02 二階層到着
ダンジョンの中は広大だった。所々苔むした地面から地下水が染み出し、小川が流れている。空気は水気を孕み冷んやりとしていて、否が応でも自分が異質な場所に居る事を自覚させる。
不思議だ。壁全体が薄っすらと光っている。光る苔なんだろうか? 外の昼間ほど明るくは無いが、戦闘を行うには充分な明るさだ。降り立った部屋の広さは20メートル四方、天井までの高さも5メートルくらいはあるか? 幾つかの通路が伸びていてその先にも更に無数に部屋があるみたいだ。
かなり荘厳な感じだ。もっと暗くて狭いとこを進んで行くと思ってたから、これは嬉しい誤算・・・なんだけど。
「これ・・・俺たち戻って来れるよな?」
「う、うん。ちょっと広すぎ。・・・これはマッピング必須ね」
魔物との戦闘も気を付けなきゃならないが、うっかりしてたら普通に道にも迷うんじゃないか? 俺たちはスグには進まず、暫く最初の2,3部屋を行ったり来たりして観察した。 ・・・うん。慣れてくると、苔の生え方や種類、土や岩などの雰囲気の違いである程度場所は覚えられそうだな。
「これなら慎重に行けば、ダンジョンを永久に彷徨うなんてことは無さそうだな。」
「・・・・・・っ! ツバサ! カケル!」
ミユが緊張した声で叫ぶ。
いったい何だ? ・・・なんて間抜けなことはさすがに考えないぜ。ここがダンジョンで俺達が攻略に来てるなら答えは一つだ。カケルは即座に後ろに跳びのいた。地下水で出来た只の水たまりだった場所が、今は暗い水色の液体が「膨れ上がって」いる。
一匹あたりが人の腰の高さ位まである魔物が・・・4匹!
飛びのいた俺に、特に反応はしないみたいだ。だが変わらぬ速度でぴちゃぴちゃぬらぬらと、こちらにゆっくり向かってくる姿はお世辞にも可愛いとは言えない。
「・・・スライムね。」
記念すべき初エンカウントは余りにもセオリー通りだった。
◇◆◇◆◇◆◇
試練のダンジョンは地下五階層からなっていて、ダンジョンそのものが魔力を活性化させる為のバカでっかい結界に包まれている。で、その中を魔物を倒しながら進んで行くと生存本能なんかが刺激されて、やがてその者の魂が持つ潜在的な魔法能力を自然と引き出してくれるんだと。
随分カラダを張った魔法修得方法だろう? でも俺にとっちゃ他の学校みてーに瞑想したり魔道書を読んだり呪文を憶えたりするよりは全然楽でいいな。
実はこの学園で教えてくれる魔法はたったの一つだ。
一年間も魔法学園に通うのにたったの一個しか覚えられないってのは酷い話だと思うか? でもこの学園が唯一教える特質魔法は、実は冒険者に最も合っている魔法と言われてるんだ。
まず人間は、大小の差はあれど全ての人が魔力を持ってるんだと。一般的な魔法とは、定められた詠唱や陣模様などを使用して、持ってる魔力そのものを望んだ現象に変換することを指す。
それに対して、特質魔法ってのは、その人の魂に宿っている力を解放するもんだ。だから魂魄魔法と呼ばれたりもする。そもそも魂は、本来それ単体で世界を変革するほど力を持っているらしい。魔力は解放の為にしか使わないので、少ない魔力で済む。燃費が良いってのは一人一人が冒険者を目指す俺たちにとっては何よりありがたい事だ。
ただし。どんな魔法を憶えるかは全く分からない。自分の魂の特質が発現する為、事前に憶える魔法を選択することは不可能。攻撃魔法かも回復魔法かも間接魔法かも分からねえのは、正直ドキドキする。
そして最後に、最大の特徴がある。これがあるから色々なデメリットがあってもあまりビビらずに居られるんだ。それは、魔法が「成長」するってことだ。なんでも、魂自体も日々変化してるんだと。だから魂自体を世界に反映させている特質魔法が、変化、成長するのも当然といえば当然の話しかもしれない。
ま、色々小難しい話になったが、要するに俺たちはなんとか頑張って最下層を目指せば良いだけだ。個人差はあっても五階層に着く頃には大体どんな奴でも魔法を修得すると言われている。簡単な話し・・・と言いたいところだが、実は一つでっかい問題があるんだ。
