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12.たとえ歴史に残る悪女だったとしても

「私に興味ない……ですか?」


 松雪さんはパチパチと瞬きをする。それだけのことでまつ毛長いなぁだとか、目が大きくてくりくりしてるなぁだとか、そんな感想が漏れそうになる。


「うん。松雪さんの交友関係とか恋愛関係とか経験人数とか。僕には関係ないからね。好きにすればいいと思うよ」


 とても可愛い女子だとは思うけれど、松雪さんとどうこうなろうと考えていない僕にとってはどうでもいいことだ。

 黒髪ロングの清楚系美少女の裏の顔が、実はビッチだったとしても構わない。……そういう情報が本当なら男子特有の妄想が捗るかもしれないけども。


「私はその、そういうことは未経験なのですけれど……」

「うん、それは別に白状しなくてもよかったよ」


 恥ずかしそうに顔を赤くするんじゃありません。うっかり可愛いと思ってしまうでしょうが。それはそれで捗っちゃうからねっ。

 かなりの美少女だから、てっきり経験済みなのかと思っていたけれど……。僕もまだ先入観があったらしい。美月のことは言えないな。

 それにしても、こんな初心な反応をしておきながら、本当に男をたぶらかす悪女なのか?


「僕も、クラスの男子が話してるのを聞いたことがあるよ。松雪さんが悪女だって」

「……」

「松雪さん自身もそう言うけれど、僕が見ている範囲で言えば全然悪女っぽくないよね」


 印象として強烈に残っているのは、親に内緒でこっそりお菓子を食べていた彼女の姿。

 わざわざ夜にコンビニに出向き、全身黒一色の男装までしてお菓子を買っていた。そんなところを目撃してしまうと、学校一の美少女だとか、男を騙す悪女だとか、そんな肩書きが全部吹っ飛んでしまうほどのインパクトがあったのだ。

 悪女というよりも、悪ガキの方がしっくりくるかも。


「僕が知ってる松雪さんは、嬉しそうにお菓子を食べてる子供っぽい女の子かな。それはほんの一面なんだろうけど、あれも本当の松雪さんだと思うから」


 印象だけなら、僕は松雪さんを悪女だと思っていない。

 けれど僕が知らない彼女の顔があるのも事実だろう。真実は一つかもしれないけれど、凡人の僕が簡単に辿り着けるものではないはずだ。


「それでも、私は悪女ですよ。私が傷つけてきた人たちがいるのは本当ですから。だから、比呂くんにも迷惑をかけるかもしれません……」


 松雪さんは視線を落としながら、絞り出すように言った。

 深く後悔している。そんな顔。

 そういう表情に見覚えがあった。主に家の鏡でよく見ている。


「松雪さんが失敗して、自分を責めているのは伝わってきた。けど、やっぱり僕には関係ないよ」

「え?」

「だって僕は松雪さんに恋しないから。もし歴史に残る悪女だったとしても、騙されようがない」


 失恋したばかりのズタズタになった心は、きっとすぐには癒えない。

 学校一の美少女と二人きりでいるというのに、僕の胸はときめかない。可愛いとは思っても、ドキドキはしない。それが事実だ。

 男としては落第レベルでダメダメなのだろうけど、松雪さんの友達ではいられそうだ。


「そう、ですか……そうみたい、ですね」


 僕をまじまじと見つめていた松雪さんが、ふっと微笑んだ。


「比呂くんからは、私に対して好意も嫌悪も感じませんから」

「そういうのってわかるの?」

「はい。私の観察力は大したものなのですよ」


 松雪さんは得意げに「えっへん」と胸を張った。そんな子供っぽい仕草が、美人な彼女によく似合っていた。


「……比呂くんは優しいですね」

「そうかな?」

「はい。私に好意を向けている人ほど、私の悪い部分を見つけると敵意を向けてきますからね」


 好きな人が相手だったとしても、簡単に手のひらを返せるものなのか……。


「……」


 そこだけで言えば、僕も同じなのかもしれないけれど。

 美月に彼氏ができてから、以前と同じように接することができない。

 それどころかせっかく美月が心配してくれたのに、その手を振り払った。

 松雪さんを信じていたから? いいや、そうじゃないことを、僕自身が一番わかっていた。


「そもそも松雪さんも勘違いさせるような行動するのがよくないんじゃないの?」

「私、いつそんなことをしましたか?」

「今だよ今。知ってる? 僕は一応男子なんだよ。こんなところを見たら誰だって僕が騙されているって思うに決まってるじゃないか」

「そこはデートしていると勘違いされて困る、という場面ではないのですか?」


 残酷だけど、ある程度釣り合っていないと恋人って認められないんだよ。ソースは僕。美月と二人でいると、カップルじゃなくて姉と弟に間違われることが多かったからね!


「松雪さんもこれに懲りたら、男子と二人きりにならないように気をつけて──」

「お待たせしました。ご注文のパンケーキとミルクティーです」


 僕が説教じみたことを言いかけたところで、ウェイトレスさんが注文したものを運んできてくれた。

 ワンテンポ空いたことで、自分の発言の恥ずかしさに気づく。

 僕は同級生相手に何を訳知り顔で説教しようとしていたんだ……。口が回り始めると余計なことを言ってしまう。陰キャの特徴の一つである。


「わぁっ、ありがとうございます千夏(ちなつ)さん」

「綾乃ちゃん、ここに来るのはいいんだけど、あまり面倒ごとは持ち込まないでくれるかしら?」

「ごめんなさい。でも、千夏さんがいるからもし何かあっても大丈夫だと思いまして」


 あれ、松雪さんウェイトレスさんと仲良すぎでは?

 僕の疑問の目に気づいたのだろう。松雪さんがウェイトレスさんを紹介してくれた。


「別のクラスだから見覚えがないですか? 彼女は杉藤(すぎとう)千夏(ちなつ)さんです。私たちと同じ学校の同級生ですよ」

「え」


 色素の薄い赤毛のウェイトレスさん。美少女ではあるけれど、ちょっときつそうな吊り目からは思わず視線を逸らしたくなってしまう。


「そして、千夏さんは私の数少ない自慢の友達ですっ」

「そういうこと堂々と言わないで。……恥ずかしいでしょ」


 ちょっときつそうな印象から、可愛らしい呟きというギャップ。

 杉藤さん。彼女はリアルでは存在しないと思っていたツンデレ美少女だ!

 ツンデレ美少女と黒髪清楚美少女が戯れる光景に、僕は尊さというものを見たのであった。


 ……待てよ。もし僕が松雪さんと二人きりなのをいいことに、何かよからぬことをしていたら、それを監視していた杉藤さんによって社会的に抹殺されていたのではなかろうか?


「比呂くんのおごりで食べるスイーツは最高です♪」


 無邪気にふわふわのパンケーキを食べている松雪さん。

 彼女のしたたかな思惑に気づいた僕は、やっぱり松雪さんって悪女なのではないかと少しだけ疑ってしまうのであった。



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