立木 麻也③
〜〜〜
「はい、神谷くん。たくさん食べてね」
神谷の対面。
そこに座り、立木は両手で顎を支えるポーズをとる。その顔。それは、恋人に向ける乙女の表情そのもの。
黒のサングラス。それを頭にかけ、微笑む立木。
それに、神谷は緊張しすぎて顔を見ることさえできない。
同い年の女子ならともかく、年上のしかも超絶綺麗な女の人。
そんな人と面と向かって座る経験など、神谷には勿論なかったのだから。
テーブルに並べられた、ハンバーガー全種類。
"「ごめんね、好きなバーガーわからなかったから、ぜーんぶオーダーしちゃった。どうしよっか? サイドメニューも、全オーダーしちゃう?」"
数分前の立木の楽しそうな言葉。
それを思い出し、神谷は改めてCEOのすごさを思い知ったのであった。
「い、いただきます」
パクり。
と、ハンバーガーをほうばる神谷。
それを、立木は幸せそうに見つめる
パクり。
神谷は、二口目をほうばる。
そこで、立木は声を響かせた。
「神谷くん。ケチャップついてるよ」
「あっ、ありがとうございます」
慌て、神谷は紙ナプキンで拭き取ろうとする。
しかし、そこは立木。
身を乗り出しーー
「それ。お姉さんの仕事だぞ?」
そう優しく声を発し、立木は指で神谷の口元のケチャップを拭いとる。
どきっ
鼻腔をくすぐる、高価な香水の匂い。
そして、眼前で微笑む立木。
それに、美女耐性皆無の神谷はハンバーガーどころでは無くなってしまう。
「もしかして、神谷くん。女の人とデートするの、はじめて?」
こくり。
と、神谷は赤面し頷くことしかできない。
「ちょー、可愛い」
なでなで。
神谷の頭。
それを愛おしそうに撫でる、立木。
「でも、ラッキー。神谷くんの初めてデートの相手。それが、このわたしで」
「……っ」
「ふふふ。じゃあさ、神谷くん」
姿勢を戻し。
なにかを思いついたかのように、立木はアイスコーヒーを紙ストローですする。
そして、ちゅぱっ音をたて、ストローから唇を離しーー
「お姉さんと間接キス。しちゃおっか」
「!?」
頬を紅潮させ、立木はすっとストローを神谷へと向けた。
それに、神谷はぽんっと湯気をあげ、その顔を真っ赤にし、立木の魅力の虜になってしまうのであった。
〜〜〜
その夜。
神谷は、布団の中で二人のお姉さんのことを思い出し、眠れずにいた。
"「とりま、神谷くんの為にこっちにしばらく滞在することにするから。いつでも、連絡よろ」"
CEOの名刺。
それを受け取り、連絡先を交換し二人は店を後にした。
た、立木さん。
めちゃくちゃ美人だったな。
"「神谷くん。10年分の距離。これから縮めていこうね」"
自分の頬。
そこにキスをし、頬を赤らめていた小鳥遊 蒼。
た、小鳥遊さんも。
く、くそ。
ど、どうすりゃいいんだ、俺は。
布団にくるまる、神谷。
しかし、神谷はまだ知る由がない。
これから、先。更なる波乱が待っていること。
それを未だ知らないのであった。