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海原の彼方  作者: まめご
8/21

晴天の下

夜空に大きな満月が鎮座している。その月下、カグラは謹慎中である人物の訪問を受けた。窓から。

「趣のある夜風と共に訪れたのが、美姫であれば申し分のないことですのに」

からかいを含めて、その男を見下ろす。

「それともまさか、堅物の黒将軍様が愛の告白をされに参ったとか?」

「ふざけている場合か」

顔をしかめて謹慎中であるはずの男、シラギはカグラを睨みつけた。

「本殿の様子は副将軍たちから聞いている。お前の意見を聞きに来た」

シラギは部下たちから大層慕われている。その筆頭はといえば、二人の副将軍である。闊達な老人と一途な美女は、事あるごとに上官の気を引こうとやっきになっている光景を、カグラは何度も目にした。

「陛下に賞金をかけたらしいな。何をかんがえておるのだ、あやつどもは」

「暗部でさえもまだ何もつかめてはいないのです。危険性は高いですが、賭けてみる価値はあるとわたくしは思います」

ところで、とカグラは口調を切り替える。

「あなたも色々と動いているようではありませんか」

この男が小さな国王に抱いている慕情を、カグラは知っている。自分だけではない、あの仲間たちも。セイリュウヶ原の戦直前、不器用な男が恋に落ちた光景を、宿の陰からこっそり覗いていた事を本人は気が付いていない。

「闇者を雇う話も出てきたそうだな」

各国が持っている暗部とは別に、闇者やみものと呼ばれる集団がいる。法外な金額を要求する代わりにどんな依頼もこなすらしい。人の命すら簡単に奪う、残忍かつ冷酷な集団。しかし噂だけが独り歩きをしていて、それがどんなやからであるかは実際にもカグラもよく知らない。第一、依頼方法も分からないのだ。

結果、話は出たがそのまま宙に浮いた状態である。

「トモキも調べ回っている」

「らしいですね」

軟禁が解けたトモキは、宮廷内では顔が広い。書物庫まで足をはこんでいるそうだ。

「図書のぬしにでも目を付けたのでしょうか」

宮の山裾にあるその場所は、別名「知の城塞」とも呼ばれいている。

宮廷には王をはじめとする絶大なる権力がある。しかし、図書ずしょだけは治外法権で王ですらも簡単には立ち入ることはできない。そのぬしは書物に限ってのみ一種独特の権力を握っており、闇者ではないがこちらも噂だけが独り歩きをしている状態である。

「黒将軍、取りあえずはお上がりなさい」

「今はお前のその余裕ぶりが腹立たしい」

低く呟きながら、シラギが窓枠に手をかけた。

当たり前だ、とカグラは思う。

焦りが一番、危険なのだ。焦燥だけを空回りさせて、周囲を見る余裕も持たず、闇雲に突っ走ってどこへ行くというのだ。



****



晴天の中、船は進む。

リウヒがいつものように、舳先に凭れてぼんやりと遠くを見ていた。

陸地を発ってアナンは安心したのだろうか、クズハの時は一度しか外に出さなかったが、今では比較的自由にしているらしい。

「そこ、好きだな」

キジが声をかけた。もちろんクロエも後ろにいる。

「うん、遠くまで海が見えるから」

「足はどうだ」

「もう平気。ありがとう」

クロエの胸がチクチクとする。ただリウヒとキジは話をしているだけなのに。

「そうだ、ここから叫ぶと気持ちいいんだぞ、やってみっか」

リウヒがやるやる、と立ち上がると、キジがこっちこっちと手招きする。

「じゃ、師匠のやり方をよく見ておくように」

船の先端で、しゃちほこばってそういうと両手を広げた。

「息を吸ってー。吐いてー。はい吸ってー」

大きく息を吸い込むと彼方に向かって叫ぶ。

「イヤッサイイヤッサイ!」

「それ、知っている!」

リウヒがはしゃいだ声を出した。

「都に登るとき、みんなその掛声をかけてくれた」

「ああ、覚えてる。楽しかったよなあ」

「実はあの時、道に迷いそうになった」

「マジで? かっこわりー」

二人はクスクス笑いながら、楽しそうだ。

クロエは全然楽しくなかった。自分には怯えるくせに、キジには許しきったような警戒心すらない笑顔を向けている。しかも自分の知らない共通の話題で盛り上がっている。

「じゃあ、張り切っていってみようー」

おどけた声に、リウヒは危なっかしく先端に立ちあがって手を広げる。

「いきますよー。はい吸ってー。吐いてー。吸ってー。はい!」

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ! ゴジョウ!」

キジの声が続く。

リウヒが大声で笑った。青空の下、本当に楽しそうに笑い声を上げるその姿に見とれてしまう。その周りがキラキラと光って、クロエは眩しさのあまり目を細めた。

「ねえ、もう一回、もう一回!」

「おう、お前もこい」

「えっ? いいよ、おれは…ぎゃー!」

二人に手を取られて無理やり引き上げられる。下をみるとそこはもう海だった。自分は泳げない。恐怖に足がすくむ。さらにリウヒとキジに両側から手を上げられた。やめてくれ、なにをするんだ。足もとが狭いため、三人は団子になって肩を組んだ。

「せえの!」

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ! ゴジョウ!」

叫んだ後、大声で笑う。恐怖は去って行ってしまった。横でリウヒもケラケラ笑っている。

いつの間にやら人が集まってきていた。元来騒ぎ好きな男たちである。

彼らも大声で合唱し出す。

「いいぞー、嬢ちゃん!」

「もっと声だせー!」

抜けるような空の下、少女と男たちの楽しげな声はいつまでも響いていた。



****



「今日は楽しそうだったね」

寝台の上でぐったりと息を弾ませているリウヒの髪をひと房とって、アナンが口をつけた。

「わたしの妹は、あっという間に部下たちを虜にしてしまった」

今まで話題にすらださなかったのに、今日はみなリウヒをほめたたえる。

「複雑な気分だよ」

「兄さまはわたしにどうしてほしいの」

妹はうとうとしながら兄を見る。

「ただ横にいてほしいだけだ」

「横にいるではありませんか」

眠りに落ちてしまった。

その寝顔を見つめながら、白い体に薄布をかけてやる。

ここ最近、リウヒとキジとクロエはよく一緒にいる。キジに下心はないようだが、クロエは今まで以上に熱い視線で妹を見ている。

クズハの客室の前でも好戦的に自分を睨んできた。

眠りこける頬を撫でる。小さな肩がゆっくり上下に動いていた。

愛するリウヒの瞳は、相変わらず遠くを見つめている。以前にはなかった焦燥感が、アナンの胸の内を支配するようになった。いくら握りしめても零れてゆく藍色の髪。

だが、この少女は永遠にわたしだけのものだ。大切な妹はだれにも渡さない。




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