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第11話 「魔法少女の憂鬱」

「そうですか。A級に。二人ともおめでとうございますわ」


 魔法少女生活五十日目。つい先ほど、冒険者ギルドでA級の証を貰った俺たちはマリー社長に報告に向かった。そしてその報告を聞いたマリー社長は、そのことを褒めたたえた。


「A級ともなると街の顔の一つといってもいいでしょう。グッズもこれまで以上に売れることになりますわ」


 商人だけあってマリー社長は魔法少女グッズのさらなる展望を語る。


「それじゃあ、私はグッズ開発室の方へ行ってきますね」


 社長への報告を終えたセリナは魔法少女グッズ開発室に行こうと立ち上がった。


「ほんと、ノリノリだな」


「だって、自分のグッズだよ? テンション上がるに決まってるでしょ?」


「俺はまだちょっと恥ずかしいんだけどなあ」


 俺はいまだにグッズがちょっと恥ずかしいが、セリナは最初からノリノリだった。時々行き過ぎるがセリナの自信の強さが羨ましい。


「私から話したいことはそれぐらいなので結構ですよ。開発班もセリナさんのグッズ作りに精力的なようですし」


「はい。行ってきます」


 マリー社長の許可をもらったセリナは、一人開発室へと向かう。そんなセリナの背を俺は複雑な感情で見送った。


「あなたは行きませんの? 開発班はあなたのグッズもまだまだ作る気のようでしたわよ?」


 内心を見透かしたようなタイミングでマリー社長は声をかけてきた。流石は百戦錬磨の商人。俺のような若造ではまだまだ敵いそうにない。


「……社長。少しだけ話を聞いてくれませんか?」


「分かりました。二人だけで話をしましょう」


 俺の言葉にマリー社長は秘書に目で合図を送る。すると秘書は静かに応接室から退室した。


『我も席を外そう』


 秘書に続いて空気を読んだバフォも応接室を後にした。


「では改めて。どうしました?」


 二人きりになった応接室。マリー社長はうまく切り出せない俺の言葉を促した。


「……セリナが魔法少女になったじゃないですか。二人揃ってA級に上がれて最初は嬉しかった。でも……二人とも魔法少女になった分、俺とあいつとの差が元に戻ってしまって。俺はいらないんじゃないかって、また思えてきて……」


 誰にも話せなかった本音が口からこぼれる。スタンピード以降もいくつか魔物討伐の依頼を受けたが、俺が魔物を斬るよりもセリナが魔法で倒す方が早かった。一言でいえば魔法少女になる前の俺たちに戻ってしまったのだ。


「俺が強くなったのも魔法少女っていう貰い物の力のおかげ。それなのに力に自惚れてこの始末。情けなくて情けなくて……」


 決壊した堰のように本音があふれ出す。そんな支離滅裂な戯言を、マリー社長は否定も肯定もせず、ただ聞いてくれた。


「少しは楽になりましたか?」


「……はい。肩の力が少し、抜けた気がします」


 心の内を吐き出した俺は、少しだけすっきりした。

 

「こんな俺のグッズが発売されていいんでしょうか? こんな俺がA級冒険者でいいんでしょうか?」


「完璧な人間などそうそういませんわ」


 再び愚痴を溢しそうになったが、それはマリー社長の言葉で遮られた。


「確かにセリナさんは何事にも物怖じせず、才能もお有りで情けなさや嫉妬を感じるのも分かります。ですが彼女は彼女、あなたはあなた。それぞれ良いところ悪いところがありますわ」


