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この国はこうして苦しむ

 さて、本題に入ろう。


 まず問題を解決するには発生当時のことをしっかり聞かなければならない。その状況をうまく整理できれば、基本はすぐに片がつく。


「では陛下、まずはこの問題の発端をお聞かせ願えますか?」

「うむ」


 フィフ国王は話し始めた。


「異変の始まりは、大陸魔導戦争の終結から10ヶ月が経過した頃だった。

 そもそもフィフの国自体はそこまで荒廃したものではなく、メイオールを除けば龍貫、緑桜と並ぶほど美しく住みやすい土地じゃ。なのでここを居住地に選ぶ者も多かったのじゃ。

 事実、この問題が発生する前は非常に住みやすい、活動しやすい国であり、地形を考えるに国防も安定するいい国だった」


 魔力減衰を起こす前は、フィフが魔術を研究するに一番向いている国だと言わしめた歴史がある。メイオールもラクシュリーの名において、という研究分野の功を立てるという目的があった以上決して疎かにはしていなかった。が、土地の都合上その時はフィフが一番魔術に関しては強い国だったことに違いはない。


 事実魔術師にとって必要なものが土地を歩くだけで過剰なほどあるのだ。魔石を始めとした魔力を帯びている物質は、御石が船で見た地層に露出したものを始め今でもフィフが一番埋まっている。街こそは湾岸沿いにあるが、山中にも小規模の集落があり、才能ある魔術師はそこで研究を重ねていた。


「じゃが、その発展は長くは続かなかった。

 丁度今くらいまで街が発展した頃に、この魔力の減衰が始まってしまったのだからな」


 当時のことを思い出し、落ち込むように話し続ける国王。その時の状態を、ローズルピーが説明する。


「オレが習って聞いたことは急に魔術の維持ができなくなってしまったんだよな。短時間使うだけなら問題なし、けどストーブを使う時の魔術で火を使った時にそれが維持できなくなっちまうんだ。今もそれは続いている」

「その魔術は使う人数が増えれば増えるほど継続時間が短くなっていくのですか?」

「鋭いな。その通りじゃ」


 国王は御石の発言に頷いた。


「一年に渡り現象の解明を急いだが、何の成果も得られなかった。じゃが、どれくらい使えば魔術が使えなくなるかは知ることができた。それを国民に説明し、協力してもらう形で使用制限を施して今に至っている」

「今に至るまで……その30年近く何か他に得られなかったのですか?」

「それを発見できそうな人間は全てメイオールへと流れた。結局、政策の都合上魔力の別枠を用意することは非常に難しく、結果研究材料の主である魔力が確保できないのじゃ、他の国よりも圧倒的に安全で発展し、魔力も使えるメイオールへと行くのは当たり前の話。わしはそれにも気づいてた、が止められなかった」


 そして、研究者の本質は止まらない成果であり、仮に魔術の効率をよくするものがあったとしてもメイオールの様々な蓄えを駆使して他のことに熱中する。不便な土地と行き来するのは、それがたとえ故郷であったとしても、研究者としては邪魔でしかないのだろう。メイオールに骨を埋めたフィフの人間は、いずれも理想の環境を手放す気にはなれなかったようだ。


「だから、あの原本を持ってきてくれて助かったんだよ、フィフの王政府はな。怪しいやつじゃない限りは御石のことを処刑したり捕まえたりしないというのが、オレと親父の判断だった。事実、すぐに反対するような貴族もいなかったからな」

「あれであれば、国民が使う魔術の稼働時間は6倍にまで伸びる。寒冬はまだわからないが、今は春。国民の生活を見るに十分な時間じゃな。わしはお前に感謝しておる、御石」

「あれを持ってきただけですよ僕は。作り上げた先人に感謝しましょう」


 そうだな、と目の前の親子は頷く。


「なるほど。しかし、よく国民は暴動を起こしませんね。普通このような政策は何年すら続くものでもありません。30年近くも持たせられるとは正直驚きましたよ」

「違う。国民は既に暴動を起こすほどの体力すらない生活を余儀なくされてるだけだ」


 ローズルピーは、御石の感心を否定するように言った。


「そもそもインフラが著しく制限されてて物資はあってもそれを活かすことは全くできない状態にある。それこそ、満足に料理もできないくらいにな。幸い海が近かったことで魚の生食文化も出来上がって美味しく食べる算段もついた、が_____結局料理っていうのはあったかいうちに食うのが一番なんだよ。確かに生食文化が盛り上がったことは大きい。でも、それらは全て親父が規制した後に生まれたんだ。フィフという国ができる前からあった食べ物、スープとかはほとんど食べれてない」

