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第9話 「魔法少女ショー」

「リオンさん、心の準備はよろしいでしょうか?」


「……マリー社長」


  魔法少女生活四十日目。魔法少女ショーの当日。街の広場に急遽作られた簡易な舞台の控え室。嵐の前の静けさのように静まり返ったその場所へマリー社長がやって来た。


「流石に緊張しているようですね」


「……」


 返事が固い俺にマリー社長は緊張しているのかと誤解する。もちろん緊張があるかないかでいえばあったが、口が重いのにはもう一つ理由があった。


「マリー社長。実は俺……」


「失礼ですが、商品化にあたって、あなたのことは調べさせていただきましたわ」


 俺がそれを口にしようとしたところ社長は静かにそれを遮った。


「……それじゃあ、もう」


「ええ。知っています。あなたが元々は男性だったことを含めて」


 男嫌いの社長に元男だということがバレた俺は言葉を失う。だがマリー社長は、いつも通りの冷静な表情を崩さず言葉を続けた。


「私は父のように女癖が悪い男性や、女だからと見下してくる男性は嫌いです。──ですが商人として男性と関わる必要があるなら関わります」


 だがその目に冷たさはなく、マリー社長はほんの少し口元を緩めた。


「それにあなたが信頼できる相手であることは今日まででもう充分に分かっておりますわ」


「……ずっと黙っていてすみませんでした」


 マリー社長の言葉に俺は改めて頭を下げる。


「いえ、私の男性嫌いを知っていてこのタイミングで打ち明けるのであれば十分ですわ」


「……マリー社長」


 ずっと黙っていたことに関して全く怒らないマリー社長の器の深さに胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。


「私からはがさつな言動やイメージが下がる行動はなるべく避けてほしいとしか言いません。商品として、そして一人の協力者としてよろしくお願いしますわ」


 そういうとマリー社長は俺の肩に手を添える。その優しさに、今までの不安がすっと消えた。


「さあ、舞台があなたを待っています。今のあなたを示してきなさい」


「はい。任せてください」


 胸の内を打ち明けてすっきりした俺は気持ちを新たに、舞台へと歩みを進めた。



◇◇◇◇



「結局何が始まるんだ?」


「さあなあ?」


「ブルーローズ商会だから期待はできそうだけどなあ」


 舞台袖からちらりと外を見る。外には商会の広告で集まった子供連れの家族、暇を持て余した冒険者、噂を聞きつけた物見高い商人たちなど数多くの人間が落ち着きなくざわついていた。なお広告に詳細は書かれていなかったため、魔法少女ショーだと知る者はいない。


「……」


 多かれ少なかれこれから起こることを楽しみにしている人たちを前に俺は思わず足がすくむ。この人たちを満足させることは出来るだろうか、それどころか落胆されたり罵倒されたりはしないだろうか? 考えれば考えるほど気が重くなった。


「緊張してる? でも大丈夫、舞台の上ではみんな役だから」


「……ああ」


 外の様子を伺って止まった俺に一人の少女が声をかける。少女はこれから俺と一緒に舞台に立つプロの役者で、本業だけあって俺よりも肝が据わっていた。


 ――覚悟を決めた俺は少女と二人が舞台に上がり、幕が上がる。その直後、観客たちの視線が俺たちに一気に集中した。


「なんだ? 子供?」


「……これは劇か?」


「あの子どこかで見たような……」


「あれ、リオンじゃねえか」


 ちらりと観客の方を見ると女児服を買いに行った店の店員や知り合いの冒険者の姿が目に入る。見ず知らずの相手には相手で緊張するが、知っている相手にこのショーを見られるのはそれ以上に緊張して凄く恥ずかしかった。


「……コホン」


 子役の少女の小さな咳払いに俺は我に返る。


「……リオンちゃん。今日はいい天気だね」


「……そうだね」


 改めて俺たちは劇を再開する。そう、今はとにかく魔法少女ショーをやり切らなければ。


「今日は何して遊ぶ?」


「せっかくだから今日は……」


 少女同士の他愛のない会話、しかしそれは唐突に打ち切られる。俺たちの立ち位置とは離れた場所で軽い爆発が巻き起きたからだ。


「なに!?」


「爆発!?」


 俺たちは爆発に驚く演技をする。多少、練習したとはいえ俺と少女には雲泥の差があった。


「ウヒヒヒヒ、我らが神の落とし仔よ。汚れた地上を浄化せよ」


 爆発が晴れるとそこには邪神を崇拝する邪教徒に扮した役者が現れ、その周りにバフォの泥魔人(小型)が三体現れる。これはバフォに協力の元、セリナが出したという体での召喚だった。


「ママ、こわい~!」


「なにあれ」


「さっきの爆発といい流石の迫力だな」


「流石はブルーローズ商会だ」


 突然姿を現した泥魔人に観客は驚くが、演出の一環と認識されているためパニックにはならない。むしろ、派手な演出と感心している観客が多かった。


「リオンちゃん、こわい……」


 子役の少女が俺の後ろに隠れておびえる演技をする。――さあ、ここからが本番だ。


「任せて。――変身!」


 構えた俺は魔法少女の姿に変身する。


「魔法少女ブロッサム・ルミナ。この街の平和は俺が守る!」


 魔法少女に変身した俺はキメ顔で口上を述べる。ブロッサム・ルミナとはブルーローズ商会と何度も相談を重ねて決めた、俺の魔法少女としての名前だった。命名者によると、全身のピンク衣装が咲き誇る花のようだからということらしい。