 そのままマリー社長は矢継ぎ早に言葉を続ける。


「俺の、いいところ?」


 マリー社長の言葉に俺は自分の長所を思い浮かべたがこれといったものは浮かばなかった。その答えを求めて俺は社長に視線を向ける。


「あなたの良いところは片手で足りません。ですが、それをあなたは否定してしまうでしょう」


「……」


 マリー社長の言葉に俺は言葉を詰まらせる。だがマリー社長のいう通り、今の俺では何を言われても素直に受け入れることができない気がした。


「ですから、私にはこれ以上のことは言えません。自分の良いところ、強みを自分で見つけるしかありません」


「……」


 マリー社長の言い分は至極まっとうだった。しかし、それが困難であるかを俺はよく知っていた。


「私も何かあった時は一人、街を散策したり、だらけたりします。ひとまず気分転換をしてはいかがでしょうか?」


「……ありがとうございます」


 俺は改めてマリー社長に頭を下げた。


「いえいえ、せっかくの金の卵を産む鶏を手放したくないだけですわ」


 マリー社長の言葉は、いかにも現金な商人そのものだった。だが、その声色にはそれ以上のものが混じっていた。


「それでは、失礼します」


 もう一度頭を下げ、俺は応接室を後にした。



 ◇◇◇◇



「さて、どうするか」


 セリナとバフォに外に出ると伝えた俺は、変身を解除しブルーローズ商会を出た。急なことだったので特に予定はない。思い返すと何の理由もなく一人で出かけるなんていつぶりだろうか。


「とりあえず歩くか」


 じっとしていても仕方ないので、俺は適当に歩き始めた。


「……スカートで歩くのにも随分慣れたよなあ」


 ガラスに映った自分を見て感傷に浸る。最初はぎこちなかったスカートでの歩行にもすっかり慣れた。今の俺にとって魔法少女服は正装のようなもの。それで歩くのも苦にならない……こともない。慣れたには慣れたがまだ恥じらいはある。


 美容関係も、セリナの指導と毎日の繰り返しのおかげで今ではすっかり板についてきた。人間の適応力ってものは素晴らしい。


「周りも慣れたのかな」


 魔法少女になった当初、ピンク髪の俺は周囲から奇異の目で見られていた。だが今では、そんな視線を感じることも少ない。それに加えて変身していないせいか積極的に声をかけてくる人間もおらず、意外と普通だった。


 そのまま俺は街中をあてもなく歩き、適当に買い食いなどを楽しんでいた。


「あっ、ブロッサムだ!」


「え!? 本当だ! 本物だ!」


「ブロッサム~!」


 そんな中、三人の少女が俺に駆け寄ってきた。まあ、見た目でいえば俺も彼女たちとそう変わらないのだが。


「この間のショー、すごかったよ~!」


「このブロッサムワッペン。ママに買ってもらったの!」


「変身して~! お願~い!」


「まあまあ、落ち着いて。変身するから」


 ファンらしい少女たちに俺は思わず気圧される。変身前の俺に気づくとはなかなか鋭い。


「――変身!」


「すごーい!」


「キラキラしてる~!」


「触ってもいい?」


「いいよ」


 変身した俺を見て、目を輝かせる少女たち。俺が許可を出すと三人は魔法少女衣装に手を伸ばした。


「……サラサラ~!」


「こうなってるんだ~」


「グッズのと一緒だ!」


 憧れの魔法少女衣装に触れ、無邪気に感想を口にする少女たち。その笑顔はとても眩しかった。


「……三人とも、俺のこと好きかな?」


「「「うん、大好き!」」」


「そっか。ありがとう」


 俺がそう尋ねると、少女たちは元気よく答えた。その言葉に思わず笑顔になる。


 こんなにも応援してくれるファンがいる。その実感で心が少し軽くなった気がした。


「あっ、そうだ! ブロッサム、ちょっと一緒に来てもらっていい?」


「……いいけど、どこへ?」


 突然、少女の一人が俺の手を取る。


「もう一人。ブロッサムが好きな子がいるの!」


「分かった」 


「それじゃあついてきて」


 俺が頷くと少女は元気よく駆け出す。俺もその後を追った。


「ここ?」


「アイちゃ~ん、いる~?」


 少女に連れられて俺は一軒の民家の前に辿り着く。そして少女は「アイちゃん」と呼ばれる友達の名を呼んだ。すると民家からドタドタと音がして、一人の少女が飛び出してきた。


