表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海原の彼方  作者: まめご
15/21

希望の灯1

翌日、頭領が船を降りた隙に、迷った末、キジは体を屈めて頭領の部屋へ侵入した。

ちょっとリウヒが心配なだけだ、ただそれだけだと思いながら。念のためハルさんに、見張りをお願いする。

「酒一本でいいかな」

「酒も金もいらんよ。おいらも嬢ちゃんが心配だ、無償で協力してやるさ」

「わりいな、ありがとう」

勿論、鍵がかかっていたが、お茶の子さいさい、針金で鍵を開ける。

「リウヒ。返事しろ」

声をかけながら部屋に入ると、寝台で少女が横たわっていた。緋の衣から伸びている白い手足には、青や紫の痣が所々にあった。藍色の長い髪が寝台に散っている。

「キジ」

自分をみても、まるで人形のようにぼんやりしている。唇の端が切れていた。

「お前……大丈夫か?」

「キジこそ大丈夫なの?」

白い手が伸びて、寝台の前に跪いたキジの頬を撫でる。ゆっくりと愛おしそうに。

「おれは、口を切っただけだから。でもクロエが熱をだして、お前の名前を呼んでるんだ。そうだ、大部屋に来てくれないか、ちょっとだけでいいから」

クロエもリウヒに会えば、少しは元気になるかもしれない。

細い体を抱き起こそうとすると、身をよじって嫌がった。

「この部屋から、わたしを連れださないで。兄さまに知られたら、足を切られる」

頭領、どこまで狂ってんだよ。

「そうか」

体を離すとリウヒの顔が歪んだ。

「ごめんね」

「なんでお前が謝るんだよ」

「キジとクロエに迷惑かけた。クロエに伝えて。かばってくれて、ありがとうって」

「おれもクロエも、迷惑なんて思っちゃいねえよ」

頬にかかっていたその手を取ると自分の指と絡ませた。リウヒの白い手は、華奢で小さく、日に焼けてゴツゴツしたキジの手とは対照的だった。

「キジもここを出て行って。わたしは狂っているもの。キジを襲ってしまうかもしれない」

「本当に狂っている奴は、自分の事狂っているなんて、いわねえぞ。お前が襲ってきたら、その時はおれがまた頭をはたいてやるさ」

リウヒが笑う。

「ねえ、キジ」

リウヒはうつ伏せになって、髪の隙間から絡まる手を眺めている。

「ん?」

白い指は、日に焼けた手を愛撫するようにいじっている。

「どうして、あの時来てくれたの」

兄さまが普通の状態じゃないって分かっていたでしょう。

「決まってるじゃねえか、馬鹿」

キジが微笑んだ。

「泣き叫んでいる女をほっとく訳にいかねえだろう」

「本当にキジは優しい人」

あのね、キジ。

「キジがいなかったら、わたしはとっくに狂っていたと思う」

まるで踊るように小さな手は絡まってゆく。

「キジがいて、すごく楽しかった」

クズハの客室での拳骨、嵐の夜、船の先端から叫んだこと、台所の掃除、クロエと一緒に甲板でしゃべったこと、いろんな雑用、ハルさんの衣、水かけ合戦。

「迷惑かけてごめんね」

そのまま、キジの手を引きよせる。そしてごつごつした手に唇を落とした。

「ありがとう、キジ」

「お前、まさか、まさか……」

手を振り払って、立ち上がる。

「死ぬ気じゃねえだろうな!」

リウヒは無言でキジを見上げたが、黒い瞳に否定の色は無かった。

「馬鹿っ!」

キジの拳が藍色の頭に落ちる。ゴッと音がした。

あまりの痛みにリウヒが頭を押さえて体を折った。

「痛い……」

「痛いじゃねえ!この……この大馬鹿者!いいか、自殺なんて、最っ低の卑怯者がすることだぞ! 世の中にはお前より、散々苦しんでいる奴がいっぱいいるんだ。絶望に喘いで、それでも必死に生きている奴がよ! 己の不幸を嘆く前に、打開策を考えろ!」

