~邂逅~
「夜が明ける様に劇的に変われたら良いと思わない?」
僕の目の前にいる白いワンピースを着た女の子は、まだ明け切らない空を見ながらそう言った。それは、独り言のように聞こえた。だから僕は何も返せなかった。
「今日は楽しかったよ! ありがとう!」
そう言っているのは僕の彼女だ。恥ずかしげもなく、僕の前で言ってくれている。
今日、何をやったかというとただのデートだ。
海に行き、遊園地に行き、そして夕食を食べてきた。
ただ、機械的に移動していたのに、こんなにも喜んでいる僕の彼女。
僕は君が思っている程、良い人じゃないのに……。
僕は感謝の言葉を言っている僕の彼女に、とびっきりの笑顔を返した。
そして、彼女の唇にキスをした。
なんてナイスな僕なんだろう!
こんな良い彼氏なんて見たことがない! と、自我自賛している自分がすごく情けない……。
「じゃな!」
僕は自分の考えに笑いながら彼女に背を向けた。
「じゃ~ね~!」と、歩き出した僕の後ろの方から聞こえてきた。
そして、僕は今まで吸えなかった煙草に火を点けた。
深く息を吸って、大きく息を吐いた。
僕の口から真冬の様な白い息が空中に散った。
少し落ち着くと、いつもはしていない腕時計で現在の時刻を見た。
いつの間にか、今日は昨日になっていた。
ふと空を見上げ、今日あったことを思い出しながら家に帰るわけでもなく歩き続けた。
本当に僕はよくやったと思う。
好きでも嫌いでもない女の子に告白されて、なんとなくOKしてしまった。
僕ながら打算的な人間だなと思った。
(ここで断ったら、僕は一生彼女が出来ないかもしれない! と、思ってなんとなくOKしてしまった。)なんて、打算的な人間なんだろう。
なんて情けない……。
こんな僕だから彼女と抱き合っても、キスをしてもなんの感情も湧かなかった。
これはある意味では冷静なのかもしれない。
それとも男というモノはこういうモノなのだろうか?
これを僕の友達に相談したいが、僕にはそんな度胸はなかったりする。
まったく、くだらない事で僕の頭の中はいっぱいいっぱいである。
そして、プログラムされた様に僕に口からはため息が漏れる。
ここで、僕の彼女という世界で五本の指に入りそうな大役をやっている彼女を紹介しておこう。
大役と言っているが、世界中の女優が羨望の眼差しで見るような役柄ではない。
遠回しに彼女をけなしているわけでもない。
そんな僕の彼女は身長百五十センチ、髪は腰にかかるくらい。
髪の色は、今は珍しい黒である。
目がクリッとしていて二重瞼。
世間的に言うと、背の低い美少女であった。
少女と言っているが彼女の年齢は今年で十九歳になる。
見かけはどう見ても十五、六歳に見える。
友達にはロリ野郎とか、酷い言われようだったりする。
僕が悪いのではなく、彼女の方が悪いんだと思う。
う~ン、こんな事を言うのでは最低な彼氏かもしれないな。
考えるのはこれくらいにしておいてやろう!
愛する彼女(笑)の事を考えながら歩いていたら、もう百メーター程も歩いてしまった。
いや~、なんて素敵な彼氏なんだろうねぇ~。
短くなっていた煙草を道に捨て、また新しい煙草に火を点けた。
ゆっくりと息を吸うと、真冬に缶コーヒーを飲んだ様な白い息が出た。
頭がクリアになっていくこの瞬間がたまらない!
この時間が終わると頭が回転をし始める。
この時ににやける癖がある事は知っている。
前に「これから幼女を誘拐しそうなヲタに見えるぞ」と友人に言われて直そうとしたのだが、なかなか直らない。
だから、顔を下に向け口にくわえている煙草に手を添えて顔が見えないようにしている。
こんな一工夫している自分に同情したりもする。
もちろん、そんな風に見えるぞと言った友人は同情してくれない。
なんて可哀想な僕なんだろう!
人間ではない犬の遠吠えが僕に同情するかのように聞こえてきた。
「犬には同情して欲しくねぇー!」
僕は心の中で叫びながら、また短くなった煙草を夜空に投げた。
夜空に舞う煙草は綺麗だと思う。
他の人にはただのポイ捨てにしか見えないらしい。
そういう人はまだ芸術を分かっていない!
何故なら芸術は破壊だから!
どうだ!
何も言えないだろ?
言えるはずないさ!
何故なら周りには僕しかいないからね!
僕は勝ち誇った気分で地面に落ちた煙草を踏み消した。
小心者の僕は後ろを振り向いて、煙草にもう火が吐いていないのを確認してからまた歩き出した。
安心して歩いていると、月の光が突然消えた。
周りを確認してみると僕の西側に建設中のマンションが建っていた。
また建設中だから建っていたという表現は少しおかしいのかもしれないが、建っていたのだった。
建設中のマンションが僕の中の好奇心を騒ぎ立てた。
当然の如く僕の足は建設中のマンションに向かった。
フェンスを乗り越え、マンションの入り口に僕は立った。
建設中のマンションは見た目から相当暗かった。
それがまたもや、僕を誘惑した。
そして、僕は誘われるようにして中に入った。
何故か入ってみるとそれほどの恐怖はなかった。
壁に手をつきながら歩かないと右も左も分からない暗さなのに、僕はなんの心配もしなかった。
勘を頼りに進んでみると階段が微妙に見えてきた。
どうやら、階段の所から月の光が出ているらしい。
せっかくなので、屋上に出てみる事にした。
月の光にも誘われて。
そして、僕はいつ終わるかわからない階段を登り始めた。
このマンションの中で僕の靴音だけが響いている。
コツン コツン コツン
ふと、僕は亡霊マンションという怪談を思い出した。
幽霊は一室に何人くらいが住めるのだろうか?
とか、階段で良いギャグを思いついたな、などと全然恐怖を感じなかった。
いつもなら、ダッシュで階段を登っているはずなのに。
自分が妙に冷静だった事を、この時はあまり不自然に思わなかった。
結局、屋上に着いたのは煙草を三本吸い終えた頃だった。
新品の匂いがまだついているドアを開けた。
目の前に景色と月光が広がった。
自分の中から出てくる感情があった。
だが、これは言葉では言い表せなかった。
敢えて言うのなら、とにかく気持ち良かった。
ハイテンションのまま、屋上の淵に座った。
本当は僕の後ろにフェンスが取り付けられるのだろうが、まだフェンスはなかった。
僕は足を空に投げ出した。その時、何故か飛べるような気がした。
飛べる 飛べる 飛べる
僕は腕に力を込めた。
「飛べないよ」
「だって、君には翼がないもの」
僕の後ろから知らない声がした。
久しぶりに小説を書こうと思ったので、書かせていただきました。
元ネタとしては、もう5年くらい前に途中まで書いたモノになります。
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