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7 呪殺、毒殺、加えてワルツ

 アルニカが宮殿に来て二週間。


「今日は平和っすねー」

「うん。穏やかな日だね」


 その午後。宮殿内の第四庭園にて。

 アルニカ、フィリベルト、コルネリウスは、アフタヌーンティーを楽しんでいた。うち一名、コルネリウスは、フィリベルトの後ろに立ち、護衛代わりの役目を果たしていたが。


「菓子は美味いし」


 アルニカはそう言いながら、フォークにぶっ刺したケーキを口に詰め込み。


「むぐむぐ……んく。紅茶も美味いし」


 紅茶をぐい、と一気に飲み、


「天気はいいし周りは氷と風の魔法で快適にしてあるし。防音と認識阻害と気配察知もかけてあるし。……ただ」

「ただ?」


 紅茶のカップから口を離したフィリベルトが、続きを催促する。


「……うちのご主人が、いつ毒や呪いにやられるかってだけがヒヤヒヤさせられるんだけどな」


 肩を竦めたアルニカの発言に、フィリベルトはフッ、と微笑む。


「君はもう、一週間も周りのものを浄化し続けてくれたからね。今日はそれはお休みだ、と言っただろう?」

「へいへい」


 アルニカはテーブルに頬杖をつき、気のない声で返事をする。

 フィリベルトは、そしてフィリベルトの周囲の人間には、常に暗殺の危険がつきまとう。

 なので、アルニカが執務室で書類作業をしたあの日、アルニカはその死の危険からフィリベルトたちを遠ざけようと、持ってこられた菓子含め部屋全体に浄化の魔法をかけた。ら、フィリベルトに困った笑顔を返されてしまった。


『気遣ってくれて有り難いのだけど、アル。私はね、定期的に毒殺や呪殺をされかけなければならないんだよ』


 曰く、そうすることで第一皇子の警備は緩いのだと見せつけることが出来、勢力図は揺らぎ、いつ死ぬともわからない第一皇子からは人が離れていき、貴族たちから見放されていくフィリベルトは、世継ぎの道から遠ざかる。というようなことを遠回しに説明された。

 それを聞いた時、アルニカは少し複雑な気分になった。


(まあ、理由は納得できなくはないけど)


 命を粗末にするのは嫌いだ。それがアルニカの率直な思いだった。

 そしてアルニカは既に一度、フィリベルトが命を粗末にするところを目にしている。

 一週間と一日前。ある貴族の夜会に招待されていたフィリベルトは、側近としてコルネリウスを、専属魔法使いとしてアルニカを連れて、その夜会に参加した。

 自分に近付いてくる全ての女性に甘い顔と声を向けて頬を染めさせ、かつ、彼女たちの間に不和を起こさないよう立ち回るフィリベルトを見て、「わあ、さすが女誑し」と、そんな感想がアルニカの口から出かかった。

 そして、何人もの女性とダンスをし終え、休憩していた時。カクテルを飲んだフィリベルトが、血を吐いて、倒れた。カクテルに毒が仕込まれていたらしい。

 反射的に浄化と解毒、治癒と回復をかけようとしたアルニカを止めたのは、コルネリウスだった。


『ルター兄ちゃん!』


 アルニカの抗議の声に、コルネリウスは強い視線だけでそれを制し、どこまでも静かに、冷静に、衛兵と医師を呼ぶように指示を出す。それは手慣れたものだった。これが生活の一部なのだと、アルニカはまざまざと見せつけられた。

 幸いと言うべきなのか、毒は弱いもので、フィリベルトが皇族として常日頃から毒慣れの訓練をさせられていたこともあり、命に別状はなかった。だが、フィリベルトの内臓は傷つき、今もまだ、全回復には至っていない。

 その上フィリベルトは、犯人捜査を中途半端な形で打ち切ってしまった。これも、第一皇子には能力も度胸も人を纏める力もないということを周囲に示すためだと、アルニカは理解出来た。出来てしまった。


