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海原の彼方  作者: まめご
6/21

クズハへ

長い髪が舳先で揺れている。またぼんやりと彼方を見ているのだろう。が、クロエはあれからまったくリウヒに近づけなくなってしまった。キジの監視の目がきつくなった。ちょっとでも舳先に行こうとすると、襟首を掴まれる。山のように雑用を言い渡される。新参者の自分は下端なのだ。貴族の息子だからといって、特別優遇されるような場所ではない。

あの藍色の髪の少女は、何度も夢に出てきた。

ある時は、恋人として甘えたように口づけをねだった。

ある時は、妻として、横で微笑んでいた。小さな赤子を抱いて。

そしてある時は、裸で煽情的に誘惑した。

なんにしても全て夢だった。目を覚ますと、いつもの大部屋の吊床の上で、様々な鼾が各方面から聞こえているだけだった。

「何、ぼっとしてんだよ」

はっとして現実に戻る。

「おーまーえー。また嬢ちゃんをみてたんか」

「いや、あの、船の先端を」

キジが呆れたようにクロエを見る。

「お前ってほんと、ウソが下手よな」

何にも言えなくなってしまった。

「何度もいってるだろう。嬢ちゃんだけはやめとけ。頭領のもんだ」

「分かっている」

そんな事は十分、分かっている。

「まあ、気持ちは分からんでもないけど」

なんだと、この男もリウヒを狙っているのか。睨みつけると呆れた顔をされた。

「ばーか、しばらくやってねぇから溜まってんだよ。いーよなー。頭領は」

心底うらやましそうに、ぼやく。

「ああ、でももうすぐ陸にあがるぞ」

初耳だった。驚いて聞き返す。

「どこに? まさかティエンラン……」

「まさか。頭領が、そんなバカなマネするかよ。クズハだ」

そしてえらい真剣な目をして、クロエを見た。心なしか目が血走っている。

「美人がわんさかいるぞ。俺の好きな女も」

待っててちょうだい、アイカちゃーん。明日会いに行くよー。歌いながら弾むような足取りで、去って行ってしまった。


****



「明日、久しぶりに上陸するよ」

リウヒは椀をおいて兄を見た。相変わらず食欲がわかない。今まで無限大にあったのに、トモキが注意するほど食べていたのに、この船の揺れのせいだろうか。

「クズハを知っているだろう」

無言で頷く。

ティエンランの隣にある国だった。湖に浮かぶ白亜の王宮と、美形の多いことで有名な国だ。王は病に臥せっており、王弟が政治を代行している。

「君もいい子にしていたから、おろしてあげよう」

「本当に?」

アナンは笑った。

「ただし、逃げようとしたら、どうなるか分かっているね」

リウヒは再び頷いた。絶対に逃げてやる。

「兄さま、お願いがあります」

「何だい?」

「闇夜に浮く町の灯りが見てみたい」

「可愛いお願いだね」

アナンが椅子を立った。手を差し伸べる。

「おいで、リウヒ。大分と陸についてきている頃だよ」

手を引かれて甲板に出た。冷たい風が心地よかった。夜空に星が散りばめられたように瞬いている。東宮の小庭園でみる星空とはまた違い、遠く果てしなく続いていた。

「ほら、あそこだ」

兄の指す方向を見やる。漆黒の闇の中、遠くに小さな灯りたちがキラキラと灯っていた。まるで地上の星空のようだ。天空のものよりは随分、つましいけれど。あの灯りが集まっている所が港なのだろうか。

