王子との邂逅
紅茶を飲んで、部屋の中でゆっくりしている御石。
彼は多分、今日はもうこれ以上出歩かないと確信して、部屋の中にあった紅茶を淹れて、その中に倉庫にあったブランデーを入れて飲んでいる。
窓の景色は壮大で、夕陽が海面に鮮やかな色彩を与えて、海辺という橋までも色彩美によって輝かしい世界となっている。その向こう側、大地。そこにある旅館から見る景色は最高の一言に尽きた。
まだ尋問もあるというのにアルコールを体に入れるのはどうなのか、という疑問を持つ頃にはすでに入れていた御石は
(どうせアルコール入れても目的を問われたら素直に言わないといけないだろうし)
と言い聞かせて飲み続けていた。
そもそも出歩かない、というより出歩けないのだ。旅館側に本を全部渡してしまった以上は商品がないから外に出る意味がない。フィフ情報館側があれこれ手続きしているのに当の本人がどっか行ってしまうのも考えものだ。そうして下手に騒ぎを起こしたらまだ疑念の存在である自信がフィフの敵だと思われても仕方ない状態になってしまう。それだけは避けなければならない。
結果こうして、貴族のようにダラダラとしながら紅茶を飲んで雰囲気に耽るに終始した。
(しかし、魔術にしろ技術にしろその行為において魔力の大幅減少するなんて事象は意味分からないよなあ。どうしたらそんなことになるんだ、土地が悲鳴をあげるっていうなら単純に引っ込めるのも意味分からないし)
紅茶を飲みながら、今回解決するべきことの状況を整理してみる御石。実際に関わるとなれば、基礎知識に加えて自身の見解を持ってなければただの邪魔者だ。そも自分の身分はメイオール国の緑桜人、真実を見抜こうとするならもうしっかりと素直な話をするしかない。
なので、紅茶飲んでは暇を持て余した御石は今回の件について、現段階の情報を纏めつつ考えている。
(魔術に関係ない行為でも魔力に関係してくるというのが本当に頭を悩ませる。僕の見識が狭いだけか?なんでも神や何かに見立てる日本人じゃあるまいし。でも魔力というのが一般的に言われるマナのような空気中の特定の物質を指し、これをコントロールするならば……うーんその魔力とやらの性質が変化して逃げるようになってしまっているのか?)
ラクシュリーの言っていたことを頭の中で何回も繰り返しながら、思考を続ける。
(だが、それであれば祈りを捧げたりすればどうとでもなる話だし、何より現代の何も神秘も面白味もない社会と比べれば宗教の戒律という法律の下位互換であってもルールが存在するし、それに則って神との会話を図るはず。そういう時代の人間であれば、きっと神様との対談だって視野に入れてやるだろう。それとも、神様と話すことができてない?神様の怒りを買った、というのであればきっとラクシュリー王の耳にも入っているはずだし、僕に伝えないはずがない)
このような問題は大抵神の怒りを買うことによる不況。ただ、それらはこんな変な状況になる報復ではない。土地が根絶やしになり何も育たず住み着けなくなるようにまで人間を殺戮することがほとんどだ。神の気が乗れば、自らの手で裁きを下すことも多い。
だけれども、フィフの状況は違った。天罰にしては魔力の大幅減少なんて小さすぎるにも程がある。かといって、被害は甚大。魔力がインフラである以上、それが急激に少なくなるなんて恐ろしいにも程がある。
しかし、仮にこの予想が当たっていたとしても全ての因果関係をはっきりさせるようなものはない以上、全てはふざけた思考実験止まりだと彼は考えた。
「ちゃんと話聞いて分かるもんなのかなあ」
不安を覗かせる顔をした。
紅茶も空になり、外の色も段々濃く紫色になって行く。夜になったから何か変わる、というわけでもないだろうが、彼もそろそろお腹が空いた。一回ロビーにでも行って、どこで飯を食えるか聞いておかないとな。こう思って席を立ち、部屋の扉を開けようとした時だった。
「……いるか?」
「ん?」
どうやら扉がノックされて、誰かが自分を訪ねてきたらしい。そう考えた御石は、扉を開けた。
肌白く高身長であり、目も赤色。髪だって赤くてウルフカット。貴族服も襟とか袖とか下のシャツは白いけれどもズボンも赤色だし、全体的に主張が激しい。目が痛くなりそうだ、中世の灯火はそこまで主張が激しくないのにこの男のせいで視力が落ちるかもしれない。