『こんなことはよくあることさ。気にしないでくれ』


 ベッドに横になりながら言うフィリベルトの言葉を、アルニカは顔を歪めて聞いていた。


(そんなことがつい最近あってよくもまあ)


 これだけ堂々と茶を飲めるもんだ。と、アルニカは目の前の雇用主を眺めながら思う。


「何か、私の顔に付いているかい?」


 マカロンに手を伸ばすフィリベルトの問いかけに、「いいええ?」とアルニカは返答する。


「……うん。君は頭は回るが、人が良いところが欠点だね」

「それ、普通、良いところなんだけど?」

「ここでは、常識的にものを考えていると、すぐに命を落とす。空中に張られた細い綱を慎重に渡るように、常に周りに目を配っていなければならない。……分かるね?」

「へいへい」


 フィリベルトはマカロンを口に運び、綺麗な仕草で食べ終え、紅茶で喉を潤すと、


「ああ、それと」


 アルニカに美しい笑顔を向け、


「君、ワルツは出来るかい?」

「ワルツ? 村の収穫祭やらでダンスを踊ったことはあるけど、流石に正式なダンスはやったことも見たこともねぇよ? で、それが何?」

「そう。なら、練習しないとね」

「……俺を何に駆り出す気?」

「おや、想像がつかないかい?」

「つくけど、つかせたくない」

「なら、話は早い」


 フィリベルトは笑顔のまま、


「半月後の仮面舞踏会、君を私のパートナーにしたいんだよ」

「うへぇ。めんどくせ」


 それを聞いたアルニカは、盛大に顔をしかめさせた。


「私の誘いにそんな反応を返すのは、君くらいだよ。けど、断らないんだね?」

「そりゃ、ご主人サマのご命令だし? それに、俺を選ぶ理由も想像つく」

「へえ、どんな?」

「仮面舞踏会に連れてくパートナーが底をついたんだろ? 表向き身分を隠し、ただ個々としての交流を楽しむのが仮面舞踏会の醍醐味とされる。けど、本当は身分どころか誰が誰だかみんなには筒抜けだし、会場は裏取引の場に使われる。一夜限りの関係を求めてやってくる奴も大勢いる。そんなところに連れていける女の人なんて限られてくる」


 アルニカは、自分で注いだ紅茶をぐい、と煽ると、


「胆力と、誘惑に負けない自制心、何があろうと殿下の味方でいるという心の持ちよう、そして危険に足を踏み入れる覚悟。そういうものを持ってる人を選ばなくちゃいけない。その上それを一人に限定は出来ない。いつも同じ人間を連れてくと、その人が身バレするから。っていう諸々の事情で、俺にその席が回ってきた。面倒くせぇことこの上ないね」


 べえ、と舌を出すアルニカを静かに見つめていたフィリベルトの口が動く。


「君の、そういう知識、どこから得るんだい?」

「じーちゃんから」


 さらりと言われたアルニカの答えに、


「へえ。ベンディゲイドブラン殿から、か」


 フィリベルトは笑みを深めた。


「ああ、それと。もう一つあるか」

「うん?」


 空を見ながらのアルニカの言葉に、フィリベルトは続きを促す。


「殿下の体を本気で狙ってない女性。も、条件の一つだろ」


 その言葉に、フィリベルトは目を細めた。


「……その理由は?」

「殿下が女を抱きたいと思ってないから。……だと、誤解を受けるか。間違いがあって子供が出来たら余計面倒なことになるから」


 アルニカの言葉に、フィリベルトは微笑む。


「それだと、私が自分のことしか考えてないクズのようだね?」

「そのクズでいようとしてるんだろ? 第一皇子サマに子供なんて出来たら、今の勢力図が余計こんがらがる。子供を授かったその人の人生もめちゃくちゃになる。殿下はそんな未来を訪れさせないように、女誑しとしての自分を見せつけながらも、女性と関係を結ばない。ってか、一度もそういう経験ないんだろ。ホントのところ」


 どこか呆れているような物言いのアルニカに、フィリベルトは笑みを返し、


「じゃあ、これも伝えておこう。君を選んだ最大の理由は──」




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