「きれい……」

小さくつぶやくリウヒを、アナンが後ろから抱きしめた。


****



突然、奇っ怪な声を上げたキジに、後ろにいたクロエが怪訝な顔で振り返った。

二人で見張り台にいる時だった。

「どうしたんだよ、何か発見したのか」

「いや、えーと、なんでもない。ちょっと持病の癪が」

「は?」

「とにかくお前はこっち見るな、お仕事しましょう、お仕事!」

ああ、人間ってなんでいざというときに、うまい言い訳がでてこないんだ。

キジは舌打ちしてクロエを押えこもうとする。が、余計気になったらしく、親友はその手を振り切って見てしまった。

甲板の手すりに凭れて頭領とその妹が、陸地を見ている。いや、見てはいない。頭領は後ろから妹を抱きしめて、口づけている。妹は大人しく受けている。

あんたら兄妹でなにやってんのー! 大声でつい突っ込みそうになった。

「なあ、そろそろ仕事に戻ろうぜ」

声をかけてもクロエは動かない。

「大胆だよなあ、頭領も」

呆然としたように、一点を凝視している。

「ああ、目の毒だ。早く明日になんねえかな」

その目から涙が溢れてきた。

「おい、クロエ!」

さすがに見かねて腕を引っ張ると、崩れるように尻持ちをついた。しかし、すぐに起き上がって甲板を覗きこもうとする。抑えつけるともがく様に暴れた。

「やめろよ、おれに構うな」

「構うよ!泣くくらいならもう見んなよ、お前…」

そこでクロエは初めて自分が泣いていた事に気が付いたようである。キジの手を掴んでしゃっくりを上げた。

「本当に惚れていたんだな」

その姿に胸が痛む。

「惚れちまったもんは仕方ないよな」

うなだれた黒い頭が何度も頷く。全く、厄介な女に惚れやがって。

「一度だけ協力してやる」

クロエが濡れた顔を上げた。キジは懐を探り、小瓶に入った青い薬を取り出す。

「睡眠薬だ。頭領に使え。寝た隙に嬢ちゃんに接近しろ。ただし、それ以降はあきらめろよ。あとな、嬢ちゃんが泣くような無理強いはすんじゃねえぞ」

いいな、と小瓶をクロエの手に握らせて、その上からグっと握らす。自分の想いを打ち開けてしまえば、この男も大人しくなるかもしれない。

「いいな、あきらめろよ。その方が、お前の為、嬢ちゃんの為、頭領の為だ」

甲板の二人はもう消えていた。

陸地の灯りは、先ほどよりもだいぶはっきりと見えてきている。



****



久しぶりの陸地は奇妙な感覚だった。一体どれくらいぶりに立ったのだろう。

兄に手を引かれて、降りたリウヒはその感覚を確かめる為に、その場でトントンと跳ねた。

アナンが微笑む。海賊たちも、無邪気な仕草にさざめくように笑った。

一行は根城としている一軒家に向かう。荷下ろしが一段落してから、酒場へ向かった。

扉を開けると、女たちが群がる。頭領であるアナンのつれなさを詰った後、海賊たちと陽気に飲み始めた。

リウヒは非常に居心地悪かった。こんな公衆の面前で、兄の膝の上に座らせられて。しかし、アナンは離してくれない。

「やっだー。可愛い女の子ー。何?お人形さん?」

「きゃー。ちっちゃーい。まさか頭領の恋人ー?」

女たちのかしましい声にアナンは、笑って答えた。

「麗しの妹だよ」

愛おしそうに、その頬に口を寄せる。女たちは一気に引いた。

そりゃあ、引くだろう。わたしでも引くと思う。リウヒは赤い顔を上げられない。

果実酒など、可愛らしいものはなく飲物は酒しかない。仕方なく水と酒を交互に飲んで、時間を過ごしている内に厠へ行きたくなった。

その事を兄に告げると、「早く帰ってくるんだよ」と離してくれた。リウヒはアナンの膝から飛び降り、酒場の隅へ歩いて行った。


