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海原の彼方  作者: まめご
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図書の主

賄賂が功を奏したのか、三日三晩に及ぶ無言の要求――図書ずしょの門前に鎮座し続けるという――が認められたのか、トモキはついに図書の主に面会することを許された。

「まずは御身を整えくだサイ。立てマスカ?」

伝えに来た少女は、舌足らずな声でトモキに聞いた。黒目がちの大きな瞳を持った、可愛らしい子だった。

リウヒと同い年かもしれない。そう思ったトモキの心が絞れるように痛む。

「大丈夫。ありがとう」

「あたしはすぐに戻らなきゃいけないのデ。終わりましたらあちらの扉からお入りください、デハ」

にっこり笑って竹筒を差しだすと、少女は駆けるように図書へ戻って行った。後ろで一つに括った焦げ茶色の髪の毛が躍る。

竹筒の中は冷えた水だった。口を付けるとこくりと喉を通って、瑞々しく体の中へ沁み渡ってゆく。心遣いを有り難く思いながら、トモキは立ち上がった。長時間の姿勢に限界越えした関節が悲鳴を上げて、声が漏れる。

だけど、こんな痛み、何だというんだ。トモキは気力を振り絞って歩を進める。

上層部に自分は入り込めないが、カグラが表におりシラギとマイムは裏で動いている。図書の主がどういう者だかはっきりとは分からない。それでも、トモキは望みに賭けた。例え薄氷のような儚い望みでも。


扉を開けると、そこは本の海底だった。辺りの壁という壁には巻物や書物が天井まで詰まっている。

ああ、懐かしい匂いがする。トモキは空気を吸い込んだ。宮廷に上がった頃、カガミと過ごした自室の匂いだ。亡き愛すべきタヌキオヤジ。燃え焼けてしまった本に埋もれた二人の部屋。切ない思いを押し込めて、トモキはぐるりと辺りを見渡した。

本棚の一片に梯子はしごが架かっている。その上に女が一人、絶えず書物を引っ張り出しては下に落としていた。

落ちた書物は、先程トモキに声をかけた少女が見事な塩梅で受け取っている。いや、失敗して顔面に直撃を受けた。

「ワカや。大切な書を顔で受けたあ、あかんえ」

優しく柔らかい声は、何故か恐ろしげに聞こえた。

「ならば、上からポイポイ放らないでくだサイ。シキブサマ」

少女は果敢にも抗議する。が、聞き入れてもらえず、今度は頭上で本の直撃を受けた。

「ほんにお前は……、あれ、ぼんが迷い込んできたわ」

女と少女の目線がこちらに向いて、トモキは静かに頭を下げた。

「国王付従者、トモキと申します。図書の主さまとお見受けいたしました」

「いかにも、いかにも」

女は鷹揚に頷くと、するすると梯子を下りてきた。不思議な顔をしている。妙令にも老人にも見えるその顔からは年齢は伺えない。浮世とは全く異なった静謐な雰囲気を放っており、一種の畏怖をトモキに与えた。

「座りゃ」

後ろでは少女が静かに室を出てゆき、しばらくして茶器を携えて帰ってきた。がっしりと鈍重な卓に慣れた手つきで温かい茶を入れてくれる。

「さっきはありがとう。これを」

竹筒を返すと、「どモ」とちょこんとお辞儀をした。

「王の従者さんが何の用え。お手伝いでもしにきたんかえ」

名すら名乗らず、主ははんなり笑ってトモキを見据える。蛇がえものに狙いを定める時、こんな顔をするのかもしれない、とトモキはちらりと思った。

「陛下が行方知れずになっている事はご存知ですか」

「ああ、なんやえらい騒いではるなあ」

「あなたのお力をお貸しいただきたい」

「はあ」

単刀直入に切り出したトモキに主は訝しげに眉を寄せた。

「貸すも何も、うちはただの図書頭ずしょがしらえ。まあ、地図やらなんやらやったらお貸ししますけど?」

「宮とは別の権力をお持ちしていると伺いました。即ち、宮外の力と繋がっているのではないかと思いまして」

「アホらし。宮外の力ってなんやのん」

「例えば、……闇者とか?」

「まあ、ほほほほほ」

可笑しくて堪らない、というように主は笑い転げた。後ろでワカと呼ばれた少女も苦笑している。

「従者さんの頭は思考が飛んどって面白おもろいわあ。残念ながら闇者なんて聞いた事も食うた事もありゃせん。せやけどなあ……ワカ」

少女を呼び寄せると、その耳にヒソヒソと何かを囁いた。ワカは二、三度頷いて再び元の位置に戻った。

「従者さん」

「はい」

「うちは宮に飼われるただの図書頭え。闇者なんて存在も知らんし、治外法権もあんさんに有益な情報ももっておりゃせん。ただ、一つ言えるのは」

そこで主は言葉を切った。

「待ちや」

五日待て、と言った。

「知らせは必ず来はります。分かったらさっさと出て行き。うちもいつまでも坊の相手するほど暇やないんえ」

ほんのり漂った友好的な声を一転させて、主は顎をしゃくった。心得たとばかり、ワカがトモキを無理やり立たせる。

「さ、シキブサマがほうき持ち出して暴れないうちにご退室ヲ」

「分かりました」

目の前の女は、確かに噂どおりだった。口悪くともトモキに協力してくれるようだ。

「このご恩、けして忘れません」



「宮廷のボンクラ共が」

少年が去った後、図書の主は忌々しげに吐き捨てた。

「小娘一人探し出すのに、何を手間取ってはんの」

「ヨドサンたちも苦労されているみたいデスネ」

卓の上の茶器を片づけながら、ワカはそつなく答えた。

「何日かかるん?」

「五人出してくれるのなら、三日デ」

「大学、他国の動きはどないなえ」

「大学は今、陛下を失う訳にはいかないので、むしろ慌てているようデス。クズハ、チャルカは関知してこないでショウ。警戒すべきはジンですが、あそこの第三王子がティエンランに極秘で滞在しているそうなので問題はない、とお頭は言ってマシタ」

「ああ、あの病弱の皮かぶった放蕩王子」

わあ、ひどい。心の中でワカは呟いた。

「まあ、ええわ。ワカ、あの愛想のない男を呼んでき。新契約を結ぶ」

「はイ」

「小娘を見つけ出すだけでええ。ボンクラ共も少しは働いてもらわんとな」

頷いたワカにシキブは微笑む。

「ジュズも便利なもんを紹介してくれたわ」

「シキブサマ。闇者を書庫整理に使うなんて、あなたくらいですヨ」

にっこり皮肉を言って、ワカは書物の壁の中に消えた。

闇者は高額な金さえ払えば、なんだってやる。殺しや情報操作など欲にまみれた依頼がほとんどで、こんな呑気な仕事は前代未聞だった。

ワカは足を早める。

うんざりして文句を垂れているだろう四人の仲間たちに早く伝えなきゃ。




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