05 オークリーダー登場
ダンジョン内の淡い光が、戦っている5匹と3人を照らす。人格的には4人だが。
オークは今までの小型の魔物と比べると、少々手強い。相手への一撃が分厚い肉のせいでなかなか致命傷にならず、逆に一撃でも喰らおうものなら、死に至らずとも戦闘続行は難しいほどのダメージだろう。そうなると一気にパーティ全滅のピンチだ。今、俺たちの戦闘はかなり危ういバランスの上に成り立っている。
もちろんそれぞれポーションは持ってるんだが、どっちかって言うと体力回復の用途がメインだ。擦り傷、打ち身ならともかく大怪我を即座に癒す様な速効性は無い。
もし回復や補佐の魔法の使い手でも居れば、少し話も変わってくるだろうが・・・。アニャは攻撃魔法【 炎 纏 】を憶えてしまったので、残るは俺かミユだけど。俺は断然攻撃魔法、出来れば範囲魔法が良いな。一発でこいつらを全滅させられる様なヤツ! だから回復魔法はミユに期待だな。
なんて勝手なことを考えながらも目の前の相手と必死に戦う。今までに無い敵の強さという緊張感が、疲労を加速させる。
「ビギィィィイイイ!!」 「ギィィイァァアア!!」
やがてアニャの方から二匹分の悲鳴! やったなアニャ。 さすがだ!
これで形勢はかなりに有利になるだろ。 頂点に近づいていたプレッシャーも少し緩む。
俺でもミユでも、どっちかにアニャが加勢してくれりゃ、直ぐにカタつくだろ。
だが振り返った俺が見たのは、アニャの緊張した瞳に恐怖の色が滲んでいくところだった。
確かにアニャが対戦してた2匹のオークは死んでいる。だがその内1匹は凄まじい膂力で真っ二つになっている。その側に立って居るデカイ奴の攻撃に、・・・巻き込まれた?
こいつは!
「気を付けて! オークリーダーよ!」 ミユが依然として2匹を相手にしながら叫ぶ。
同じ豚頭だが他のヤツよりデカい。背は俺くらいか。腕の太さはアニャの頭ぐらいある…!
オークリーダーは手に持った蛮刀を軽く横薙ぎに...振り抜く。速っ!!
アニャは咄嗟に蛮刀と身体の間にレイピアを滑り込ませる。外傷は防いだが、威力を殺せてない。
「・・・ぐぅっ! かはぁ。」
裕に2,3メートルは飛び、小さな悲鳴と共に壁に叩きつけられ、喘ぐアニャ。
「マズイ! ・・・ってコイツ邪魔すんなぁ!」
駆け出す俺を、豚が牽制する。プレッシャーは限界を振り切り、俺の頭は完全に警告を発している。
しかし目の前の豚はあからさまにニタニタと笑い、余裕を見せる。くそ、追い抜けねぇ。助けに行くことが出来ねえ! この豚ども、大豚の出現で完全に勝ったと思ってやがんな。
しかしアニャはまだまだやる気だ。
「痛ったー。 ・・・よーし! 見てろよー取って置き! ・・・炎よ!!!! 」
剣が纏っていた炎の帯は広がり、ダンジョン内を俄かに明るく照らす。踊るように大きく頭上に振りかぶった二振りのレイピアをオークリーダー目がけて振り下ろす。
ごうっ! 「いっけーーーー!!!」
なびく炎の中から拳大の火球が何発も飛び出し、オークリーダーに降り注ぐ!
ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!・・・
やったか!?
「うそーーーーっ!?」
なんとオークリーダーは持ち上げたオークの死体を盾として使った。
火球はオークに当たると弾けても強く燃えだす。だがその殆どは盾になったオーク当たり、大豚に当たったのはいいトコ1,2発だ。身体には火傷は負わせたようだが大したダメージにはなっていない。
周囲は肉脂の焦げる匂いと煙りが立ち込めるなか、オークリーダーはオークの死体をアニャに投げ付けた。 直撃を食らい、朦朧とするアニャにオークリーダーが襲いかかる。
「グゥゥオオゥっ!!」
部下を投げつけるとか、とんでもねぇリーダーだな。…とか言ってる場合じゃねえ! なんとか目の前の豚をすり抜けアニャを助けに行かねーと!
