取り巻き令嬢コネットの驚愕と幸せ
あぁ、忙しかった日々が懐かしいですわ……
アンジェ様、とりまきの皆様、お元気でしょうか?
私と皆様の人生を激変させた、あの出来事から、ずいぶん経った気がしますわ……
まさか、アンジェ様が殿下から婚約破棄をされてしまうなんて。未だに信じられませんわ……
それも理由が殿下に他に愛する女性が出来たから。
それなのに、殿下はアンジェ様に対して "王妃の身分まで欲しがるな。公爵家の身分に聖女の身分だけで充分だろう?" などと。全く欲しがっておらず婚約を静かに受け入れていたアンジェ様に見当違いな非難をなさり、聖女の立場を身分でしか見ていない浅はかな発言をなされて。
いくら王太子殿下といえど悪びれない傲慢さに、とりまきの皆様とともに反感を持ちましたわ。
ですが、私たちの抗議など取るに足らぬと言うように婚約破棄は取り消されることもなく――
アンジェ様も殿下に愛想が尽きたようで抗議することもなく受け入れ、隣国の王太子殿下と新たに婚約をなさり行ってしまいましたわ……
アンジェ様が居なくなってしまった後、
とりまいていた私と皆様は取り乱し悲しみ不安に震え。
別れの際にアンジェ様が隣国から連絡くださると言ったのでそれを待とうとなり、それぞれ家に帰って。
その出来事はあまりに短期間に起きて――
私は取り残された気分でいますわ。ポツン、ですわ。
幸せとは、簡単に失ってしまうものなのですね……
私は何もできませんでしたわ。
「コネット!」
ロッシュ様!
こんな私の唯一の希望。
婚約したばかりなのに、アンジェ様の件で打ちひしがれる私を見かねて、ここに連れてきてくださった優しい方。
王都から離れて国境近くの山間部にあるこの地。
ロッシュ様のように優しく心地良い湖畔の草原。
ラグの上に体を横たえていると癒やされてきますわ。
ロッシュ様のためにも絶望ばかりしていられませんわね。
「コネット!」
草原を駆けてくる、ロッシュ様。
「ロッシュ様〜」
精一杯の笑顔で手を振ったけれど。
ロッシュ様に、なぜか笑顔がない。
必死さで歪んでいるような。
物凄い勢いで走ってくるし……
「コネット! 逃げるんだ!」
「え?」
肩を掴まれるままに、ラグから立ち上がったけれど。
突然のことで引っ張られても足がもつれますわ。
「ど、どうしてですの?」
ロッシュ様は答える余裕もないようで。
来たほうを振り返りましたわ。
私もつられて――
怪物がきてる!!
く、蜘蛛! 巨大な巨大な真っ黒い蜘蛛がきてる!
「あ、あれあれ!!」
指さして、わたわたすることしかできませんわ!
「あれは魔物だ! 国を守っていた結界が解けて入ってきたんだ!!」
魔物!!
魔物はアンジェ様の聖なる力のおかげで国に入れないんじゃ――アンジェ様が居なくなったから!
「あ、あぁ」
アンジェ様、お助け……
「コネット、逃げるんだ!」
ロッシュ様!
ホワイトシャツに革のズボンというラフな格好なのに、しっかりと腰のベルトに差していた剣をいつの間にか抜いて――
戦うおつもり!?
慌てているうちに、剣から放たれた魔法の光が魔物のたくさんある足を一本切りましたわ!
「今のうちに逃げるんだ!」
「は、はい!」
私の返事を掻き消す魔物の悲鳴のような絶叫が!
同時に何か飛んできましたわ!
長い長い白い糸の束? 蜘蛛糸!?
私に一直線に向かってくる! どうなるのです!?
知りたくない! でも、もう逃げ切れない!
せめての抵抗に、目を閉じて体を硬直させて。
どれくらい経ったか――
何も起きませんわ?
「コネット! 大丈夫か!?」
そっと目を開けてみると、ロッシュ様が目の前に。
糸は?
「コネット、その光は」
本当、私の体を淡い光が包んでいる。
これは……
「アンジェ様の御加護ですわ!!」
「アンジェ様の……!」
私を守ってくださった!!
私はポツンと取り残されてなかったですわ!
「アンジェ様ぁ〜! ありがとうございます〜っ!」
ロッシュ様の前で恥ずかしいけど、涙と鼻水が止まりませんわ。
「魔物も弱っている! コネット、今のうちに逃げよう!」
力強い腕に引っ張っていただき、なんとか走り出せた――
けれど、魔物は次から次へと出てきて後を追ってきたり行く手を塞いだりしてくる!