御石はそう思いながら、声をかけた。
「失礼、どちら様ですか?」
「オレ?そうか、部屋行ってから全く出てないな。じゃあ紹介するか」
胸の紋章を見せてから、赤い男は話し出した。
「オレはローズルピー・フィフ。初代フィフ国王ラッグ・フィフの一人息子だ、よろしくな」
「僕は篠崎 御石。メイオール国の緑桜人だ、よろしくお願いしますよ」
ローズルピーの差し出した手に、同じ手を差し出して握手をする御石。
「しかしローズルピーさん、こんなところにわざわざ来てくださるとは。ここはもう港、言ってしまえば街のはずれに位置するんですよ。ご足労かけて申し訳ない」
「オレは今すぐには来れない親父の代わりとしてやってきた。これも公務の一環で、何より来ると言っていなかったのはオレだからな。だから苦労かけたなんて思わなくてもいい」
「ではお言葉に甘えて怯えるとしましょう」
「何故怯える!?」
目の前の貴族の驚いた声に、驚いてしまった御石。
「いやぁ……フィフの情報館は僕のことを守ってくれるとは言ってましたけどね、ここが王政である以上は全て高級貴族か王様自らが僕のこれからを決めると思うんです。すると、もしかしたらメイオールのご機嫌取りだと思われたり、威嚇行為だと捉えられて殺されるかもしれない。それは嫌だなあ、と」
「安心しろ。王もオレも他の貴族も、お前を殺そうとは思ってない」
「やったあ!」
「ただし、お前がきちんとここに来た理由を吐けばな」
ローズルピーの眼光が御石を捉える。
「え〜、やっぱり疑われちゃうかあ」
「……さてはてめえそんなに怯えてないな?」
「目的が目的ですからね、結局隠さずに伝えなきゃいけないなら早めに吐いてしまったほうがいいでしょ?」
「それで本当に殺されても知らないぞ」
成功した暁には、国家転覆ではないにしろフィフの日常が大きく変わる。このフィフに根付いた因縁を取っ払いに来たのだ、ラクシュリーという友になった存在のために。
そういった理由や誇り、というより約束のために御石はこの地を踏んだ。正直に話せというのであれば話そう、どうせ逃げらないのだから。
「で、あなたがここに来たってことは僕はこれからどこかに行くんですか?」
「もう少しで父上も到着なさる、さしづめ知らせに来たと言ったところか」
「親子二代でもてなしてもらえるとは夢のようだ」
「てめえはどうせ夢だと思ってないだろ」
「事はうまく運んでいる、という意味では夢のようだよ。何せ、正式な手順で国の重臣又はトップに話せる機会が回ってくるのは、千載一遇のチャンスと言っても差し支えない。僕にとっては嬉しい限りだ」
「……その舌の回りは父上との対談の時にとっておけ」
能天気に等しい異邦人の言葉に心配になる王子の姿あり。
だけれども、しっかりとした目的があってここに来ているのは確実で、それが悪事かどうかはまだ定かではないものの、怯えずに答えてくれそうだという謎の信頼感をローズルピーは持っていた。
ともかく、もうすぐでフィフ国王がお見えになるというのであれば部屋でゆっくりしているわけにもいかない、ローズルピーが御石を急かし、部屋を出て廊下を二人で歩き始めた。
階段を下っている時に、ローズルピーは御石に尋ねた。
「ところで、ずっとあの部屋にいたのならそろそろ飯のために出てきそうなものだが腹は減ってないのか?」
「ちょうど良い質問だ。僕腹減ってるんだよね、ここ港町だろ?肉か魚のどっちかはあるはずなんだ」
「飯は会談場所に持って来させよう、オレの権限でやっても怒る奴はいるまい。もし、飯を食ってる最中に父上が来て無礼だなんて怒ったら、オレも一緒に釈明するさ」
「どうやって?」
「人は飢えさせてはなりませぬ、と」
じゃあその時は甘えるから全力で庇ってね〜、なんて気楽極まりし御石に応じるかのようにお腹の虫が鳴った。彼の腹からだ。
はぁ、と軽いため息をつくローズルピー。この男は本当に能天気で、何も不安がないのかと感じた。無論そんな事はなく、御石は不安を感じていた。