「おいツバル! オレエ今だけ動くねえでいろ! ...あぁ!? なんだって!?」
・・・二人同時に喋ると言葉が混じるから嫌なんだ。
「俺がしゃべる! ...む。 ...カケルは少し動くな。んで隙を見て走れ!」
「オッケ! 俺もそう言ったんだ!」
ツバサは両腕を大きく上げて目の前オークの敵意を引き付ける。
「豚ヤロー! こっち向きやがれ!!」
「プギィィ!!」
全速力で向って行くツバサに、豚は興奮して手斧を振り上げた。…瞬間、ツバサの身体は数メートルの真横に吹っ飛ぶ。カケルが真横に跳んだ。回転受け身で着地し、勢いをそのままに脇を抜けてダッシュする俺らに、豚は着いてこれなかった。
よし。抜けた! カケルがいつ走り出すかはツバサにも分からないんだ。本人さえ騙されるフェイントなら、さすがにオークには対応できないだろう。
だがまだアニャの所まで10メートル以上ある。間に合うか。大豚がアニャに襲いかかる。
オークリーダーは盾がわりに仲間の死体を拾った時に蛮刀を投げ捨てていた。そのまま素手でアニャの腹部に殴りかかった。
アニャはジャンプでかわそうとしたが間に合わない。
ぐしゅ!!! 白い肌が破け、肉が抉られる・・・。
「アニャ!!!」
吹っ飛んでぐったりとするアニャ。オークリーダーは下卑た笑いを見せながらアニャにゆっくりと近づく。
「す・・・素手であの威力かっ!? ...いや違う・・・蹄だ。」
オークの手は武器も握れる五本指だが、指の爪は硬い蹄だ。それが太い腕で加速されてぶち当たったんだ。アニャは口からも血を吐き、脇腹には赤黒い穴が空いてる。恐らく肋骨も折れてる...!
「いーかげんにしやがれぇぇぇぇ!!!」
猛ダッシュで到着し、そのまま大豚の背中めがけて飛び蹴りをかますカケル!!
奴は振り向きざま腕でガードしたが一瞬態勢を崩した。・・・それで充分!
「ツバサ! 拾えよ! わぁってる!」
蹴った大豚を踏み台に方向転換、真っ直ぐにアニャの元へ。・・・倒れたアニャが近づいてきた。チャンスは一回。
ツバサ下半身の動きを邪魔しない様に上体を倒す。職業で言えばアサシンやニンジャみたいな走り方だ。地面すれすれに手を這わせ・・・今だ! アニャを担ぎ上げ上体を戻す!
「・・・ぐっ!」
ひと一人分の重さが一気に腰にかかりカケルの喉から声が漏れる。
「よし逃げるぞ! ミユ! 魔法陣を探せ!」
ミユも既に二本のレイピア拾っていた。アニャの落としたやつだ。
「うん!! わかった!」
走り出す俺ら三人を、オークリーダーと3匹のオークも追ってくる。
豚如きに捕まってたまるか! まずは安全を確保してから反撃返しだ!
「魔法陣――。どこにあったっけぇ!?」
先頭を走りながら魔方陣を探すミユ。
「カケル・・・腕がだりぃぞ。 ・・・だぁって走れ!」
グッタリと意識の無いアニャを前に抱えて、ミユを追う俺。
「グゥゥゥ、ゴォォォ!!」
拾い直した蛮刀を振りまわしながら俺を追うオークリーダー。
「ブゥゥ ブヒィ! ブゥゥ ブヒィ!」
リーダーをブヒブヒ言いながら追いかける三匹のオーク。
三人と四匹の、必死の列車ごっごがダンジョン内を駆け巡る!