その度にロッシュ様が果敢に剣を振るってくださり、アンジェ様の聖なる光の御加護が守ってくださり。
私は生き延びることができていますわ。
けれど、ここはどこでしょうか?
草原の砂利道を歩いていますが。遠くあちこちから人の悲鳴が……
「辺境伯の城へ行こう。そこなら兵士達がいる。安全なはずだ」
「はいっ」
安全な場所。助かりますわ。
なのに、ロッシュ様の表情は険しいですわ……
町に着きましたが、あちこち壊されて、人々は逃げ惑う只中で――
城も同じような状況ですわ……
もっとこう、兵士たちが統率なされているものと思いきや。皆様、散り散りなのか城の周辺にほとんど兵士がいない。魔物が巻き上げたのか、砂埃にけむり不気味な静けさに包まれていますわ。
「辺境伯はどこにいるんだ?」
ロッシュ様が近くの兵士に聞いてくださいました。
「あの人なら魔物が来たと聞いた途端、城の門を閉ざして引きこもってしまったよ。ここは機能してない。自分らの身は自分らで守ってくれ」
えぇ〜!? ですわ。
兵士は諦めたように、どこかに行ってしまいましたわ……
取り残された私たち――
「やはりそうか」
ロッシュ様が怒り? に眉を寄せて、うつむいてしまった。
「やはり?」
「ああ――この国の兵士たちは長い平和な時と聖女様の加護に安心しきって、国を守る使命感を忘れ日頃の鍛錬をおろそかにしてきた」
「そんな……そんなことは」
ロッシュ様はそんなことないのに?
「もちろん、そんな者ばかりではないが……この地の辺境伯はそうらしい」
閉ざされた門が、それを物語っていますわね……
戦わずして逃げたのですね。この地の辺境伯は。
他の兵士たちも?
「あっ! ま、魔物が!」
兵士を探してキョロキョロしたのに、魔物が出てきた!
今度は、巨大な黒いカマキリ!
あぁ、兵士が襲われて悲鳴をあげるばかりですわ。
ロッシュ様が果敢に助けに行かれて――剣で魔物を切り裂き無事兵士を守られましたわ!
剣の威力が増しているような。
凛々しい顔つきで戻ってこられて、
「ここも危ない、行こう」
守るように肩を抱いてくださって。
「足は大丈夫か?」
気づかってくださって。
「大丈夫ですわ」
これ以上、心配はかけられませんわ。
ドレスのようなワンピースにヒールは低いといえど見た目重視の靴で歩くのが大変。ロッシュ様と同じブーツにすればよかった。
まさか、こんなことになるとは思わず……
戸惑いながら、とにかく歩くしかありませんわ。
「このまま、ここに居るのは危ない」
ロッシュ様がそう判断なさり、
「魔物は増える一方のようだ。魔物どもは、この国に恨みを持っているというからな。復讐する気なんだろう……」
遠く王都のほうを見ながら、教えてくださいました。
そのお話。小さい頃、絵本で読みましたわ。
昔、魔物たちを王様と兵士が倒した。そして、二度と魔物が近づかないように国を聖女様の加護で守ってもらうことにしたと。
殿下は絵本を読んでいるでしょうか?
聖女様が居なくなったら、魔物と再び戦い、自分らの身は自分らで守らなければならないですわ。
――殿下のアンジェ様に対する態度を見るに絵本は読んでいないような。子供たちはみんな読んでるという本ですが忘れてしまったのでしょうか。絵本の他にも聖女様に感謝する礼拝や祝日の祭りがあるのに……殿下を見たことはなかったですわね。
なんにしても、
「今頃、殿下は魔物と戦っていらっしゃるでしょうか?」
ロッシュ様は表情を険しくなさっただけ。
「――城や王都の様子を知りたいが、今は安全な場所を探そう。家族のことも心配だろうが、私は君の安全を優先したい」
言い聞かせるように、肩に手をおいて言われました。
「……はい」
お父様、お母様、とりまきの皆様は?
心配で不安で無事を知りたいのに。
ロッシュ様の腕にすがり動けない。
「大丈夫だ。心配ない」
優しい声、安心しますわ。
「ロッシュ様、とてもお強いのですね。とても頼もしいですわ」
「国を守る使命感を忘れず、鍛錬してきてよかったよ」
安堵したように笑っておっしゃった。
それで、のどかな湖畔でもしっかり剣を腰にさげていたのですね。賢明な方。私はしがみついているだけで。何か力になれることがあれば……!