もうすでに彼自身口にし考えていた事であるが、いくら役に立つとはいえどフィンの国出身で一切祖国に戻っていなかった人間がメイオールにて書いた魔導書の原本を売りつけるためにメイオールの商人が持ってきたのだ。ラクシュリーが内政干渉を避ける方針で、他国への積極的な干渉を避けていたのに急にこの国から出て行った人間の研究の成果を持ってきた商人なんて怪しいに決まっている。だからその受け答えが正しいかどうかではなく、相手が気にいるような答えが必要になるという考えもあった。
が、御石は結局王にはできれば真面目にちゃんとした目的を話そうと思い、その意思がフィフの王子の横にいようとも変わらない。ローズルピーの端麗な横顔を覗きながらも、心の中を決めるように御石は思案した。
(政治的にではなく、国王としての神輿でもなく、ローズルピーの父親という一点に絞って話し方を決めよう。言動こそ粗暴だが、彼は実直な男だと思う。なら、親であるなら彼の実直さもあるはず)
一階の廊下に出て、歩き始める。奥の方に別館があり、そのうちの一室を借りているそうだ。大きなホールを借りているわけではないが、何かしらのパーティ、会食に使われる程度の広さ。
別館に入ってすぐの一室が、その会談をする場らしい。扉が開きっぱなしだったので、挨拶等する事なく入っていった。
長いテーブルに白いテーブルクロスが掛かっていて、中世らしくランプが真ん中に置いてある。少しだけ花瓶もあったのだが、会食ではないためそれ以外がテーブルに置かれている事はない。
腹が減っている御石のためにとローズルピーは給仕に食事を持ってくるようにと伝え、御石に席を勧めた。
「座りな」
だけれども、御石は座らなかった。仮にも国王と話す、ともなればマナーという知識の不足がないか不安になっている。だが、あまり悩んではいられないと彼はこの国の王子に質問をする。
「普通こういう長いテーブルって王様はどこに座るの?」
「知らないのか」
「商人とはいえ常に庶民の味方だからね、礼儀ではなく実利で生きてるから会議も全部円卓に丸椅子なんだ」
「国の外に出たのが初めてなんだな」
そうして、奥の方に行って、一番奥の席の右側の席を引いて勧める。
「父上が招いた以上は、一番奥に座るのは父上だ。だが、その右に大切な人を座らせる。だから、ここにお前が座るんだ」
「陛下にとっては君こそ大事な人ではないの?」
「息子という若輩者かつ客でもないからな、でお前は情報館が言うところのフィフの改革における重要な協力者だとさ。父上だって、お前が重要だと思っているから自らここに来ると言ったんだ。その意図を汲み取ってやってほしい」
「これで無礼だとか言われたら、庇ってくれるかい?」
「若輩者ゆえの知識不足だからな、それにメイオールの一庶民だろ?オレが間違った知識を教えてたら責任があるのがオレだ。当然説明はするぜ」
ローズルピーによる口約束を取り付けた後、開けっぱなしのドアから流れ出たいい匂いと足音。ドアの方を見ていると、配膳カートを押してきた給仕が二人のところへやってきた。
こと、こと、御石の前に皿が置かれていく。
「お待たせしました。こちら当館自慢のサーモンステーキ、オニオンスープ、海藻サラダと……ライスでございます」
「ライス?」
「御石様は緑桜人でしたので、こちらの方が舌馴染みはいいかと」
「ありがとうございます、お手数おかけして」
「いえいえ、お客様をもてなすのも仕事ですから。では、ごゆっくり」
給仕は、そのままカートを押して戻っていった。扉の向こうからほのかにお客様はあちらです、という声が聞こえる。
それが聞こえた御石はがっつく事はせず待った。腹が空いていると言っていたのに、とローズルピーは疑問を口にした。
「ほら、父上が来るまでにある程度口をつけておけ。じゃないと話に熱中して冷めた飯を食うことになるぞ」
「そろそろ陛下がお見えになる、と思ってね」
「その通りじゃ」
御石の発言に答えるように、入り口から声が。
赤いマントに、大きな服。体格こそ巨大というわけではないが、脂肪ではない形の取れた大きさの筋肉。服装は黒で統一された貴族や王族の服装なのに体躯のボディがくっきりするくらいには張っている。
「父上!」
「フィフ国王陛下」
白い肌に赤い目、だが髪は黒色の男。
フィフの国王が、部屋に現れた。




