小鳥遊 蒼④
その日の午後。
保健室から教室に戻り、席に座った神谷。
そんな神谷に、クラスメイトである浮葉 恵が声をかける。
「大丈夫? 神谷くん」
「あ、あぁ」
浮葉 恵。
このクラスの保健委員で、あまり目立たない女子。
黒のショートカットに、童顔。
背はさほど高くなく、平均よりも低い。
「その。あんまり無理しちゃダメだよ」
「大丈夫だ。ありがとな、浮葉。心配してくれて」
「保健委員として当たり前のことだよ」
にこり。
と微笑む、浮葉。
「あっ、それと。これ。神谷くんが休んでた授業のプリントだよ。先生が渡しておいてくれって」
手に握っていた、ホッチキス止めがされた数枚のプリント。
それを浮葉は、神谷の机の上に置く。
「ありがとな。なにからなにまで」
「ううん。いいよ」
笑い合う、二人。
「ところで、神谷くん」
「ん?」
「その。今日の放課後の掃除当番。わたしと神谷くんなんだけど……大丈夫? もし無理だったら、他の人に変わってもらう?」
心配そうな、浮葉。
その浮葉に、神谷は答えた。
「大丈夫、大丈夫。俺、やるよ」
笑顔で。
浮葉の顔を見つめながら。
それに浮葉は、「うん、わかった」と答え、どこか嬉しそうに頷いたのであった。
〜〜〜
そして、放課後。
「神谷くん。バケツに水、くんできてくれるかな?」
「あいよ」
夕焼けに染まった、教室。
そこで二人はそんな会話を交わし、神谷は教室を後にした。
廊下を進む、神谷。
そして、神谷が職員室の前に差し掛かった時、それは聞こえる。
「小鳥遊先生。あの噂は本当なんですか?」
「はい?」
「貴女と神谷くんが付き合っているという噂です」
足を止めてしまう、神谷。
「わ、わたしは」
「わたしは。なんですか? はっきり答えてください」
「……っ」
「答えられない。ということは、そういうことなのですね。わかりました」
「ち、違います。わ、わたしと神谷くんは先生と生徒の」
弱々しい、小鳥遊の声。
「先生と生徒の関係? 校門の前で抱きしめたり、屋上で二人きりになったり。それが、先生と生徒の関係だと?」
「そ、それは」
「全部。知っていますよ、小鳥遊先生」
「……っ」
俯き、目に涙を溜める小鳥遊。
「はぁ、全く。これだから、【勉強しかしてこなかった】人は困るのです。世間が、常識がわかっていらっしゃらない」
目に浮かぶ、泣きそうな小鳥遊の姿。
それに、神谷は咄嗟に行動に出てしまう。
ガラッ
と、目の前の扉を開けーー
「小鳥遊先生ッ、居ますか!? あッ、小鳥遊先生!! 雑巾の場所ッ、どこでしたっけ!?」
響く、神谷の声。
それに目を丸くする、教頭。
そして間髪入れず、神谷は小鳥遊の手を握る。
そして。
「小鳥遊先生ッ、いっしょに探してください!!」
そう声をあげ、小鳥遊を引き連れ職員室を後にしたのであった。