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海原の彼方  作者: まめご
2/21

花見

柔らかな風に吹かれて花びらが舞散る。

「ああ、幸せ」

リウヒが目を細めて言うと、みなが笑った。

今日は政務もない。リウヒが王になってから半年、激務が続いた。

本人は休みをくれとブイブイ文句を言ったり、先王はよく遊んでいられたな、と羨ましがっていたが、仕事は後から後からわいてくる。

ようやく一段落して宰相からお許しが出た時、リウヒは喜々としてみなで花見がしたいと言った。かつての仲間たちと、空中庭園でのんびり過ごしたいと。

微笑ましいおねだりに、宰相と大老たちは相好をくずした。

そんな訳で、カグラはあの愉快な仲間たちと共に花散る桜の下にいる。マイムは月琴を優雅に奏で、その横でトモキが茶をついでいる。隣にはシラギとリウヒが、座って酒や茶を飲んでいる。遠くで国王付きに昇格した、リウヒ付きの三人娘が控えている。

絶え間なく舞い落ちる花びらが、小さな国王の藍色の髪や、友人の黒い衣を彩っていた。

惜しむべきは、カガミとキャラがいないことだ。

カガミにはもう会えない。父は西へと旅立ってしまった。

「キャラもきてほしかったのに」

「女官長の許しがもらえなかったとかで、本人もふてくされていましたよ」

トモキが笑う。

「あ、でも、伝言を預かってきました」

「なんと言っていたのです」

「えーっと、あたしをのけものにして許さない。絶対、国王付きの女官になってやるんだから。覚悟してなさい」

「……それは伝言というより、宣戦布告だな」

まったくキャラらしい、とリウヒがクスクス笑う。

「お寛ぎのところ失礼いたします、陛下」

臣下の一人が膝を折って礼をした。

「宮廷地図の製作で、難儀しておりまして、その、トモキさまにご指導頂きたいのですが、同行していただいてよろしいでしょうか」

「いいよ。いっておいで、トモキ」

トモキは笑って一礼すると、臣下と共に歩いて行った。

「いろんな所で頼られているのね」

マイムが感心するように呟き、ちらりとカグラを見た。

思わず苦笑をする。

新王直立後、宮廷海軍のあまりの情けなさに、アナンの船に乗っていたことのあるトモキを拉致同然にスザクへ連れて行き、リウヒに文句を言われた。

「そういえば、近頃よく食堂で一緒にいるのよ、キャラとトモキ」

笑いを含んだ声にリウヒが顔を上げる。

「キャラは、トモキに会いたいばかりについてきたようなものですからね」

「ええっ! そうだったのか、まったく気が付かなかった」

素っ頓狂なリウヒの声に、シラギも頷く。

「わたしも、てっきり好奇心でついてきているとばかり」

「あんたら、天然? 鈍感?」

馬鹿にしたようなその言葉に、国王と黒将軍は猛反発した。わたしはシラギよりましだ、いや、陛下の方がひどい、と言いあう二人にカグラは声を上げて笑う。

笑いながら春の陽気と酔いに任せ、胡坐から足をのばして、ごろりと寝そべった。

片手で頭を支えながら、猪口を口に運ぶ。

「お前、仮にも御前でそれは無礼だろう」

呆れるシラギに、国王陛下が笑いながら答える。

「よい、許す。今日は無礼講だ」

「ありがたき幸せ」

リウヒが微笑みながらカグラを見た。花びらがひとつ、ぴるぴると落ちて銀色の髪に着地する。

「カグラはなにをやっても様になるな」

「陛下もお美しくなられた」

目に力をこめて微笑しながら言う。

「まるで大輪の花が咲いたようです」

「陛下、その男に近づいてはなりません。呆けが移ります」

黒衣の友人が、少女を慌てて引っ張った。リウヒが均等バランスを崩して、その肩にもたれ掛かる。シラギが顔を赤らめるのが分かった。

と、彼方からバチがとんできてカグラの肘に当たった。

「あらやだ、ごめんなさい」

マイムが笑顔で、手を口に当てる。

「手が滑っちゃったわ」

ほほほほ、と優雅に笑ったが、目は笑っていなかった。

「宮廷一の踊り子でも、手が滑ることがあるのですね。新人じゃあるまいし」

「そうねえ、時と場合によるわねえ」

バチをかえしながらマイムと無言で会話する。

こんな所で浮ついた事いってんじゃないわよ。

嫉妬ですか。可愛い人だ。

馬鹿。この馬鹿。

