お姫様と筋肉男子、運命の出会いは突然に
「……あれ、なんかすごい美人が困ってる?」
旅の途中、ぼく――へらくれすは、森の中でひとりの少女を見つけた。
長い栗色の髪が風に揺れて、白いドレスがふわっと舞う。
その姿は、まるで森の妖精――いや、姫だった。
でも、彼女は今、むすっとした顔で馬車の横に立っていた。
車輪がぬかるみにハマって、動かなくなっているらしい。
「……そこの人。ちょっと手、貸してくれない?」
声は小さくて、でもツンとした響きがある。
ぷいっとそっぽを向きながらも、チラチラこっちを見てくるのが、なんかもう反則級にかわいい。
「えっ、ぼくですか!?」
「他に誰がいるのよ。ばか」
「ばかって言った!?」
「言ってない。……ちょっと言ったけど」
彼女の名前は、でいあねいら。カリュドーンの王女。
正真正銘のお姫様で、でもちょっとだけ――妹っぽいツンデレ感がある。
「あなた、筋肉すごいし……助けてくれたら、ちょっとだけ感謝してあげる」
「任せてください! 筋肉担当ですから!」
「……筋肉担当って何よ」
「ぼくの人生、筋肉でできてるんで!」
「……へぇ。じゃあ、見せてもらおうかな。あなたの“人生”」
その言い方、なんかドキッとするんですけど!?
でも、ここでカッコつけなきゃ男じゃない!
でいあねいらは、そろりと近づいてきて、ぼくの腕にそっと指を伸ばした。
「……ほんとに硬い……」
声はさっきよりずっと柔らかくて、ちょっとだけ照れてるみたいだった。
「これ、毎日鍛えてるの?」
「はい、まあ、日課なので」
「ふーん……なんか、安心するかも。こういうの、嫌いじゃない……かも」
そう言って、ぷいっと顔をそらす。
でも、耳がほんのり赤くなってるのは見逃さなかった。
「……ありがと。助けてくれて」
その一言が、胸の奥にじんわり染みた。
この出会いが、ただの偶然じゃない気がして――
でも、ふと、あたらんたの笑顔が脳裏をよぎる。
(……あたらんたさんなら、こんな時、どうするだろう)
風のように自由で、でもまっすぐな彼女。
あの丘の上で交わした言葉が、まだ胸の奥であたたかく残っている。
(……ぼく、ちゃんと前に進めてるかな)
「でいあねいら。カリュドーンの王女よ。……あなたの名前は?」
「へらくれすです。筋肉担当の、へらくれすです」
「……ふふっ、ほんとに変な人。でも……」
彼女は、ぼくの手をぎゅっと握って、
まるで小さな声で、でも確かにこう言った。
「……ちょっとだけ、気に入ったかも」
その笑顔は、森の光の中で、まるで春の花みたいに咲いていた。