****



クロエは酒場に入った時からアナンの酒に薬をいれる隙を窺っていた。

そして成功した。さらに女をそそのかして、二階の室に頭領をつれていくよう仕向けた。

この際、なりふり構っていられない。

女は喜々として、意識が朦朧とし始めた男を引っ張って消えて行く。席を立っていたリウヒが戻り、兄の姿が見えない事に戸惑ったように辺りを見回している。

「リウヒさま」

声をかけると、小さな背がびくりと跳ねた。

「頭領は、まだ帰らないようです。先に家へ戻りましょう」

少女は警戒したように首を振る。

「わたしも一緒に参りますから」

手を伸ばすと怯えて身を引いた。

「こないで」

クロエはため息をつくと、親友の姿を探した。無理はない、下心はばれているのだ。ならば、キジと一緒なら警戒心は溶けるかもしれない。

目的の親友は大分と離れた席で、見事に太った女の肩に手を回し、楽しそうに酒を飲んでいた。

「どうした、クロエ」

「悪いけど、一緒に来てくれ」

問当無用でその腕を引きずって連れ去る。

「えっ? なに? おれ、これからアイカちゃんとめくるめく世界へ…。ちょっとー!? アイカちゃーん! お願い助けてー!」

間抜けな恰好で引きずられてゆく男を、アイカちゃんは目を丸くして見ていたが、一転笑顔で手を振ると男前の髭親父の所へ、跳ねるように行ってしまった。

「ああああー。だから男前って嫌いなんだー。おい、クロエ! おれの貴重な時間と女を無駄にしやがって! どうしてくれるんだよ」

「あとで酒一本やるから付き合ってくれ」

「いや、二本を要求する。いいからもう離してくれよ。なんなんだよ、一体」

クロエは事情を説明した。キジはふんふんと聞いて呆れた声をだした。

「小娘を送り届ける為に、おれを拉致ったのかよ。だいたい、お前が譲ちゃんにちょっかい出すから……」

「協力してくれるっていっただろう」

「一回だけっていったんだ」

ところが今度はそのリウヒの姿が見えない。

「まさか、逃げた?」

「やばくねえ……?」

二人は顔色を変えた。

「頭領は、あの薬を飲ませて女と一緒に上にいるはずだ」

「分かった。取りあえず、嬢ちゃんを探そう。それでも見つからなかったら、あいつらにも言って手分けして捜索するしかない」

クロエとキジは、慌てて酒場を飛び出した。


****



酒場や港の賑わいの声が、大分遠くなった。リウヒは死に物狂いで駆けていた。当てもない。方向も分からない。しかし、とにかく港から離れなければ。

通りを走れば目立ってしまうかもしれない、と考えて脇の林に入ったのが間違いだった。

「あっ!」

木の根に蹴躓いて、すっ転んだ。

急いで身を起こすと重いような痛みが、足首に走った。どうやら捻ったようである。

痛みを堪えて走ろうとしても、足は思うように動いてくれない。

「もう……」

情けない。本当に自分が情けない。

やっと巡った機会だったのに、わたしはここで何をしているのだ。早くしないと、兄に見つかってしまう。そうなれば、どんな仕打ちが待っているのか、想像するもの恐ろしい。

その時、ガサガサという音が近くに聞こえた。焦りのあまり、冷汗が伝う。追手が来たのか。それとも物盗りか。どちらでもなかった。薄汚い野犬だった。

「なんだ」

ホッとしたものつかの間、野犬は獣の目でリウヒを見据えながら唸っている。飛びかかりそうな体制で、獲物を狙うかのように距離を測っていた。

「や……」

周りを見渡しても、武器になりそうなものはない。恐怖のあまり後ずさると、野犬は調子に乗ったように牙を剥いた。その口から流れる涎がやけに目をつく。

わたしを食う気なのか、こいつは!

