すれ違いの恋と、ケンタウロスの罠
「……ねえ、へらくれす。最近ちょっと、人気ありすぎじゃない?」
でいあねいらが、ぼくの隣でぷいっとそっぽを向いた。
その頬はふくらんでいて、でも耳までほんのり赤い。かわいい。
「えっ、ぼく何かしたっけ?」
「してないのが問題なの……ばか」
市場に行けば、村の女の子たちが「へらくれすさま〜♡」って手を振ってくるし、
鍛冶屋のおじさんには「おう英雄様、今日も筋肉バッキバキだな!」って褒められる。
ぼくはただ、旅して、困ってる人を助けてるだけなんだけどなぁ。
「でいあねいらは、ぼくの一番大事な人だよ?」
そう言うと、彼女はちょっとだけ黙って、でもすぐに小さな声で、
「……うそつき。そう言って、またどっか行っちゃうくせに」
そんなやりとりも、いつもの甘いやきもち。
でも――その日、旅の途中で出会ったケンタウロス、ねっそすが、すべてを変えた。
「おや、これはまた美しい方だ。おふたり、川を渡るのですか?」
ねっそすはにこにこと笑って、でいあねいらを背に乗せて川を渡り始めた。
でも、次の瞬間――彼は彼女をさらおうとした。
「でいあねいら!!」
ぼくはすぐに矢を放ち、ねっそすを射抜いた。
彼は倒れながら、でいあねいらにささやいた。
「……この血を、愛の証として使うといい。彼の心を、永遠にあなたのものにできる」
でいあねいらは、震える手でその血を受け取った。
その瞳には、恐れと、そして――ぼくを失いたくないという、強い想いがあった。
数日後。
ぼくが旅から戻ると、でいあねいらは、ちょっとだけ不安そうに笑っていた。
「……ねえ、へらくれす。これ、新しい衣……。旅の疲れ、癒してほしくて」
「ありがとう。でいあねいらの手作り? うれしいな」
「……うん。ちょっとだけ、特別な仕上げをしたの」
それが、ねっそすの血が塗られた“毒の衣”だったことを、
そのときのぼくは、まだ知らなかった。
でも、あのときの彼女の笑顔は、
今でも、ぼくの胸の奥で、やさしく、痛く、焼きついている。




