過去話1 フィリベルトとコルネリウス
グロサルト皇国の王侯貴族の子女は、基本、十歳になったら各地の学院に入り、そこから最短五年をかけて、卒業していくのが通例である。
それは、皇国の第一皇子である、フィリベルト・グロサルトも例外ではない。皇位継承権第一位という立場の彼は、皇都ウィンダバリスにある、代々皇族が通ってきた国立貴族学院に、十歳になる年の春に入学した。
(……周りは、馬鹿ばかりなのかな)
入学して一週間も経つ頃には、フィリベルトは自分のもとに集まってくる貴族の子女たちへ、内心辟易とした感情を向けるようになっていた。
誰も彼も、甘い汁を吸うために、自分とお近づきになろうとしてくる。
その自分が、どんな人間かも見極められずに。
(これじゃあ、駒探しは難航しそうだな)
異母妹や異母弟の、そして義母の命を、早く危険から遠ざけたい。けれど、慎重に動かなければ、計画はおじゃんだ。
まだ、才能に陰りを見せる頃合いでもない。
フィリベルトは笑顔の仮面を被ったまま、学院生活を送った。
そうして、有意義な学院生活を送って二ヶ月ほど。
フィリベルトは、どうだろうかという目星を付けた数人を観察し、その中の一人と接触を試みようとしていた。
その人物、彼の名前は、コルネリウス・ルター。
ルター侯爵家の三男であり、輝かしい将来を約束されている筈の彼は、いつも影を背負っていた。
フィリベルトと同い年の彼は、フィリベルトには及ばずとも、座学の成績も、運動神経も良く、それらだけをみれば評価の高い人物だ。だというのに、当の本人は、周りの輪に入ろうとせず、いつも独りで居て、講義の時間以外は何処かへと姿を晦ます。
その、何処か、の場所を突き止めて、何をしているかも把握したフィリベルトは、上手く調教すれば、駒として使えるのではないかと思っていた。
「──ねえ、君」
フィリベルトに声をかけられたコルネリウスは、ビクリと肩を跳ねさせ、鞄にそれらを慌てて仕舞うと、自分に声をかけた人物──フィリベルトへと顔を向けた。
「こんな所で何をしているの?」
不思議そうな顔をするフィリベルトを見て、コルネリウスは詰めていた息を細く吐く。
分かり易い反応をするなと思いながら、フィリベルトは彼の観察を続ける。
「いえ、少し息抜きをしていました。独りになるのが好きなのです」
コルネリウスはそう言うと、フィリベルトへ最敬礼をしてくる。
「やだなぁ、頭を上げてよ。ここでの私は、第一皇子ではあるけれど、君と同じ、この春学院に入ったばかりの第一学年の学院生だよ。コルネリウス君」
頭を上げて、という言葉に従ったコルネリウスは、フィリベルトが自分の存在を認識していることに驚きそうになり、なんとか押し留めた。
「……いえ。僕などまだまだです。殿下の足元にも及びません」
低姿勢を崩さず、合わせて警戒心も解かない。
育て方によっては、本当に良い人材になりそうだ。
そう思ったフィリベルトは、ある提案を、軽く口にする。
「コルネリウス君。私と友達にならないかい?」
コルネリウスはそれに目を瞬き、受け入れる姿勢を見せる。
フィリベルトは苦笑しながら、
「そうではなくてね、コルネリウス君。本当の友達になりたいんだよ。立場の関係ない、友人というものを得たくてね」
フィリベルトの言葉を受け、コルネリウスは今度は、
「そのような大役、自分には務まりません」
と、拒否の姿勢を見せてくる。
「そういう君だからこそ、興味が湧いたんだよ、コルネリウス君」
フィリベルトの言葉に、どういうことかと警戒心を強めたコルネリウスは、その真意を探ろうと緋色の瞳の奥を見定めようとする。
フィリベルトは、そんなコルネリウスを見て、
「……本当のことを言うね、コルネリウス君。何をしているの、と声をかけたけど、君がこの、旧校舎跡で勉強らしいことをしているのを、僕は知っていたんだ」
フィリベルトの言葉に、コルネリウスは身を硬くする。
「しかも君はそれを、隠そうとしているらしいと知って、君の秘密を暴きたくなったから、最初、嘘をついてしまった。ごめんね」
悲しそうな顔で謝罪してくるフィリベルトに、コルネリウスは慌てて、
「いえ! 殿下が謝ることではありません!」
そう言ったあと、
「……逆に、お気遣いいただきありがとうございます。このような僕に、目をかけていただいたことにも感謝いたします。ですが、僕は、殿下の友人に相応しい人間ではありません」
寂しそうに、悔しそうに言うコルネリウスに、
「その気持ちは、兄君たちへの劣等感のようなものから、生まれているのかな」
フィリベルトは、だろうなと確信しているそれを、口にする。
それを聞いて、また、身を硬くしたコルネリウスに、フィリベルトは優しく語りかけるように言葉を紡いだ。
「コルネリウス君。君の兄君たちが立派なのは事実だと、それは私も思うけれど、君もとても優秀に見えるんだよ。劣等感なんて、持たなくて良いんじゃないかな。ここで独りで勉強するんじゃなくて、私と一緒に勉強したりするほうが、色々と捗るとも思うよ?」
コルネリウスは、呆気に取られた顔になり、
「君は優秀で、才能があると、僕は思ってる。そして、心根がまっすぐらしいということも。コルネリウス君。もう少し、胸を張って生きても良いんじゃないかな」
それを聞いたコルネリウスの目に、涙が浮かぶ。
「いいえ! いいえ! そんな勿体ないお言葉……!」
泣きそうになるのを堪え、また、最敬礼したコルネリウスに、
「……なら、コルネリウス君。時々、私もここで、君と一緒に勉強しても良いかな?」
フィリベルトは優しく問いかける。
「友人というのは信頼関係が大事だというし、やっぱり、そんな君に興味があるよ。邪魔にならないようにするから。どうかな? 来てもいい?」
自分を、認めてくれるかも知れない存在に、その、心に沁みる言葉と声に。
最敬礼で俯いていたまま、コルネリウスは溢れてくる涙を止められずに、それでもなんとか「かしこまりました」と答えた。
◆
(そんな子供がまあ、良くここまで成長したものだ)
フィリベルトは感慨深くなりながら、コルネリウスが纏めた資料に目を通していた。
「アルニカ、か。ネリ、君はどう思う?」
その名前の少女の資料と、師匠だというベンディゲイドブランという魔法使いの老人の資料から顔を上げ、フィリベルトはコルネリウスに意見を求める。
「殿下の目的を達成するための、最適な材料になるかと思います」
淡々と述べるコルネリウスの、その榛色の瞳の奥に、罪悪感があるのを見て取ったフィリベルトは、
「うん。じゃあ、旅支度を始めなければね」
微笑みながら、そう言った。




