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魔法使いに育てられた少女、男装して第一皇子専属魔法使いとなる。  作者: 山法師


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過去話2 アルニカを引き受けたベンディゲイドブラン

「アールニカー! アルニカよーい!」


 ベンディゲイドブランは窓から畑へ──そこで作業をしている、長い真紅の髪を一つに結わえた少女、アルニカへ声をかけた。


「はーい! なにー?」


 アルニカは作業の手を止め、ベンディゲイドブランが顔を出した窓へ顔を向ける。


「クッキーが焼けたぞ、アルニカ。ちょいと休憩にしよう」

「クッキー! 食べる!」


 アルニカは顔を輝かせ、いそいそと片付けを始めた。

 今年で十五歳になったアルニカを眺めながら、ベンディゲイドブランは、よくここまで育ってくれたと思う。

 子か孫のように思うアルニカと、ベンディゲイドブランは、血の繋がりがない。

 けれど、アルニカはベンディゲイドブランを『じーちゃん』と呼び、家族として慕ってくれている。

 家族という存在から離れて千年以上のベンディゲイドブランには、アルニカは自分の命よりも大切な存在だった。


 ◆


 大昔の滅びた国。その第二王子だったベンディゲイドブランは、兄である第一王子の暗殺未遂の容疑をかけられ、罰として呪いを身に受けて放逐された。

 ベンディゲイドブランは各地を当て所もなく、彷徨うように旅をして、それが千年を超えて続いた、ある日のこと。

 ふらりと訪れた山奥の泉で、久方ぶりに精霊と出会った。


「あら、はじめまして。この辺じゃ見ない顔ね?」


 泉の水と同様に透明で、人のような姿を象っている、その泉の精霊に、ベンディゲイドブランは軽く答える。


「はじめましてじゃな、精霊殿。お主が言うように、儂はこの地の者ではない。儂は暇つぶしに、世界を旅しておるのでな。この身に受けた呪い、精霊であるお前さんには読み取れるじゃろう?」

「そうね。面倒くさい呪いね。この辺まで来る人間って珍しいから、声をかけちゃったの」


 泉の精霊はシャラシャラと笑い、


「あなたくらい力を持っている人なら、それに、訳ありっぽそうだし。契約の基準を満たしているかしら」

「契約?」


 何か目的があって、自分の前に姿を現したのかと、ベンディゲイドブランは首をひねる。

 それを見た精霊は、またシャラシャラと笑いながら、


「そう。むかぁしむかしの契約。聞いてみるだけ聞いてみてちょうだいよ」


 そう言って、話し始めた。

 グロサルト皇国がこの地に国として成り立つ、それより何千年も前。別の国がこの地にあった時代。

 そして、その国が他国に攻め込まれ、滅びそうになっていた時の話だ。


『この子を護って下さいませんか! 精霊様!』

『どうかお願いいたします!』


 一組の夫婦が、赤子を連れてやって来て、泉の精霊にそんなことを言った。


『急になぁに? この子って、その赤ん坊?』


 精霊の問いかけに、


『その通りでございます! わたくしたちの一人娘でございます!』


 母親が答え、


『この地の人間はもう、皆殺しにされてしまう運命です! 逃げても捕まって殺される! 精霊様にこの子を、保護して隠していただきたいのです!』


 父親も、それに続いた。


『それ、こっちになんの得があるの? 赤ん坊の世話をするなんて、面倒にしか思えないんだけど』

『世話ではございません! 封印して隠していただきたいのです!』


 母親が言い、


『この地に平和が戻り、この子が無事に暮らせる時が来たら! 育てるに値する相応しい人物に出会えたら! その方にこの子を預けてやって下さいませんか!』


 父親が言い終わると、二人は眠っている──魔法によって眠らされている赤子を、泉の縁に寝かせ、精霊に(こうべ)を垂れた。


『勝手で我が儘な願いであると、承知しております。どのような代償でも差し出します。命を捧げよと仰るなら、その通りにいたします』


 父親が、泣きそうな声で言い、


『どうか、お願いいたします、精霊様……! お慈悲を……!』


 母親は完全に泣きながら、そう言った。

 この夫婦が、どこの誰かということにも特に興味の無かった精霊だった。だが、生まれたばかりの死にかけの命を、封印までして、自分たちの命を差し出してまで守ろうとする精神構造に、人間という生き物は奥が深いと思ってしまい、