バネのように獣が飛びかかる、リウヒは思わず身を縮め、目をつむった。

その瞬間、痛々しい声が聞こえた。

目を開けると野犬が転がって悶えている。そこに彼方から石が飛んできて、再び犬の身体が跳ねた。

「おい、大丈夫か!」

橙色の頭をした男が、草木をかき分けながらやってきた。そして痙攣している野犬を思い切り蹴り上げた。犬はギャンと鳴いて動かなくなってしまった。

「あ……」

木にしがみ付いていたリウヒは、そのままズルズルとへたり込んだ。

「勝手にチョロチョロすんじゃねえよ。頭領にばれたら、おれたちだってタダじゃおかないんだぞ」

ああ、駄目だ。見つかってしまった。悔しさのあまり、涙が出てくる。

睨みつけるように見上げると、男はため息をついて手を差し伸べた。

「いくぞ。ほら」

首をふって拒む。男は舌打ちをすると、無理やりリウヒを抱き上げた。

「離せ、離せったら……痛!」

捻った足首が熱を帯びたように痛む。

「何だよ、足、捻ったのか。後で手当てしてやるから……。ああ、もう暴れるなよ。骨が折れているかもしれないんだぞ」

突っぱねようとしても、どれだけ暴れてみても、男の手は緩まない。早くこの腕から逃れて遠くへ行かないと、兄に知られたら……。

「逃げたこと、頭領には内緒にしておくから。おれたちと帰った時に、捻ったって言えばいいさ」

リウヒの心を読んだように声がした。顔を上げると、橙頭は笑った。

「おれ、キジ。お前の名前はリウヒっていうんだろ」

なんだろう、この男。どこかで見たことがある、知っている顔だ。好意さえ寄せていた。どこか、昔に……。

「キジ!」

駆けるような足音がして、クロエがやってきた。



****



足首に木板を当てて固定し、濡れた布を当てると、チビは痛むのか僅かに顔を歪めた。

「しばらく冷やしておけ。逃げるんじゃねえぞ、無理すると変形する可能性だってあるんだからな」

根城の客室で、寝台に座ったリウヒは不貞腐れたように、ゴニョゴニョと何かを呟いた。

「何だよ」

「……ありがとうといった」

そのままプイと横を向いた。

礼を言う態度かよ、それが。こっちはアイカちゃんとの蜜月時間をうっちゃってまで探し回り、野犬に襲われていた所を助けてやったというのに。

「わたしがお傍についていますから」

気取ったようなクロエの言は、「いらない」呆気なく一蹴された。

可愛くねえチビだな。さすが王さまだぜ。

「お前たち、下がってよい。一人にしてくれ」

偉そうな言い方にむっとしたものの、心ふんだんに残ってそうなクロエを引きずって部屋を出る。


「なんであんなチビでガリガリの小娘に惚れるんだよ。おれはさっぱり分からねえ」

大部屋で約束の酒二本を、ほとんど自棄飲みしながらキジが文句を言った。

性格は可愛くないし、不思議でならない。頭領にしろクロエにしろ。

女は、もっとプリッとしていて年上に限る。細い女なんて、骨が痛いだけじゃないか。

「おれも不思議なんだ。もしかしたら、前世で繋がっていたのかもしれない」

うっとりと語る親友に、ケッと鼻を鳴らす。

ティエンランの人間のこういう所が、キジは嫌いだった。前世だろうが、現世だろうが、来世だろうが、生きるのは本人ではないか。運命なんて勝手に決められてたまるかと思う。

魂が何度もグルグルと転生するなんて、所詮は苦行だろう。

死んだら魂は西の果てへゆくそうだ。先に死んだ自分と深く関係のあった人の魂が、待ってくれているという。胡散臭い。第一、そんな事誰が言い始めた? 死んで生き返った人間でもいるのか?

どちらにしても、宗教の話は相容れないことを、今までの経験上分かっている。

「ちょっと厠にいってくる」

「おう」

が、クロエは中々帰ってこない。まさかと思って客室を覗いてみると、眠るリウヒの髪を愛おしそうに梳いていた。さらに口づけまでしようとする黒い頭をはたいて、大部屋に連行した。

「馬鹿か。お前は」


****



アナンが目を覚ますと、前に汚い女の寝顔があった。驚き飛び起きると、激しい頭痛がする。寝台から降りて、ふらふらと歩きだす。気が付けば、自分も寝台の女も全裸だった。いそいで衣をまとい、宿を出た。

