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海原の彼方  作者: まめご
13/21

王の所在

ある日を境に、宮廷には様々な情報が舞い込むようになった。

一般の目撃者や暗部からも絶えず報告は続く。その度に重鎮たちは色めき立ち、翻弄されたが、宰相は一つ一つを丁寧に吟味し外部の口止めを徹底した。

ちょっとした騒ぎが起こったのは、秋風が頬を撫でる頃である。

カグラはほとんど駆けるように足を速め、本殿の一角に向かっていた。目指す室の中から怒鳴り声がする。

「なぜ、お前はそれを止めなかったのだ!」

怯える声、諌める声、宥める声が続く。

音を立てて扉を開けると、丁度シラギが商人風情の男の胸ぐらを引っ掴みながら、血気盛んに詰め寄っている最中だった。数人の大臣たちが狼狽したようにシラギを抑えてはいるが、怒り狂っている大男に縋っているようにしか見えない。

「何があったのです」

顎髭を撫でながら我関せず、とばかりに見物をしてる中将軍ダイゴに聞くと、

「陛下のご所在が判明したようで」

と小声で説明を始めた。

「あの御仁がクズハの酒場で陛下を目撃したらしい。男の膝の上に乗っておられたそうだ。その男というのが、どうやら元王子というようで」

「元王子……アナンさまですか」

腑に落ちない。カグラは先の騒動の時、実際にアナンと行動を共にしている。人柄は理解しているつもりだ。まさかアナンに限って。それとも何か考えがあってのことか。

「人違いではないのですか」

「赤茶けた髪の男は星の数ほどおります。深い緑の目をした男も星の数ほどおります。ですが海賊黒蜥蜴の頭領はお一人しかおりますまい」

「成程」

「ひッ!」

悲鳴が聞こえた。

哀れな商人は乱暴に胸ぐらを揺さぶられ、恐怖のあまり縮こまっている。カグラは溜息をついてシラギを商人から引っぺがした。

「先程のげんは嘘偽りないか」

宰相の言葉に商人は禿げた頭に汗を光らせながら、コクコクと必死に縦に振った。

「一行がどこへ向かったのかはご存知ですか」

カグラの問いに今度はプルプルと首を横に振った。

「いえ、出港したくらいしか……」

「ご足労、ありがとうございました。大変助かりました。これは心ばかりですが」

銀三十枚を渡すと、商人は恐縮して押しいただいた。

「この事と、ここでの出来事を他言しないように。すればどうなるかご存知ですね」

商人はカグラの不気味な微笑みに怯えたように、何度も頭を振った。転がるように去ってゆく。沈黙が降りた。

「今現在は、アナンと共にどこかの海上にいるわけですね」

「アナンさまと共におられるならば、陛下はご無事のはずです」

絞るような声でトモキが言う。ああ、お前もいたのか、とカグラは今更ながら気が付いた。

「ぼくは実際にあの船で、アナンさまの下で働きました。みんな、すごくいい人たちだったし、きっと何かお考えがあって…」

「ならば、なぜ酒場で陛下を膝上に乗せなどする」

シラギの低い声にトモキは黙った。

どちらにせよ、アナン本人をとっ捕まえなければならない。

仮に何かの事件に巻き込まれてリウヒが保護されたとしても、なぜさっさと宮廷に送り届けない。

「わたくしは、これからスザクに向かいます。連絡は一日おきに馬を飛ばしますので。船で海を重点的に探します」

重鎮たちが揃って頷いたのを見届け、退室するカグラを追いかける足音が聞こえた。シラギだった。急くように横に並ぶ。

「わたしも行こう」

「あなたが来てどうなるというのですか」

カグラが振り返る。

「海上はわたくしの管轄です、あなたはあなたの仕事を為すべきだ」

「陛下が浚われたのは、わたしの責任だ。だからスザクに……」

カグラの手が挙がる。それは音を立てて隣の男の横面を払った。

「いい加減になさりなさい!」

二人を追っていたトモキの目が見開く。銀髪の男はそのまま廊下の壁に黒髪の男を勢いのまま押し付けた。

「あなたは今の自分の立場をお分かりのはずだ。それを無視して行動すればこちらにも迷惑、ひいては陛下の御心を苦しめる結果となるのは目に見えているでしょう」

「……陛下を」

シラギは打たれた状態でしばらく止まっていたが、うなだれたままカグラの襟を掴んだ。

「必ず取り戻してくれ」

「お任せください」

その肩を、二、三回叩いた。

「必ずや」


ああは、いったけどどうしようか。カグラは思案しながら廊下を歩く。

宮廷の海軍は、いたって弱い。対しアナン率いる海賊は、数々の修羅場を潜りぬけた猛者だ。木の枝のみで熊に挑むようなものだ。しかし、逃げ足には自信がある。ということは、素早さがある。そこを徹底的に伸ばすしか手はない。

「カグラさま!」

トモキが駆けてきた。

「ぼくも一緒に連れていってください! リウヒさまに約束したのです、逃げたら必ずぼくが追いかけて、捕まえるからって。あの海賊船にのっていたことだって、きっとお役に……!」

まくし立てるトモキにカグラは首を振った。

「あなたはここにいて彼らの動きに気を付けていてください。海千万山千万の重鎮たちです、どんな動きがあるのか分かったものではない。それに…」

困ったようにカグラは微笑んだ。

「シラギの様子を見たでしょう。あの男がどこへ突っ走るか分からないではないですか。すみませんが、黒将軍のお守りも頼みます」

トモキはしばらく、縋るような目でみていたが、諦めたようにため息をついた。

「……分かりました。手のかかる黒将軍さまですね」

「全くです」

二人は顔を見合せて、苦笑した後別れた。

スザクへ向かう前にと、稽古場をのぞく。マイムが後輩たちを指導していた。

カグラに気が付き、そのまま練習するようといって、窓から顔をのぞかせる。

金色の髪が、さらさらと落ち、静かに風にそよぐ。

「どうしたの。こんなところにくるなんて、珍しいじゃない」

「陛下が見つかりました」

マイムが息を呑む。

「しかもアナンと一緒らしい」

「無責任王子が妹を浚ったってこと?」

さすが話がはやい。言い方はひどいが。

「これから、わたくしはスザクに行きます」

「気を付けてね、左将軍さま。死んだら浮気するわよ」

にっこり笑ってつれない事をいう恋人に苦笑すると、口づけた。

「わたくしが死ぬ玉だと思いますか?」

「憎まれっ子、世に憚る。全然思わない」

もう一度、金色の頭を引き寄せ今度は深く口を合わせた。そして枯れ葉を散らしながら歩いて行った。

マイムはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、振り返ると怒鳴った。

「見てんじゃないわよ、さっさと練習しなさい!」



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