しかし美人になったなとカグラは思う。元の位置に戻りながら、改めてリウヒを見やると、居心地がよかったのかシラギの肩に背をもたせかけながら、呑気に茶を啜っていた。

昔は取り立てて、特徴のない子だったのに。

ぶっきらぼうで色気のいの字もなかった。外の世界にいた時も、そこらの村娘たちとなんら変わりなかった。キャラの方がまだ目立っていたくらいだ。

ところがここ最近、生まれ変わったように美しくなった。緩やかに纏められた藍色の髪は太陽を受けてたなびき、白い肌は髪と衣の色を引き立てる。体はほっそりとしなやかで、大人の色気と少女の危うさが同居しているような風情があった。身長が低いことすら愛らしい。臣下の中にも、うっとり見とれる者も少なくはなかった。

そういうお年頃なのだろうか。

「陛下、そろそろどいてくれませんか。慎みというものを…」

「いいじゃないか、今日は無礼講だ」

苦りきった赤い顔と、安心するように男に寄りかかっている少女を肴に酒をすする。

本当は嬉しいくせに。そろそろ自覚してもいいだろう、友人よ。

「こんな時間を過ごしていると、あの時に戻ったみたいだ」

リウヒが懐かしそうに遠くを見る。

「前、国務に疲れたら兄さまもいることだし、海を渡って逃げてやろうとトモキに言ったことがある」

「壮大な追いかけっこですな」

シラギは僅かな抵抗をやめたらしい。片手をついて酒を飲んでいる。その光景は、まるで父と娘が仲良く日向ぼっこをしているようだ。

「トモキは、ならばみんなで追いかけてやるから覚悟しておけと言った。不可能なのは分かっているけど、そうなったらとてつもなく楽しいだろうな」

かつての仲間と、海を渡って異国へ行く。また働いて賃金を稼いだり、酒場で騒いだり。

「兄さまの海賊船にも乗ってみたかった。ええとなんだっけ、海くらげ……」

海蜥蜴うみとかげですよ、陛下」

王の間違いを訂正しつつ、カグラは起き上がって杯を置いた。

「アナンさまはリウヒの直接のお兄さんじゃないのよね」

「うん、母が違う。わたしの産んだのはイズミだし、兄さまの母は西宮のナチ殿だ」

その返事に少女の複雑な心境が見て取れた。赤子の頃、気の触れた実母に殺されそうになったリウヒは宰相の計らいで、田舎のトモキ宅に預けられた。そして連れ戻された宮廷では、今度は実の父親が夜な夜な寝室を訪れるようになった。

それ以外にもおぞましい噂をカグラは耳にしている。

「我が海軍も船を持っているではないか」

話の流れを変えるようにシラギが声を上げた。

「残念ながら、とても陛下にお乗りいただく段階までは整っておりません」

豊かな国、ティエンランの汚点、弱小海軍。

何て事はない、代々左将軍は海を統べる義務があるものの、お飾りの場合が多かった。

カグラだってそうだ。入廷した当初、その位を頂いたものの全く仕事をせずにショウギに侍っていた。あの時かすりでも義務をはたしていればと何度も後悔した。

船は中型船がたった二隻、小型船が六隻で、砲すら付いていない。

トモキですら呆れていた。

「何ていうか……。その、がんばってください……」

セイリュウヶ原の戦時、どさくさにまぎれてアナンの大砲をがめておけば良かった。

人材も予算も、不足している。唯一頼りになるのは、ジャコウという中年の副将軍で、不足だらけの中で立派に任務に勤しんでいた。

「まったくの脳なしという訳ではないのでしょう、何かこう、誇れるものはありませんか」

青白吐息のカグラがヤケクソ気味で聞くと、ジャコウはしばらく考えた挙句

「逃げ足ですかな」

ぽつりと言った。

宮廷海軍の自慢が逃げ足でどうする、第一何から逃げている、と内心カグラは天を仰いだが、表面上は眉をしかめただけだった。

「本殿の修復ももう終わるし、なるたけ予算は海軍に回すようにするよ」

「お願いしますよ」

リウヒは笑って了承した。

風が吹いて花吹雪が舞いあがる。みな思わす感嘆してその風を受けた。

世界が薄桃色に染まり、まるで夢の中にいるように幻想的な風景。その隙間から見える遠く青い空。

日々は平和に過ぎてゆく。これからも、ゆるゆると過ぎて行くかのように思われた。

まさか、みなの大切なこの少女が、海原の彼方へ消えるとはこの時だれも想像すらしていなかった。


事件はある日突然、やってくるものだ。

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