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5.これは一緒に食べたうちに入りますか?

 柔らかいものが後頭部に当たっている……。良い匂いもしていて、なんだか心地よかった。

 まどろみの中で身じろぎをする。横向きになると、柔らかくてスベスベしたものの感触がダイレクトに頬に伝わった。


「んっ……こ、これ以上は、ダメ……っ」

「はっ!?」


 なぜか官能的な声が聞こえた気がして、目を覚ましてしまう。

 せっかく良い夢を見られていた気がするのに。勿体なかったと思いつつ、仰向けになって天井を見る。


「あれ?」


 視界の半分以上を何か大きなもので隠されてしまっていた。隠されていないところから見えるのは青空。……青空?


「あの、起きた……?」

「うわぁっ!? ごめんなさいごめんなさいっ!」


 ゴロゴロと転がって緊急離脱。

 一瞬で理解した。僕、女子に膝枕されながら寝てた!

 なぜそんなことに? 急いで記憶を振り返ってみる。

 えっと、確か屋上で昼飯を食べようとして……。そうだ、屋上に出たところで何かが降ってきて、それにぶつかったんだった。

 あれは一体なんだったんだ?


「あの、頭……打ってない?」

「え? ああ、たぶん大丈夫……」


 って、そうだよ。考え込んでいる場合じゃなかった。ここにはなぜか僕を膝枕していた女子がいるんだから。

 びっくりしすぎてバクバクしている心臓に落ち着けと命じながら、彼女に目を向ける。


「おお……」


 同じクラスに松雪綾乃という絶対的美少女がいるのだから、見慣れている自分はけっこう目が肥えているのかと思っていた。

 だけど、そんな僕が感嘆の息をついてしまうくらい、目の前の彼女は美しかった。

 ショートヘアの銀髪がきらめいていて、綺麗な碧眼と相まって幻想的な印象を抱かせる。

 可愛いというよりも、美しいという表現がピッタリの端正な顔立ちをしている。クールビューティーとは彼女のことかと思わせるほどの美貌だ。

 そして何より彼女は大きかった。とにかく大きかった。制服を着崩しているわけでもないのに、胸元が強調されているように見えてしまうくらいには大きかった。

 ……大きいのはあれだからね。胸だけじゃなくて、身体全体が大きいという意味であって。別にそこだけ見ていたわけじゃないんだからね!


「よかった」

「え、よかったの!?」


 それはつまり、胸を見つめていてもいいってことですか!?


「頭、打っていなくてよかった」

「あ、そっちね」


 いや、むしろそっちしかないでしょうが! 何ちょっと残念そうにしてんだよっ。どうやら、僕はまだ寝惚けているらしい。


「もしかして、ずっと僕を介抱してくれていたの?」

「うん、あたしのせいだから」


 銀髪の美少女が立ち上がる。


「おお……」


 身体が大きいとは思っていたけど、彼女は僕が見上げるほど背が高かった。

 おそらく一七〇センチはゆうに超えているだろう。僕の背が低いというのもあるけど、圧迫感がすごい。……僕だって一六〇センチは超えているので、言うほど低くは……ないはず。

 彼女は頭を下げた。大きな身体だからか、勢いを感じる。


「誰もいないと思って、安全確認を怠った……ごめんなさい」

「い、いや……僕も急に出たからお互い様だよ」


 僕もぺこぺこと頭を下げる。謝られると恐縮してしまうのは性格なのかもしれない。

 そっか。僕は彼女に押し潰されたのか。

 あの時、何か黒いものが見えた気がしたんだけど……。彼女に黒色という要素は見当たらない。一体あれはなんだったんだろう?


「あ」


 今一度記憶を振り返ろうとしていると、腹の虫が鳴った。それはもう大きな音だった。


「……」


 クールビューティーな彼女に見つめられる。……恥ずかしい。


「お昼休み、もうあまり時間がないかも」

「え、やばっ」


 意識を失っている間に、昼休みの大半の時間を消費してしまっていたようだ。さすがに飯抜きで午後の授業を受けるのは、男子高校生にとって無謀すぎる。


「はい、これ」


 銀髪美少女が差し出してくれたのは、僕が購買で買ったパンだった。どうやら汚れないように持っていてくれていたらしい。


「あ、ありがとう。じゃあ僕は昼飯食べるから。介抱してくれて本当にありがとうね」

「うん」


 適当にフェンス近くに腰を下ろして、パンを食べることにした。

 景色でも眺めながらゆっくりと食事する。その予定だったけど、それはまた今度だな。


「……」

「……」


 ……なぜか、銀髪美少女が僕の隣に座っていた。

 あれ、いつの間に? 食べることに集中していたせいか全然気づかなかったぞ。

 てっきりあれで別れたものだと思っていたんだけど。何か用があるのかと、横目で彼女をうかがう。


「はむ……」


 彼女も僕と同じく、購買で買ったであろうパンを食べていた。

 そ、そうかっ! 彼女は僕のことを介抱してくれていたから、自分も食事していなかったんだ。

 どうしよう、ものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいだ。昼休みの残り時間も少ないし、今話しかけても迷惑だろう。


「……」

「……」


 黙々とパンを食べる男女。

 意識するのも悪い気がして。僕はパンを食べることだけに集中した。

 そういえば、彼女の名前を知らない。

 自己紹介をするべきか? いいや、今は時間がないし……。まだその時じゃないだろう。


「……」

「……」


 予鈴のチャイムが鳴り響く。僕たちは同時に立ち上がった。


「……」

「……」


 僕たちはパンを詰め込んだ口をもごもごさせながら、小さく頭を下げて別れたのであった。


「なんか、とても失礼なことをしてしまった気がする……」


 教室に戻る道中、僕は銀髪美少女とのやり取りを振り返りながら後悔に苦しめられるのであった。



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