あたらんたと、ちょっと青春っぽい何か
「へらくれす、勝負しない?」
その声は、まるで春の陽だまりみたいに、ぼくの心をふわっと包んだ。
振り返ると、そこに立っていたのは――あたらんた。
ギリシャ最速の女戦士。
戦場では誰も追いつけないほど速くて、強くて、そして――誰よりも美しい。
でも今、彼女は戦士じゃなくて、ひとりの女の子の顔をしていた。
「え、勝負って……走るんですか? ぼく、筋肉担当なんですけど」
「うん。あなたと走ってみたいの」
その言葉に、心臓が跳ねた。
“あなたと”――その一言が、なんだか特別に聞こえた。
「……わかりました。全力で、いきます」
「ふふ、楽しみにしてる」
スタート地点に並ぶと、あたらんたがふとぼくの腕を見た。
「へらくれすって、ほんとに筋肉すごいのね。触ってもいい?」
「え、ええっ!? い、いいですけど……」
彼女の指が、そっとぼくの腕に触れた。
その瞬間、ぼくの心臓は爆発寸前。
「……硬い。安心感あるわね」
「そ、そうですか……?」
「うん。なんか、守ってくれそう」
その言葉に、ぼくは顔が熱くなるのを感じた。
筋肉で照れる日が来るなんて、思ってなかった。
「よーい――ドン!」
スタートの合図と同時に、あたらんたは風になった。
でも、ぼくも負けていられない。
全力で走って、全力で追いかけて――
そして、ゴールの丘の上。
なぜか、ぼくが先に着いていた。
「……え?」
あたらんたは、少し遅れてやってきて、にこっと笑った。
「ふふ、やるじゃない」
「……あたらんたさん、もしかして手加減しました?」
「さあ、どうかしら?」
彼女は、風に髪をなびかせながら、ぼくの目をまっすぐ見つめた。
「でもね、あなたと走ってると、なんだか楽しかったの。
勝ち負けよりも、こうして一緒に走れたことが、嬉しかった」
「……ぼくも、です」
その瞬間、ぼくの中で何かが変わった気がした。
戦いでも、試練でもない。
ただ、誰かと心を通わせる――そんな時間が、こんなにも温かいなんて。
「また、勝負してくれる?」
「もちろん。次は、あなたの心にも追いつきたいですから」
「……ふふ、楽しみにしてる」
そう言って、あたらんたはまた風のように走り去っていった。
ぼくはその背中を見送りながら、そっとつぶやいた。
「……次は、ちゃんと伝えたいな。ぼくの気持ちも」