『分かったわ。面白そうだから乗ってあげる。契約を結びましょうか』


 そして精霊と夫婦は契約を交わし、精霊が泉の底に赤子を封印すると、


『じゃあ、代償を貰うわ。あなたたちが命を差し出してまで守ろうとした、その子との思い出を貰うわね』


 精霊の言葉に夫婦がつばを飲んだ時には、もう、夫婦から赤子の記憶は消えていた。

 そうして、夫婦は不思議な顔をしてお互いを見て、精霊を見上げ、


『精霊様……?』

『あの、わたくしたちは、……何かを……?』


 戸惑う夫婦を見て、精霊は笑いそうになって、


『ああ……何か、大切なことをして下さったんですね。精霊様』


 何かに気付いたような父親の言葉に、目を見開き、


『そう、そうだわ。わたくし、今、とても安心しているもの。精霊様、わたくしたちに何かをして下さったんですね、ありがとうございます』


 ほぅ、と胸に手を当て、本当に安心したと言いたげな顔をしての母親の言葉に、唖然とした。


『……あなたたち、』


 記憶を消したのに、どうして。

 精霊がそれを口にする前に、遠くから、見つけたぞ! と、声がして、幾本もの矢が飛んできて、夫婦に刺さる。

 夫婦は短い悲鳴を上げ、倒れこみ、絶命した。


『……』


 泉の精霊は少しの間、死んだ夫婦を眺め、泉に身を溶け込ませる。そのまま、辺りの様子を窺うことにした。

 そう経たず、矢を放ったらしい人間たちがやって来て、夫婦が死んでいることを確認すると、彼らの髪を切り取り、赤ん坊はどこだと言いながら、去っていった。


 ◆


「そういう訳があって、赤ん坊の養い手を待ってたのよ。あなた、ちょうど良いと思わない?」


 精霊の話を神妙に聞いていたベンディゲイドブランは、夫婦を思い、赤子を思い、口を開いた。


「儂は、相応しくないだろう。子育ての経験も無いし、呪いもあることだしな。赤子には悪いが、他をあたってくれまいか」

「そう言わずに。誰だって最初は未経験よ?」


 精霊は言いながら、封印していた赤子を浮かび上がらせ、


「どう? この子よ。結構、可愛げがあると思わない?」


 ベンディゲイドブランの目の前に、浮かばせた。


「……この子は……」


 ベンディゲイドブランは、赤子を見て、目を見張る。

 赤毛の赤ん坊は、すやすやと寝ていたが、身のうちに秘める魔力の多さは、自分さえ超えるだろうと思われた。


「……この子も、訳ありということか」


 慣れないながらも気を遣って赤子を抱き上げたベンディゲイドブランは、呟くように言うと、


「精霊殿。この子の名前はなんと?」

「さあ? 言われなかったし聞かなかったし。名付けてもいないわ。あなたが名前を付けてあげたら? 育てる気になったんでしょう?」


 精霊の言葉に、ベンディゲイドブランは「そうだの」と短く答え、


「……アルニカ、は、どうだろうの。高原に咲く花だ。昔から馴染み深い薬草だしの」


 自国の山にも生えていたそれを思い浮かべながら、ベンディゲイドブランは赤子の顔を見る。


「良いんじゃない? その子は今からアルニカちゃんね。暇があったら時々顔を見せに来てちょうだいよ。少しは情が湧いてるから」

「あい分かった」


 ベンディゲイドブランは頷くと、さて、赤子を連れての旅は難しい。暫しこの地に根を下ろすかと、考えを巡らせ始めた。


 ◆


「ラズベリーのクッキーだ!」


 食卓に置いた大皿に盛り付けてあるそれを見て、アルニカは歓喜の声を上げた。


「その通り。この前、摘んだであろ? ほれ、紅茶も用意してある。ゆっくり味わおう、アルニカ」

「はーい!」


 アルニカは席につくと、早速とばかりにクッキーに手を伸ばす。


「あちっ!」

「おお、すまんすまん。焼き立てだからの。気を付けて食べなさい」


 ベンディゲイドブランの言葉に、アルニカは一瞬考え込む顔をして、


「これなら食べれると思う」


 手に魔力を纏わせて、熱を遮断する方法を取った。


「さて、どうかの」


 ベンディゲイドブランは、その姿を微笑ましく思いながら、ひょいと一枚食べる。


「あっ、ずるい!」

「うむ、美味い」

「むぅ……!」


 アルニカもクッキーを一枚取り、口に入れ、


「あちっ! あふっ!」


 まだ粗熱も取れていないクッキーを、口内で冷ましながら、美味しそうに食べていく。

 ベンディゲイドブランは、それを眺めながら、思う。

 アルニカに、幸せになって欲しいと。

 どのような形でも良いから、幸せを得て欲しいと。

 自分はお前に充分幸せを貰ったから。

 そんなアルニカが次の年に、グロサルト皇国の第一皇子の専属魔法使いとして雇われることや、彼らのために自分に土下座して一生のお願いを口にすることなど、ベンディゲイドブランはまだ知らない。

 アルニカも当然、知らない。

 



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