「そうですわ。私、少しは治癒魔法が使えますの」
使命感もなく鍛錬もしてこなかったけど、えい!
両手から光が出てきた。間違いなく治癒の光。
これをロッシュ様の体に当てて――
「怪我や痛いところはありませんか?」
「大丈夫だ。怪我はないが、疲れが消えていくよ。ありがとう」
「よかったですわぁ」
ロッシュ様を癒やすことができて。
自分の足も治癒して再び歩き出した私たちは、隣国から来た救援の馬車に乗せていただくことになり。
国を脱出することに――
馬車に乗り合わせた方々の傷や疲れも癒しつつ。
少しは、アンジェ様を見習えたようですわ……
そうしてどれくらい、馬車に揺られたか。
隣国に入り、国境を守る辺境伯の領地に降り立ち、用意していただいた避難者用のテントに泊まることに。
その間に、私がしたことは避難者の確認に来た兵士に姓名を伝えること――ロッシュ様と同じ姓を名乗りたくてたまらなくなりましたわぁ――と、軽症者の治療。
ロッシュ様は辺境伯に会いに行ったり兵士たちと話したり忙しそうでしたが、日暮れになるとそばにいてくださいました。
テントの前に作った焚き火にあたりながら寄り添って。
星空を見ていると湖畔での続きにさえ感じてきますわ……
「こんなに大変な時なのに。いいえ、こんな時だからでしょうか? ロッシュ様と一緒にいられて幸せですわ……」
「私もだ。これからも、どんな時も一緒にいよう」
「はいっ」
優しく強い腕の中で眠ることができましたわ。
次の日、確認作業をしていた兵士がまた来て、
「城にお連れいたします。馬車にお乗りください」
私とロッシュ様は城に行くことに――
降り立った眼前には、そびえ立つ城。
中から誰か出てきましたわ。
あれは!
「アンジェ様!!」
夢中で駆け寄って、抱きついてしまいましたわ。
「コネット! 無事だったのですね!」
アンジェ様も強く優しく抱きしめ返してくださり、
「心配していましたわ」
涙に濡れた声でそうおっしゃってくださいました。
「私の国を守る力が消えそうになって、こちらに逃げられるようにコネットの屋敷に使いを送りましたが、あなただけいないと聞かされて……」
湖畔にいる間に、そんなことが。
「まさか、避難者のなかにいるとは。兵士が持ってきた名簿に、あなたの名前を見つけたときは驚きましたが嬉しかったですわ」
私の名前を見つけてくださったとは。ロッシュ様の姓を名乗らず我慢してよかったですわ。
「どこにいたの? コネット」
「ロッシュ様と、国境付近の湖畔にいました」
後ろを振り向き紹介すると、アンジェ様とロッシュ様は向かい合い、
「ロッシュ•グラディウスと申します。聖女様」
「グラディウス様。コネット様を守ってくださり、ありがとうございます」
あたたかい微笑みを交わされました。
「アンジェ様の御加護にも守っていただきましたわ!」
「私一人では彼女を守りきれませんでした。ありがとうございました」
ロッシュ様と共に礼をすると、
「もしもの時のために、防御力強めの加護を授けておいてよかったですわ」
アンジェ様は安堵したように笑っておっしゃいました。
城の中へ通された私は、
「皆様!」
「コネット様!」
とりまきの皆様と喜びの再会を果たせましたわ!
「皆様、ご無事でよかったですわ〜っ」
「コネット様ぁ〜〜」
涙、涙、鼻水ですわ。
こうしてまた皆様とアンジェ様を、とりまける日が来るなんて。
「みんな、しばらくはここで過ごしてね」
アンジェ様は、とりまいた私たちに優しく言い聞かせてくださいました。
城では、お父様とお母様とも再会できて心から安心しましたわ。部屋をお借りして、体も落ち着けることができました。
けれど、ロッシュ様は軍服に身を包み部屋を訪れて、
「この国の王太子殿下は勇敢で慈悲深い方だ。我が国の魔物を倒しに行ってくれるという。私もお供してくるよ」
「……ご無事で戻ってくださいませ!」
決意に満ちた瞳を向けられては、そう言うしか……
「大丈夫、聖女様の御加護もいただいた。待っていてくれ」
アンジェ様とロッシュ様を信じましょう。
待つ間、様々な情報が耳に入ってくる。
今までと同じように、とりまきの皆様と輪を作り、
「魔物討伐隊は無事に王都まで辿り着いたそうですわ」
こうして話すのも懐かしく落ち着きますわ〜。
「この国の殿下、アンジェ様の新しい婚約者様も、コネット様の婚約者様も、お強いそうですわぁ」
皆様の羨望の眼差しが、くすぐったいですわぁ〜
「討伐隊の兵士様は皆様カッコよかっですわねぇ〜」
「こちらの方と、お近づきになれたりするでしょうか!?」
「いいですわねぇ〜!」
ひとしきり盛り上がったところで、
「討伐隊の方々に比べて。我が国の殿下は……」
皆様の表情が暗く沈みましたわ。
「魔物に殺されてしまったそうですわね」
「勇敢に戦うこともなく逃げるところを襲われたようだと、お父様が恥ずかしそうに話していましたわ」
やはり、戦う使命を忘れ鍛錬をおこたって……
「アンジェ様の御加護を失いましたし、当然のことですわね」
「新しい婚約者様も一緒に亡くなられたそうですわね」
「それどころか、陛下も王妃様も城に居た方は皆様亡くなられたとか。魔物は城に集中して襲いかかっているそうですから」
「亡くなられた方と、魔物と戦う皆様に祈りを捧げましょう」
私たちはアンジェ様の元に向かい。
礼拝堂で皆様の無事を祈り、待ち続けること幾日か――
討伐隊は皆様無事に帰ってきてくださいましたわ!
