西園寺 茜②
週末。学校は休み。
そのおかげで、神谷は例のファーストフード店に出向いていた。
理由は、ひとつ。
"「ねぇ、お兄ちゃん。ハンバーガー食べたい」"
という、妹の頼みを断りきれなかった為。
父と母は、会社の付き合いで家を開けることが多い。
二人は職場で知り合った仲なので、会社関係の行事となれば二人一緒ということが多い。
なので神谷は、物心がついたときから幼い妹の世話を二人に代わってすることが頻度的に多くなってしまったのだ。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
カウンター越しの笑顔の店員さん。
その店員さんに、神谷は手元のメニュー表に視線を落としながら答えようとした。
「えぇーと」
っと、そこに。
むにっ
「!?」
顔を紅潮させる、神谷。
同時に声が響く。
「やっほー、神谷きゅん。奇遇だね。今日もぉ……お姉さんがいっぱい奢ってあげよっか?」
むにゅっ
神谷の背。
そこに柔らかな感触が押し付けられ、同時に神谷は耳元で甘く囁かれる。
「た、立木さん」
「ふふふ。ほら、神谷くん。注文注文」
むにゅっむにゅっ
もはや注文どころではない、神谷。
鼻腔をくすぐる、高級香水の匂い。
加えて、柔らかな感触。
それに顔を真っ赤にしたまま、神谷は固まってしまう。
「あ、あのお客様?」
困惑する、店員。
倣い、立木は神谷の代わりに注文を開始。
すっと、神谷の横に立ちーー
「えーっとぉ。ここからここまで、全部ください」
微笑む、立木。
余計に店員は困惑。
「ぜ、全部ですか?」
「そう。全部」
「か、かしこまりました。ちなみに、お持ち帰りですか? そ、それとも。店内でお召し上がりになられますか?」
「どうしよっか? 神谷くん」
立木は神谷を抱き寄せる。
「わたしのホテルで一緒に食べる? それとも、ここで。この前みたいにぃ」
「え、えーっと。そそそ。その、じ、自分の家で食べたい。です」
「りょーかい」
「お、お持ち帰りでよろしいでしょうか?」
頷く、神谷と立木。
神谷は顔を赤くし、立木はとても嬉しそうに。
手を握り合う、二人。
しかし、そのタイミングで声がかけられる。
「神谷くん。だよね?」
聞き覚えのある、声。
ゆっくりと振り返る、神谷。
果たしてそこには、落ち着いた私服姿の小鳥遊 蒼が柔らかな笑みを浮かべ佇んでいた。
「そちらの方は、お母さま?」
「た、小鳥遊さん。こ、この人はその」
焦る、神谷。
それに、立木は笑顔で答えようとする。
「神谷くんのーー」
婚約者だよ。
っと。更にそれを遮るもう一つの声。
「あーっ、やっぱりそうだ!! 神谷くんだよね。あの頃の面影、がっつり残ってるじゃん。やっぱり、わたしの勘は狂ってなかったみたい」
突如としてテーブル席から立ち上がる、大きなマスクにサングラス。そして、帽子を深く被った一人の女性。
見るからにお忍びファッションのその姿。
それに、神谷たちを含めた店内の視線が一斉にその人物へと向けられてしまう。
「あっ。つい。大声で」
口を抑え、焦る女性。
そして次は小声で、「あ、あの少しお話しませんか?」と女性は神谷たちに向け、声をかけたのであった。