「フィフの国の名産物、というより国民食はやっぱりスープなの?」

「スープというか鍋だ。魚を適当に突っ込んでブロードで煮た物、親父の大好物だな。もう、あの戦争以降食えてない」


 所作が粗暴かつ気が強い赤髪の王子は、目を伏せる。


 御石はそれを聞き、今の食事で出されたオニオンスープを見る。これがご馳走になる、という発言を聞いただけでもその苦労が理解できたようだ。少しだけ、スプーンを持つ手が震える。


「スープそのものが貴重品なら、なぜ僕のもてなしのために……?」

「貴族とかも我慢しておる中で、国賓となった御石にはもてなしたかった。それに、何もしておらずお荷物、というわけでもない。貴殿が持ってきた30を超える書は間違いなく国の発展ないし維持に必要不可欠なものじゃ。情報局は書物の複製も行なっておる、正式な発表こそ遅れるが、間違いなく全国民に行き渡るじゃろう。完全な解決をするまでは、わしも口にはしないことに決めている。

 じゃが、それを国民にまで強要することは耐えられぬ。善性でも国を国を統べる者としての体裁でもなく、人に我慢を強いることが我慢ならぬ」


 何の正当性もなく利益もない、ただの当てつけのような我慢の要求であれば跳ね除ける。が、国力が著しく低下している状態で国民を押し除けて魔力を独占して挙句に豪遊することは、フィフの国王にはできなかった。


 他の貴族たちも状況は同じだった。王政とはいえ政治がある以上、そこに関わる者として個人に対する支持の力は大きくバカにできない。王が自ら節制し、仕事に必要な分以外で魔力や資材を使わないことを実践するのであればそれに従わない場合一気に一族の価値が落ちることになる。ローズルピーの言うとおり、国民が暴動を起こす余力もない以上は焚き付けても無駄であり、尚のこと言葉で排除されるだけ。この情勢で静かにしておく以外の選択肢はないのもあって節制に全員が従っている状態、だからこそ30年も大した暴動などが起きずに国として成立し続けているのだろう。


 それでもぎりぎり保っていると言うのが限度だ。状況を説明したこの国の王も、一番栄えている国からやってきた御石も一つのはっきりとした問題が見えていた。


 余力を許さないと言うのは、それだけミスが許容できない社会になりつつある。いや、もうすでになっていると言っていい。子供が増えた分だけ負担は増え、そうでなくても過剰な魔術の使用が少しでもあり魔力の減衰の原因になれば故意であってもそうでなかろうと罵詈雑言を浴びせられインフラを使う権利を奪われ、人間の尊厳も最悪奪われる。


 何せ、まともな生活ができてない国だ。女子供に至ってはその代償を金で払う、と言うこともあり得るだろう。しかし、誰もそれにそれに異を唱えることはしようとしない、と言うよりできないのだ。その数日の我慢は精神衛生上悪く、何より別の手段を取ろうとすれば永遠に魔術が使えなくなる。


 魔術などいらない、と言い切れればそれでいい。間違いなく明るい生活を取り戻すことが出来るだろう。だが、それもしない。国民の知識、教育水準がインフラに見合わず高いことから国防に目を向けた場合地理以外で有利なものはない。


 科学と言う分野が発展すれば確かにマニュアルさえあれば特定個人の資質などに影響されない強い軍隊ができるだろう。しかし、その発展を時間が許さない。すでに何度も話に出ている龍貫などの通り、国ごとで違うとはいえ貧しさによる戦争が起こってしまっている。高く鋭い山脈に囲まれた国ではあるが、海方面は他の国と同様。仮に船の設備を魔法に頼らないものにしたとして、果たして魔法を使う相手に勝てるのだろうか?


