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第八話、弟おもい

 超常現象研究部の三人は足早に洋食屋マリアンヌに入って来るとホッと胸を()で下ろした。

「よかった、降られなくて」ミツヒロが言った。

 空には真っ黒な雲が低く()れ込め今にも一雨(ひとあめ)ありそうだった。

 その為か店には彼らの他に客は一人もおらずミツヒロは「やった、貸し切りだ」とはしゃいでいた。

 だがその喜びに水をさす様に店のドアが開いて長身の男性が入って来た。

 男はシェフにゆっくりと頭を下げた。

 シェフは(うなず)いた。

 その時だった、カウンター脇にいた看板犬のマリアンヌがむっくりと立ち上がると男の足元に()り寄りシッポを振った。

 一部始終を見ていたモモヨ達は驚いた。

 マリアンヌは看板犬とは名ばかりでいつも居眠りをしていて、客にシッポを振る姿などついぞ見た事が無かったからだ。

 男は足元のマリアンヌを撫でると店の奥のテーブルに向かい腰を下ろした。

 シェフはお(ひや)をトレーに乗せ男の所に持って行き戻って来ると言った。

「今日はぜひ皆さんに聴いて頂きたい話があるのでお話ししましょう」


 そして語り始めた。


 『占いの館 クリスタル』の受付で恵美子はスマホとにらめっこをしていた。

 オーナーは三軒先の喫茶店で履物屋(はきものや)のダンナと将棋をさす為にいそいそと出て行ってしまい、クリスタルには真太郎しかいない。

 彼女はスマホでパンツを検索していた。この頃また太ってウエストがきつくなっていたからだ。

 恵美子は仕事の時の数倍、真剣に画面に見入っていたので突然話しかけられ飛び上がらんばかりに驚いた。


「あの……」

「ヒッ……ま、まあ、気が付かなくてごめんなさい」慌ててスマホを隠した。

 七十代半ば位の身なりのいい男性が受付前に立っていた。

「予約していないのですがよろしいでしょうか」

「ええ、大丈夫です。どうぞ」恵美子は左手のドアをノックして開けた。

「真太郎くん、お客様」


 水晶玉の乗ったテーブルで本を読んでいた真太郎は立ち上がり男性を見つめた。

 

「……どうぞ」本を閉じて彼に椅子を(すす)めた。


 男性が部屋に入ると恵美子は受付に戻りスマホを取り出し『パンツ』で検索していたのを『パンツ ウエストゴム』に変えた。



 アルバイトを終えた真太郎は電車で二つ目の駅からほど近いところにあるマンションの前に立っていた。


 二階の(はし)の部屋……あそこか、と思い見ていると後ろから声をかけられた。


「君、誰? 何の用?」

 振り向くと初老の男性がいぶかしげに真太郎を見ていた。

「ぼくは真太郎と申します。正一さんから清二さんの様子を見て来て欲しい、と頼まれて(うかが)ったのですが」

「ああ、正一さんね。以前はよく弟の清二さんを訪ねて来てね。私ね、ここで住み込みの管理人やってるんだ。正一さん、元気?」

「いえ、あまり良くないので……それで代わりに僕が」

「そう……常幸(つねゆき)が言ってたけど清二さんも体の具合が悪くて()せっているらしいよ」

「常幸さん、というのは清二さんの息子さんですよね」

「そう、どうしようもない奴でね。五年ほど前に戻って来たと思ったら清二さんのお金をアテにして働こうとしない。そのくせ浪費するもんだから『(たくわ)えが無くなった』って清二さん(なげ)いていたよ」


 その時、さっき見ていた部屋の玄関ドアが開いて中年の男性が出て来た。無精ヒゲでくたびれたジャージにサンダルという()で立ちだ。

 管理人は顔をしかめて言った。「どうせ晩メシがてら飲み屋にでも行くんだろう。何もしないで家にいるならメシくらい作ればいいのに。正一さんも弟の清二さんを心配して訪ねて来ていたんだけど、常幸に嫌がられて追い返されたりして……清二さん病気大丈夫かな?」


