な文字が浮かんだ気がした。
それをかき消す様に、目の前を飛び去る鉄製の手斧。
「ブキィィィ!」
オークがアニャを狙って投げたんだ! とっさに剣を伸ばす私。
ギィィ…ィン!!! 「うっ…あぁぁぁぁ!」
辛うじて剣を当てて狙いを逸らすことは出来た。けど! ショートソードを落としてしまった。屈んで拾う隙は無い。痺れた右手を盾に添え、両手で盾を構えた。再び全滅の二文字がさっきよりくっきりと脳裏に浮かぶ。それを今度は自分でかき消す様に滅茶苦茶に盾を振りまわす。
「うわぁぁぁぁぁあああああ!!」
だがオークたちは私に攻撃手段が無いと判断したのか、嫌なニヤけ顔をしながら私を囲む包囲網をじりじりと狭めて行った。
心が・・・戦慄する。耐えてさえいればどうにかなると思っていた状況から一転してしまった。剣も無い状態じゃ・・・戦えない・・・勝てない。
私・・・殺されちゃうの・・・? 私も! アニャも!
アニャ。
ごめんね、アニャ。勝手にパーティに巻き込んで。私たちと一緒じゃなければアニャはこんな目に合わなかったかも知れない。
壊れそうだった私の心が、だんだんと静まって行く・・・。
今頃はもうダンジョンを出て友だちとお菓子でも食べながら祝杯をあげていたかもしれない。
私の脳裏に、沢山のお菓子のを前にして幸せそう笑ってるアニャが浮かんだ。
胸が熱くなる。劣勢の戦闘の最中、目がしらが熱くなるのを感じた。やだ泣いてる場合なんかじゃないのに!
とにかくアニャだけでも生かしたい。 アニャの魔法ならこんな奴ら敵じゃないのに!
・・・魔法。
その言葉が私の内側に反響する。その響きが一段と胸の熱さを高める。これは?
とにかく魔法! そうよ、私たちは魔法を得る為にここで戦っている。なら、私の魔法は? どうすれば魔法が使えるの? ああ! こんな事ならもっと魔法の感覚をアニャに聞いとくんだった!
オークが伸ばすを手を盾で打ち付け、届かなくても振りまわし、大声を出して威嚇し続ける。
お前らなんかに・・・・この子を渡すもんか!
どれだけ繰り返していただろうか。気がつくと私は、気のせいでは無いと確信できるほど胸の熱さを感じていた。
私は・・・まるで感動している。 気持ちが爆発しそうだった。
「もしかして。これが私の魔法なの? アニャ、魔法とは…こう感じるものでいいの?」
もちろんアニャは答えない。 でも・・・よぅし。アニャ、見ててね。
「私の気持ちよ! 私の願いを叶えて! 大切な仲間を! ・・・その傷を癒しなさい!!!」
直後に浮かんだインスピレーションのまま、私は魔法の名前を叫んだ。
「 感 効 !!!」
瞬間、私の身体から緑色の光が飛び出した。これは私の感情だ。アニャを救いたいと願う感情。今ならわかる。私の感情は、その強さに比例して望んだ現実を引き寄せる。緑の光はやがてアニャの胸の上に移動すると、まるで踊るように跳ねた。
なんかかわいい。まるで小さな生き物みたいだ。
気がつくと、私は今まで感じてた感情が、胸の中からごっそり無くなった事に気づいた。
あれほど強く感じてたアニャを想う感情が・・・?
今でもアニャを心配してるのに。でも、もうそこには「気持ちが籠らない」。
・・・だって。
「だって、それは叶ってしまった・・・から?」
「う・・・うーーーん! あ。ミユ。 おはよ・・・う?」
アニャは大きなのびをして、小首を傾げた。