なにしろ俺は、いや、「俺ら」は・・・・・・・・弱い。
装備や得意な武器からは、本当は俺が前衛でミユが後衛が理想的なんだ。けど俺、殆ど敵を倒せねえから...それでミユにも前に出てもらってる。 ...あ、い、いや俺一人なら多分そこそこ強いんだが、なんせ邪魔が入る。邪魔ってのは、もちろん・・・・・
「お、おい! カケルは防御だけって言ったろ!」
「今がチャンスだったじゃねーかよ!」
「あっぶね! 振り回すんじゃねえよ!」
「あ! 上半身そらすなよ!」
「分かったから、お前は腕動かすなって!」
自分自身だ・・・・・・。
くそぅ、スライムに勝てねぇ・・・。結局、最初に出くわしたスライム4匹は、全部ミユが倒しちまった。
うぅっ。ミユがこっちを見てる。
「あ、あははっ。 ミ...ミユ強くなったじゃないか。そうそう! こりゃ俺らの出番はねーかなぁ!」
「他に言う事は・・・無い?」
「・・・命を助けて頂きましてありがとうございま・・・す?」
「もーー! ふざけてる場合じゃないでしょ? 本当に危ないんだよ? お願いだから二人とも協力して戦ってよぉ。」
・・・悔しい。俺は割と背も高いしガタイも良い、運動神経も良い方なんだ! もし俺がこんな二人二脚なんて特殊な体質じゃなかったら、こんなとこでモタつくつもりは無い。颯爽と敵を倒し、さっさと魔法もマスターしてこんなレベル0(初心者)ダンジョンは速攻でクリア出来る・・・はずなんだ!
だが現実は少々・・・いや全然チガウ。
なんとか二階層への階段を見つけ、降りた俺たちを待ってたのは魔物だけじゃなかった。
「あっれー? 誰かと思えば優等生とバッドステータスくんじゃないかー。」
魔法学園の生徒、ゴードだ。
お仲間という名の腰巾着を2名を連れての登場か。ベタすぎる・・・。
ちなみに優等生と言うのはミユのこと。まだ教室内での授業が多いので、勉強の得意なミユはかなり教師からのウケが良く、反比例して一部の生徒に妬かれているらしい。
そして「バッドステータス」とは・・・
「おい! そのバッドステータスってのはまさか俺のことじゃねーだろーなあ! あぁ!?」
「ちょっと! カケル、ツバサ、ほっといて行こうよ。ね?」
「なんだよ、まだわっかんねーの? おめえに決まってんだろ? 」
「いやいや、だからコイツ【混乱】しちゃってるからわかんないだよ。」
「お。震えてるぜ。こりゃ【恐怖】か?」
「どっちかつーとか【知力低下】じゃねーの?」
「おい、早く誰かエリクサー使ってやれよ!!」
「あるワケねーだろ、んなモン!!!」
「「「あっはっはっはっはっ!!!」」」
三人は大爆笑で肩を叩き合っている。いや、一人は腹を押さえ地面を叩いてるな。
「....テ・メ・エ・らぁぁぁあああ!!!!」
普段教室では出来るだけ我慢してる俺。・・・あくまでも出来る限りだが。
しかしここはダンジョンだ。奴らも含めて、お互いに多少は交戦的になっているようだ。
「・・・な、なんだコイツ、やる気かよっ?」
俺の怒鳴り声に、三人組は慌てて戦闘態勢を取る。が、腰が引けてる。
よし! 3対1だが、気迫で押してる! ここまでコケにされて黙ってられるか!
「やってやらぁ! おう!!」
ツバサは右手に持っていたメイスを投げ捨て、奴らに向かって走り出した。コイツら相手に武器なんかいらねぇ!
すかさずカケルが左手で空中のメイスをキャッチ! なんで!?
既にダッシュしている俺の左手が大きく振られ、握っていたメイスは綺麗な弧を描いて俺の顔面を殴打した。
「・・・ぷがっ!!!?」
間抜けな声と鼻血を吹いて後方に倒れる俺。 ダンジョン内に割れんばかりに響くゴードたちの大爆笑。駆け寄ってくるミユが視界の片すみに確認出来たところで、俺たちは気を失った・・・。
エンカウントとは魔物と遭遇する事です。