 真太郎は常幸の後ろ姿を見送っていた。


 帰宅していつもより遅い夕食を取りながら一人、真太郎は考えていた。


 正一さんは正しかった。

 常幸さんはマンションの廊下を歩いていた。

 そしてその後ろには正一さんによく似た年老いた男性がいた。管理人さんには見えなかったけれど。


 清二さんは亡くなっている。

 正一さんの心配が現実になろうとしている。


 真太郎は急いで食事を終えると僧侶である父の部屋に向かった。



 翌朝八時、玄関のチャイムが鳴ったので管理人は朝早くに誰だろう、とドアを開けた。

 玄関先には昨日の高校生とその横には僧侶がいた。

「これはいったいどうした事で?」

「実は息子から聞いたのですが由々(ゆゆ)しき事になりかねない様なので……」僧侶は彼に事情を説明した。

 すると管理人の顔は僧侶の話を聞いている間にどんどん青くなっていった。

 そして話が終わった途端「大変だ」と設備室に走って行った。



 三日後、クリスタルの受付でオーナーと恵美子は真太郎から一部始終を聞いていた。


「事の始まりは清二さんが兄、正一さんの夢枕に立ったことからでした。正一さんは末期がんでホスピスにいたのですが、驚いて常幸さんに電話しました」

「まぁ、それで常幸さんはなんて言ったの?」ウエストがゴムの真新しいパンツをはいた恵美子は訊いた。

「『父は病気で床にふしてはいるが医者にも診せているから大丈夫だ』と言い、それを聞いた正一さんは胸を撫で下ろしたのです。でもそれはほんの一時だけでした。毎晩、清二さんは夢枕に立ち正一さんはやがて弟の死を確信するようになりました。そして同時に常幸さんに対して疑いを持つようになったのです。彼は警察に電話をして事情を説明したのですが『弟が夢枕に立つ』という話に警察は腰をあげてはくれませんでした」

「それでここに来たんだね」とオーナーが言った。

「ええ、正一さんの案じた通りでした。僕たちはマスターキーで清二さんの家の玄関ドアを無理矢理に開け、管理人さんと父と三人で常幸さんを押しのけ家に踏み込みました。清二さんのご遺体は奥の和室の押入れに隠されていて(ふすま)はガムテープで目張りされていました」

「常幸さんが清二さんを殺したの?」恵美子が訊いた。

「いいえ、死因は病死です」

「じゃあ、なんでわざわざ遺体を隠すなんて……」

「清二さんの年金が目当てだったんだね」オーナーが言った。

「はい。無職の常幸さんの唯一の収入は清二さんの年金でした。常幸さんにとって清二さんの死は死活問題だった。だからご遺体を隠して清二さんが生きているように見せかけたのです」

「ひどいわ」

「常幸さんは管理人さんに付き添われて役所に死亡届をすぐに提出して、ご遺体は荼毘(だび)に付されました。亡くなってから一週間が経っていました」

「よかったわ。病気をおしてここに来た正一さんのおかげね」

 真太郎はかぶりを振った。

「ここに正一さんが来た時……彼はもう『この世の人』ではありませんでした」

「え? どういう事? 幽霊だったって事?」

「はい」

「ええー」恵美子は目を白黒させた。

「なんと……病気でホスピスにいるとは聞いていたが、まさか亡くなっていたとは」


 事の顛末(てんまつ)に驚いていた二人だったが更に驚き恵美子は言葉を失った。

 いつも冷静であまり表情を変えない真太郎が苦しげに顔をゆがめていたからだ。


「どうしたんだい?真太郎くん」オーナーは真太郎の背中にやさしく手を添えて訊いた。


「正一さんの(やまい)は重くここに来る事は出来ませんでした。彼は()ち始めた弟の亡骸(なきがら)を早く供養してあげたかった。だから正一さんはここに来る為に、一刻も早くここに来る為に……自死して魂だけになる事を選んだのです」




 シェフは語り終えた。



 壮絶な結末に言葉も出ない三人だったがようやくモモヨが言った。

「弟の為にそこまで出来るなんてスゴイけど悲しい」

 ミツヒロとノリオも頷いていた。

「ええ、本当に……あっ、降り始めましたね」シェフは窓から外を眺め言った。

「本降りにならない内に帰った方がいいでしょう。この天気ではお客も来ないでしょうから店ももう閉めます」

「でもまだお客さんがいるでしょ」ミツヒロが言った。

「……皆さんの他には誰もいませんよ」

「え?」

モモヨ達は奥のテーブル席を振り返ったが、そこにあの男性の姿はなかった。

「なんで?」

「あの方は、この世の方ではないのです」

「え? 幽霊だったの?」

 シェフは頷いた。


 超常現象研究部に所属しているとはいえ、モモヨ達が幽霊を見たのは初めてだった。

 でも驚きこそすれ怖いという思いは不思議となかった。

 あの男性が寂しげだったから……


 奥のテーブル席の空になったグラスを持ってカウンターに戻って来たシェフは言った。

「私はあの様な方を『特別なお客様』と呼んでいます。特別なお客様が(ほっ)するのは一杯のお水だけです。仏壇にお水が供えられて無かったり、又はお水が古かったりして飲めないと皆様お困りになってこちらにいらっしゃるのです」

「マリアンヌは看板犬」ノリオが言った。

「さすがノリオ君、その通りです。犬のマリアンヌは特別なお客様をもてなす看板犬なのです。私は思うのです。さきほどのお話を思い出してください。あれほどの強い思いでなくてもいいから、せめて仏壇にお水を供え故人を(しの)び手を合わせてほしい……そうすれば特別なお客様がこの店に来る事も無くなるのです」


 

 


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