 答えはノーだ。


 単純な話、魔術は使うものの力量に大きく依存はするものの戦略兵器としては非常に優秀である。属性という括りではあるが、気象に関係なく氷や炎、雷を出すことによって周辺被害を大きくする、ついでに言えば魔術は何かを調べたり通信したり、人を治すことだってできる。


 仮に支援系の魔術ができなかったとしても、攻撃魔法は現実の世界で言うところの"戦略兵器"に該当するのだ。ミサイルには突撃銃で対抗することはできない、幾ら矢があろうとも魔術の防御にはなす術もない。その差は大きく、魔法を頼らない生き方をするには今は早すぎる。強行すればこの国が滅びる、と言う恐怖は人々の心を竦みさせるのに十分だった。


「……いずれ、魔術において差別されたもの。生きていく上で必要なものを求めた結果、それすら認められず悍ましい私刑と悪魔の烙印を押された者はこの国や世界を憎む。その爆発はもう目の前に来ているのだ。尊厳を破壊されたものが最後にする行動はただ一つ、全てを壊すこと。それが様々な人間に伝播し、いずれ時を見極めれなくなった人間が魔術を捨てて、捨てた後の発展に酔い、その酔いのまま進んで自滅する」

「それがフィフの滅亡につながる。今はまだでも、このままローズルピー王子が王として即位する時にはすでにそうなっている、ですか」

「そうじゃ」


 国王の暗い顔が目の前の異邦人を見つめる。助けを求める目でもあり、自分の息子の将来を心配する親の目でもあった。


「……いかんな。歳をとるとこの話題に口が止まらなくなってしまう。メイオール王と同じだな。

 他に何か聞きたいことはあるか?」


 フィフ国王は何も言わず、空元気のような笑みを浮かべた。が、無理はしているのかやはりすぐ落ち込んだ顔に戻ってしまう。御石は何を聞けばいいのか分からず、とりあえずまとめようと飯を食べ切って考えはじめようとした。


 御石がサーモンステーキの最後の一片を口に入れた時、ローズルピーがそうだと言って思い出したように御石へ話しかける。


「そういえば、補足情報でフィフの国の人間には一つ特徴があることを言い忘れていたな」

「と、いうのは?」

「他の国の民と違い、痛みに強いんだよ。なんでかわかんねーけど、一応言っておこうかと思ってな」


 曰く、フィフの国の人間は痛みに鈍い。流石にナイフで深く切られたり、勢いよく叩きつけられたりした場合は痛みを感じるようだが、裁縫の針で刺さったり転んだ程度の擦りむきでは何も感じず、第三者の視点で発見されることが多いとのことだった。


 それが起因するのか、フィフの人間の死因、その多くは怪我ではない。重傷などは反応し痛いと喚いたりするため気づきやすいが軽傷は前述の通り気づきにくい。そして、人々もいつも他人を凝視しているわけではないため、傷が放っておかれやすい現状がある。すると、放置された傷から菌やウイルスが侵入して感染症を発症して死亡する。これが一番多い。


 菌やウイルスを認識できる、という技術が驚いた。しかし結局感染に気づかないことで幾ら認識できても手遅れになる。それがフィフの死因足り得るのだ。


「それはいつから?」

「魔導戦争が始まる一年ほど前だ」

「魔導戦争が関係するのか……?ともかく、これもあとで整理しよう」


 皿をまとめてから、御石は頭の中にまとめる。


一、魔力の減少問題が起こったのは魔導戦争後10ヶ月後のことである。


二、1日ごとに魔力を使う規定値を超えた場合に魔力の減衰が発生して数日間その周辺の魔力がほぼなくなり魔術が使用不可になる。


三、魔導戦争が起こる一年前からフィフ人は痛みに鈍くなっている。


 どう説明つけようか、聞いた後でも思いつかない。


 あれこれ悩んでいるうちに、時間が来てしまったようだ。悩んでいる御石を置いて行くように、フィフ国王は立ち上がった。部屋の入り口には、兵士がいる。


「陛下、お時間です」

「もうそんな時間か」


 国王は、御石に顔を向けて挨拶をした。ローズルピーと御石も、席を立つ。


「しばらくはローズルピーと一緒に行動してくれ。わしの息子じゃ、そんじょそこらの若造よりもよっぽど強く役に立つ、案内人としても頼ってくれ。どうしてもというのであれば、わしも協力する」

「ありがとうございます、陛下」

「では。また、声をかけてくれるとわしは嬉しいぞ」


 国王は、カツンと靴を鳴らす歩き方をして、部屋を出た。

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