妹はどこだ。どこへいった。

昨夜の記憶がほとんどない。あれしきの酒で、記憶が飛ぶなんて。

まさか、自分がいない間に誰かに抱かれていたのでは、記憶がない間に逃げたのではと思うと、足がすくむほど恐怖だった。

なぜ、妹とはいえ娘一人にこんなに執着するのか、自分でも分からない。狂っていてもいい、あの家にいてさえくれれば。無事でさえいてくれれば。

駆けるようにして、いや、ほとんど駆けながら一軒家へ急いだ。途中、部下たちがアナンに気が付き声をかけたが、応える余裕すらなかった。

リウヒは、客室に寝ていた。きちんと衣をきて、すやすやと。何故か足に木板が巻き付かれている。思わずその場に座り込み、安堵の深いため息をついた。

音に反応して妹が目を開けた。

「兄さま」

身を回転させてこちらを見た。寝ぼけたように目をこすっている。

「おはよう。昨日は宿に泊っていたの?」

頭痛も吹き飛んだ。リウヒの手を取って口を付ける。

「どこにも行かないと言ってくれ」

手を引き寄せるとリウヒが倒れこんできた。その体を抱きしめる。

「ずっとわたしの傍にいると」

「兄さまは、変なことを言う」

笑いを含んだ声がした。

「そんな女の人の匂いをプンプンさせて」

「違うんだ、これは、その」

アナンは生まれて初めて、言い訳をいうものを必死で行った。


****



なんだかんだと一生懸命、兄が紡いでいる言葉を右から左に通過させながら、リウヒは昨日見た夢を反芻していた。

シラギが迎えに来てくれた。自分は何故か船に一人で、海賊たちは誰もいなかった。

さあ、いこう。みなが待っている。

うん。はやく会いたい。あの愛おしい人たちに。

スザクの宿に入るとみんながいた。キャラがもうどこ行ってたの、と腰に手をあてて口を尖らせ、マイムが仕事があるんだから、早く手伝いなさいと刺繍用の針と糸を持ってきた。

カグラはその後ろで、もう刺繍は勘弁と酒を飲んでいて、カガミは横でつまみを食べながら笑っている。トモキはカガミに食べすぎですよと注意をして、リウヒにおかえりなさい、遅かったですね、心配していたんですよ。と柔らかく睨みつけた。

シラギはひっそりと笑っている。

ごめんね、遅くなって。ただいま。

リウヒがそう言うと、みんなが笑って早くおいでという風に腕を伸ばす。

ああ、わたしの居場所。光に包まれて、温かい空気の流れるわたしの大切な居場所。

夢ならば、このまま覚めなければ良かったのに。

ずっと夢の中で暮らせればいいのに。



****




アナンは窓の外を見ながら思案していた。これから西の賊と取引がある。しかし、妹を一人にさせておくわけにはいかない。酒場の女はリウヒと合わない。部下たちは危険な者だらけだ。

ああ、そうだ。キジなら安全だ。あの男の好む女はなぜか、みな一様に太っていて年上だった。部屋の外にいる男の一人に、キジを呼ぶよう言ってから妹に向き直る。

「これからわたしは、用があって出かけるが」

寝台に腰かけて、その顔を慈しむように包む。

「一人、話し相手をよこすからね」

「ほっておいてくれていいのに。兄さま」

「心配なんだよ」

額に口付ける。

「すんません、呼びました?」

キジが来た。

「この子の話し相手をしてくれないか。君にしか頼むことができなくてね」

驚いたような三白眼を見つめながら笑顔でアナンは言った。

「だが万一、妹に手を出したら」

橙色の頭を引き寄せて、

「殺すぞ」

低い声をだした。キジの肩が、びくりと跳ね上がる。

「じゃあ、いってくるよ」

リウヒの頭を優しく撫でる。何度も、何度も。今生の別れのように。

離しがたい兄に、妹は小さく笑うと身を引く。

「いってらっしゃい、兄さま。気を付けて」

アナンはやっと離れた。

「頼む」

とキジに一言告げると部屋から出て行った。

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