「そんなの、わたしだって散々考えた!」

痛みと怒りにリウヒが涙目になって、勢いよく起き上がった。

「でも、兄さまには全く敵わなかった、もがけばもがくほど締め付けられる!」

「それで流されて大人しくいいなりかよ! 弱っちい女だな。挙句の果てに命を断とうとする。どこぞの旅芸人の芝居みたいだ」

吐き捨てるようにキジも応ずる。

「安くて陳腐で吐き気がするぜ」

人間、図星を突かれると逆上するらしい。リウヒの髪が逆立った。

「バカバカバカバカ、キジの馬鹿――!」

泣きながら、物をやたら滅多らに投げつけてきた。

「おい、こら、それは反則……ぶふっ!」

枕の直撃を受けた。

「どうしたんだ、キジ……うぉう!」

心配して扉から顔をだしたハルさんの横の壁に、小刀が突き刺さった。

「ちょっと、今……忙しい、後で声かけて!」

物理飛行攻撃にいっぱいいっぱいのキジが怒鳴ると、ハルさんは慌てて引っ込んだ。

「落ち着け、リウヒ」

「わたしは落ち着いている」

肩で息をしながら、血走った目は室内を見渡している。投げられるものを探しているのだろう。何かを見つけて走り寄ろうとした瞬間、音をたてて蹴躓いた。

「ああ、ほらもう、いわんこっちゃない……」

「離せ、馬鹿! 馬鹿キジ!」

抱え上げるとジタジタと暴れたが、すぐに力尽きて大人しくなった。

「おれはな、リウヒ」

寝台に連れ戻し、自分もその端に腰を下ろす。

「今回は言いすぎたとは謝らねえぞ。もう一度言う、自殺は最低の卑怯者がやることだ」

リウヒはふてくされたように横を向いていた。

「残されたものを考えてみろよ。おれ、クロエ、頭領、お前の仲間、宮の人間、いやティエンランの国民全員が、悲しみと失望のどん底に叩き落とされるんだぞ。お前、王さまだろう」

キジの言葉と共にリウヒが目を見開いてゆく。

「王さま……」

「おれは、親友が……」

「キジ、キジ!」

リウヒが勢いよく抱きつき、不意を突かれてキジはひっくり返った。

「ちょっとまてこら、ここからがいいところ……きゃー! おれ、襲われてる! 貞操の危機、貞操の危機、ダレカタスケテー!」

リウヒはわめくキジに構わず、頬に口づけをすると、その体を思い切り抱きしめた。

「痛え! おま、結構馬鹿力……!」

「ありがとう、キジ。目が覚めた」

キジはわめくのをやめて、横に張り付いているリウヒを見る。

リウヒが顔をあげてキジを覗きこんだ。その黒い瞳がキラキラ光っている。

「キジが、わたしの人生の中にいてくれて、よかった。本当によかった……」

「それ、すごい殺し文句……」

至近距離で見つめあう。キジの手がリウヒの頭に回った。ゆっくりと自分の方に引き寄せる、リウヒも真っ直ぐそこに向かってくる。お互いが目を閉じ、唇が触れた。

その瞬間。

「キジ! 頭領が帰ってくるぞ!」

扉が慌しく叩かれた。二人は弾かれたように離れ、リウヒは勢い余って寝台から転げた。

「やべ!」

キジが慌てふためいて起き上がる。うろたえている男を見て、寝台に頭を持たせかけながら、リウヒが呑気に言った。

「なんだか、間男を見送る気分だ」

「なに寝言いってんだよ。どうすんだよ、この部屋」

先ほどリウヒが怒りにまかせて投げつけたものが散乱している。

「キジが片づけて、わたしは動けない」

「馬鹿。自分で散らかしたものは、自分で片付けろ」

ぽすんと藍色の頭をはたく。

「じゃあな、リウヒ。元気になってよかった」

「ありがとう、キジ。大好き」

笑顔を一つ残して、キジは部屋を出、部屋の前に立っていたハルさんに声をかけた。

「頭領はどれぐらいで帰ってくんだ?」

「もうすぐ着く。なあ、嬢ちゃんは……」

「いや、なんだか滅茶苦茶に元気になってしまった」

針金で鍵をかけながら、苦笑した。

「ありかとな、ハルさん」

「いいってことよ」

「さて、と。おれ、ちょっと舳先で一眠りしてくるわ」

呑気に手を振って舳先へふらふらと向かう。

いつもリウヒが座っている場所へ、崩れるようにへたり込むと、頭を抱えてもだえ始めた。

うおおう、やべえ。あの時声がかからなかったら、そのままいっちゃってたぞ、おれ。

……。

いや、いっちゃいたかったな、むしろ。

いやいやいやいや、何を考えてるんだ、おれは!

両手で頭をかきまわし、唸り声を上げる。

――キジが、わたしの人生の中にいてくれて、よかった。

――ありがとう、キジ。大好き。

畜生、可愛い声で頭ん中、クルクルまわるんじゃねえ。

両足をばたつかせて、多々良をふんだ。近くの小樽を思い切り蹴飛ばす。

ああああ、もう。どうしたおれの心臓! 静まれおれの心臓!

キジの奇っ怪な行動を、空を飛ぶ鳥たちが無関心に眺めていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