暖かい缶コーヒー
冬の大阪、冷たい風が頬を刺す。
会社帰り、疲れ果てた俺は家の近くの公園に寄った。
ベンチに腰を下ろし、ぼんやりと吐く白い息を眺める。
手元には、さっき買った暖かい缶コーヒー。
缶越しにじんわりと伝わる温もりが、少しだけ心を和らげた。
「お前、そんなことで落ち込んでんのか?」
今日も上司の声が頭の中で響く。
仕事のミスを責められ、人格を否定するような言葉を浴びせられた。
理不尽な要求、終わらない残業。
もう、限界だった。
この公園は、俺にとって唯一の逃げ場だった。
誰もいない静かな夜に、ただぼんやりと時間を潰す。
そんな時だった。
「ねえ、元気ないね。」
ふと顔を上げると、目の前に一人の女性が立っていた。
白いコートに、優しげな瞳。
知らない人だった。でも、その声は驚くほど温かかった。
彼女は自販機で買ったばかりの缶コーヒーを俺に差し出した。
「飲む?」
戸惑いながらも受け取ると、手のひらにじんわりとした温かさが広がる。
「ありがとう…」
彼女はベンチに座り、俺の話を静かに聞いてくれた。
会社のこと、上司のこと、仕事のプレッシャー。
気づけば、俺は止まらない涙を流していた。
どれくらい泣いたのか。
涙が落ち着くと、彼女は微笑んで言った。
「たまには、こうやって休んでもいいんじゃない?」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
俺は深く息を吸い込む。冷たい空気が肺に染みる。
「ありがとう。助かったよ。」
彼女は「よかった」と笑い、立ち上がった。
「じゃあ、私は行くね。」
そう言って、公園の出口へと歩いて行った。
それから、俺は彼女に会っていない。
名前も、連絡先も、何も知らないままだった。
今も、公園のベンチに座り、缶コーヒーを手に取る。
あの日と同じ、じんわりとした温かさが手のひらに広がる。
「彼女はどうしてるのやら…」
静かな夜、俺はそっと呟いた。
缶のふたを開けると、コーヒーの香ばしい香りが広がる。
ひと口飲むと、優しい甘さが胸に沁みた。
冬の冷たい風の中、俺はただ静かに、缶コーヒーの温もりを感じていた。