立木 麻也①
"「じゃあね、神谷くん。明日から神谷くんの為にお弁当作ってくるね。神谷くんの好きな食べ物は……からあげだったよね?」"
誰も居ない、教室。
その夕焼けに染まった場所で、小鳥遊に神谷はそう告げられた。
窓から差し込む、夕日。
それに顔を染め、小鳥遊さんは微笑んでいた。
先生と生徒。しかし、神谷にとって小鳥遊は先生などではなくーー
あぁ、くそっ。
小鳥遊さんの顔が頭から離れねぇ。
顔を紅潮させ、神谷は帰路につく。
ガードレールで遮られた歩道。その道を淡々と。
車が行き交う音。それを、聞きながら。
これは恋なのか?
で、でも小鳥遊さんは26で俺は16。
"「かみやくんっ」"
「……っ」
あの頃の憧れだったお姉さん。
その存在が、10年間、ずっと自分のことを待っててくれた。
"「おおきくなったら結婚する!!」"
そんな自分の言葉を忘れることなく。
あんなに綺麗な小鳥遊さんのことだ。
きっと。いや、絶対。今までたくさんの人と知り合ったはずだ。
それでも、それでも。
小鳥遊からの口付け。
その感触を思い出す、神谷。
た、小鳥遊さん。
高鳴る、鼓動。
胸に手をあて、神谷は無意識に早歩きになってしまう。
っと、そこに。
吹き抜ける、風。
反射的に、神谷の視線がそこに向けられる。
そして、神谷は見た。
神谷の数メートル先。
その路肩に、黒塗りの高級車が停まっているのを。
「あ、あれ。ロールスロイスだよな?」
「えっ、マジ?」
「ど、どうしてこんなところに停まったんだ?」
神谷の周囲の人々。
その人々の口から漏れる、感嘆と困惑。
倣い、神谷もまた息を飲んでしまう。
「ど、どんな人が乗ってんだ?」
「きっとどっかの社長さんだろ。それか、とんでもない資産家さん?」
「み、見ろ。降りてくるぞ」
ゆっくりと開かれていく、車のドア。
緊張する場の空気。
そして、現れる一人の女性。
引き締まった身体に、カジュアルな服装。
髪は美しい金髪。そして、その小顔にはサングラス。
見るからに常人とは違う、オーラ。
それをその身に纏う、女性。
思わず、神谷は一歩後ろに下がってしまう。
周囲の人々もその女性に気圧され、しかしその眼差しは羨望に彩られていた。
流れるように、女性はサングラスをとる。
そして、声を発した。
一点に神谷を見据えーー
「やっほーッ、神谷くん!! わたしのッ、立木 麻也さんのッ、たった一人の婚約者さん!! これって運命だよね」
「!?」
目を丸くする、神谷。
その神谷に大きく手を振り、立木は、「ちゅっ」と嬉しそうに投げキッスをするのであった。