「いるよ……ブロッサム・ルミナ!!」


 勢いよく出てきた少女――アイちゃんは俺の姿を見て大きな声を上げた。


「ちょっと待ってて! パパー!」


 我に返ったアイちゃんは一転、民家の中へと引き返した。そして数分後、父親を連れて戻ってきた。


「あ、あなたは……」


「やあ、ブロッサム・ルミナ……って呼んだ方がいいのかな。この間はありがとう。本当に助かったよ」


 父親はスタンピードの時に助けた衛兵の一人だった。彼がアイちゃんの父親だったらしい。


「いえ、自分は当然のことをしただけです」


「そんなに謙遜しないでくれ。あの時、君が来なかったら私は今ここにいなかった。君は命の恩人だよ」


「……ありがとうございます」


 アイちゃん父の真っ直ぐな言葉に、俺は言葉を詰まらせながらも、静かに頭を下げた。


「ブロッサム、これ上げる!」


 話が終わるのを見計らってアイちゃんが何かを取り出す。それは一輪の花だった。


「これね。私の大好きな花で、ブロッサムにぴったりだと思ったの!」


「……俺に、ぴったり」


 アイちゃんの言葉に俺は花をじっと見る。五枚のピンクの花は確かに全身ピンクのブロッサム・ルミナのイメージにぴったりだった。


「……ありがとう」


 俺はアイちゃんから花を受け取り、心からの礼を言った。


「君たちもありがとう。こんなに好かれているなんて知らなかったよ」


 俺はここに連れてきた少女たちにも、改めて感謝の言葉を告げた。俺のことを好いてくれる彼女たちの存在がとても嬉しく、自信にもつながった。



 ◇◇◇◇



「それじゃあこれで。またショーは定期的にやる予定だからまた来てくれると嬉しいよ」


「うん、楽しみにしてるね!」


「私も、私も!」


 しばらく会話を続けたあと、俺はアイちゃんたちと別れた。彼女たちとの出会いで、少し気持ちが軽くなった気がした。


『少しは気が晴れたか?』


「バフォ?」


 突然のバフォの声に辺りを見渡したが、バフォの姿は見当たらなかった。


『拠点からの遠隔通信だ。急で悪いがこのまま転送するぞ』


「ちょっと待っ――」


 突然のバフォからの呼び出し。俺はそれを待ったをかけたが、即座に転送されてしまった。


「……っと」


「おかえり~」


 中途半端な姿勢で借家に転送された俺は、危うくバランスを崩しかけた。転送は高度な魔法技術だがバフォが常識外なのは今更驚いていられない。


「急になんだよ」


『急用でな。この最近の魔物の異常行動についてだ』


 バフォの言葉に俺とセリナの表情が引き締まる。アースドレイク、サラマンダー、そしてスタンピード――異常な出現だった魔物たち。特に巨竜が何の前兆もなく現れていたことはずっと引っかかっていた。


「……続けてくれ」


『単刀直入に言おう。その裏には暗躍しているものがいる。そしてそれは……』


 バフォの言葉を遮るように、外から突然の破壊音が響き、地面が大きく揺れた。


「なんだ!?」


「この方向……広場の方かな?」


『くっ、なりふり構わずだな』


 慌てる俺たち。そしてバフォの顔も大きく歪んだ。


「バフォ、何か知っているのか?」


『ああ、だがこちらも余裕がない。我は必ず戻る。ここはお前たちに任せた』


 そう言い残すと、バフォの姿はかき消えた。


「……セリナ、暗躍してたやつっていうのは」


「うん、多分。そう」


 暗躍者の正体を察した俺はセリナに同意を求めると彼女は窓を指差した。


「マジかよ」


 窓から見える街中で暴れる白い化け物たちの姿はバフォの泥魔人に酷似していた。


「……行こう。リオン」


「ああ。……っとその前に」


 魔法少女に変身しようとしたその時、俺はアイちゃんにもらった花のことを思い出す。大事なプレゼントを戦場に持っていくわけにはいかないので、俺はコップを即席の花瓶にすることにした。


「後でちゃんとした花瓶を用意しないとな」


「どうしたのその花?」


 俺が花瓶の用意を始めるとセリナが尋ねてくる。


「ファンの子からもらったんだ」 


「そう、よかったね」


 俺が説明するとセリナはニコリと笑った。


「枯れそうになったら押し花にするから言ってね」


「押し花か。いいな。また頼むよ」


「いいよ、いいよ。私も早くファンが欲しいなあ~」


「お前ならすぐ出来るだろ。……とりあえず、今はこれで」


 俺はセリナと話しながら、即席の花瓶の用意を終えた。


「それじゃあ改めて」


「「――変身!」」


 改めて魔法少女に変身した俺たちは、街の危機を救うため駆け出した。

次回 最終話『魔法少女たちの行く末』

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