ロッシュ様としっかりと抱き合えて、安堵いたしました。
幸い、かすり傷でしたがロッシュ様と兵士たちの治療もお手伝いして――私の治癒魔法も力が増したような。
使命感も芽生えてきましたわ。
「コネット、話があるんだ」
ロッシュ様まで使命感に燃える瞳で、部屋を訪ねて来ましたわ。
「お話とは?」
「私たちの、これからについて」
「これから――」
「ああ。魔物がいなくなり王族も失った国は、アンジェ様と殿下の統治下に置かれて復興することになった。そこで、私は魔物討伐での力を評価していただき国境を守る辺境伯の地位に就かないかと言われたんだ」
「辺境伯!?」
それは――
もちろん。あの城に閉じこもって逃げた辺境伯よりロッシュ様のほうが断然、辺境伯に相応しいと思いますけど!
そう言いたいのに驚きで声が出ませんわ。
「私は、申し出を受けたいと思っている」
ロッシュ様なら、きっとそうおっしゃると……
「ついてきてくれるか?」
「もちろん、ですわ!」
「コネット! ありがとう!」
強く抱きしめられて。抱きしめかえしつつ、
「どんなときも一緒だと約束しましたわ」
「ああ! いつも一緒だ」
それを再確認できましたわ。そして、
「私も、ロッシュ様にお願いがあります」
「言ってくれ、どんな願いでも」
「私の治癒魔法をこれからもっと、ロッシュ様や皆様のために使いたいと思っています。そのための鍛錬、お許しいただきたいですわ」
「もちろんだ。ありがとう、コネット」
私たちは、お互いがいる安心感に包まれましたわ。
念願の、コネット•グラディウスになれました後。
ロッシュ様が辺境伯となり任された地は、魔物に襲われた思い出の場所――
私たちの領地となった湖畔で、
「ロッシュ様〜!」
あの日のように手を振って、
「コネット!」
草原を歩いてくるロッシュ様をお出迎えですわ。
今回は魔物が後を追ってくることもなく。
それどころか、お客様たちが一緒ですわぁ〜。
「皆様〜」
「コネット様〜」
とりまきの皆様と久しぶりの集結ですわ!
「では、皆さん。ゆっくり過ごしてください。コネット、私は辺りを見回ってくる」
「はい。お気をつけて」
ロッシュ様を見送ると、皆様でラグにゴロ寝。
「よいところですわねぇ〜」
「綺麗ですわぁ〜」
「辺境の地とは思えませんわ〜」
「羨ましいですわぁ〜」
皆様、うなずいていらっしゃいますけど。
それぞれ、約束していた婚約者と結婚したり、討伐隊にいた方と結婚したり、アンジェ様のお付き役として独身を謳歌したりと幸せそうでいらしゃいますわぁ〜。
「あら? 誰かいらっしゃいますわ」
皆様が顔を向けたほうを見ると――
白いベールで顔を隠した方が近づいて来る。
地味なベージュのワンピースにブーツと普通の格好だけど。
隠せぬものがありますわ。
そう、聖女様の輝き!
私たちの前に立ち、
「みんな、ごきげんよう」
ベールを取り払った方はやはり、
「アンジェ様!」
「みんなが集まると聞いて、我慢できずに来てしまいましたわ」
笑ったアンジェ様を。
とりまいて。
やっぱり、幸せですわぁ〜〜!!