「え? 何今のすご……」


「なにあれかわいい~」


「魔法少女?」


 そして魔法少女に変身した俺を見た観客が一斉に歓声を上げた。


「……行くぞ」


 観客が冷めない間に俺は泥魔人に向かって走る。もちろん泥魔人はそれを迎撃しようとするがそんなものでは止まらない。


「くらえっ!」


 召喚した剣で一体の泥魔人を切り払い、その切り返しで更に一体を切り裂く。鈍重な泥魔人相手に攻撃される前に倒すことは造作もなかった。


「……小癪な」


 邪教徒の役者が俺に応じて新たな泥魔人を召喚するポーズを取る。それに合わせて裏でバフォが泥魔人を次々と召喚するので俺もそれを順々に処理していく。


「おのれ、おのれ、おのれ~!!」


 十数体の泥魔人が倒れたタイミングで邪教徒の役者はその場に座り込み激しく取り乱す演技をする。そして小さな宝石のようなものを取り出した。


「偉大なる我が神よ 我に力を!」


 邪教徒の役者が宝石を握ると宝石が光り出し、残っていた泥魔人たちが一斉に彼へと引き付けられる。そして彼と集まった泥魔人は巨大な一体の泥魔人へと変化した。


 もちろんこれは演出で泥魔人が引き付けられたタイミングで役者は舞台から退場している。


「負けてたまるか。ブロッサムバースト!」


 現れた巨大泥魔人相手に俺はピンクインパルス改めブロッサムバーストを放つ。桃色の力の奔流が泥魔人の身体を消し飛ばし、その残滓が舞い散る花弁のように辺りに舞う。


「この街の平和は俺が守る!」


 力の花弁が舞い散る中、俺は観客の方へ向き直りビシッとポーズを決める。……決まった。


「すごーい!」


「なにこれ、なにこれ」


「とんだ掘り出し物だな」


「……こりゃ勝てないかなあ」


 一瞬の静けさの後、変身の時以上の歓声が俺にかけられる。今でも大勢に見られるのは恥ずかしい。だが、それ以上に羨望のまなざしで見られていることがとてもとても嬉しかった。


 こうして俺の魔法少女ショーは無事に幕を閉じ、その直後に始まった俺のグッズの販売はあっという間に完売した。



◇◇◇◇



「リオン、お疲れ」


『中々悪くなかったぞ』


 舞台裏、社長や役者に挨拶を終えた俺の元へセリナとバフォがやって来た。


「ああ。バフォもありがとうな」


「何、その方が楽しめそうだったからしたまでだ」


 相変わらずバフォは自分の趣味優先だったがそれでも泥魔人のおかげで盛り上がったのは間違いなかった。


「いやあ、練習中はあんまり見れなかったけど演技も思ったよりはよかったね」


「お世辞は結構。やっぱりプロは凄いわ」


 セリナの言葉に俺はため息をつく。俺よりずっと年下の子役の子も俺とは比べ物にならなかった。ここ数日真剣にやったからこそプロの凄さが身に染みた。


「というかどうして練習中はあんまり見に来なかったんだ?」


 練習中はそちらに集中していたので気にならなかったが、ショーが終わってみると、いつもなら呼ばなくても勝手に来るセリナが来なかったことに疑問が浮かんだ。


「……それは内緒♡」


 少し考えたセリナはウインクで誤魔化そうとする。片思いしているベンならともかく俺にそんな安っぽい色仕掛けが効くわけがない。


「……そういえばお前、なんか変わったか?」


 適当にはぐらかそうとするセリナを俺はじっと見つめる。すると胸や腰回りにわずかだが違和感を覚えた。


「……え?」


 俺の言葉にセリナは思わず声を上げる。その反応に長い付き合いの俺は気のせいではないと確信した。


「一体何を隠してやがる」


「……バフォちゃん」


 俺はそのままセリナへの距離を詰める。するとセリナはバフォの方を向いて助けを求めた。


「まあ、そろそろ明かしてもいいのではないか?」


「……うん、まあそうだね」


 バフォに遠回しに抵抗をやめるよう言われたセリナは渋々その言葉に納得した。薄々勘づいていたがバフォも一枚嚙んでいたらしい。


「実は……」


 観念したセリナが口を開く。しかし、それを遮るように警報が街中に鳴り響いた。


「街の西口周辺に魔物の大群が出現しました! 兵士や冒険者は至急対応をお願いします。これは訓練ではありません。繰り返します……」


 それは街の存亡に関わる一大事のために設けられた警報だった。冒険者ギルドで存在だけは聞いていたが実際に聞いたのは今回が初めてだった。


「行くぞ、セリナ」


「うん」


 俺たちは話を打ち切り、大急ぎで魔物の出現した現場まで駆け出した。

次回『魔法少女とスタンピード』

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