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第七話、残念な人

 超常現象研究部の三人はマリアンヌのカウンター席に着いた。

「あー、赤点だ、再テストだ」ミツヒロが返却された英語のテストの解答用紙をカバンから出してなげいた。

 二十八点。

 三十点未満は再テストだった。

「あーあ、この最後の選択問題があってたら赤点じゃなかったのに。運が悪いな」

「勉強不足だからでしょ。運なんかに頼ってたら幸せになれないわよ」

 モモヨはこの間、泣きながら何度も花占いをしていた事をすっかり忘れたのか、(えら)そうに言った。

 シェフは苦笑いしながらキャラメルマキアートを出し言った。

「確かに努力はとても大切ですが、まれに運に(まか)せて生きた方が良い人もいる様ですよ」


 そう言うと、語り始めた。



 トオルは運がいい。子供の頃からずっとそうだ。

 運動会、遠足、修学旅行、全て雨が降った事がないのだ。

 てるてる坊主なんか作ったこともない。

「お弁当、作っても無駄にならなくていい」母は嬉しそうに言った。

 学校のテストもそうだ。

 選択問題は全問正解、でも記述式の問題になると一文字も書けない。

 教師はトオルの答案用紙を見て言った。

「なんで? どうして?」


 中学校の時は学校一イケテル女子と付き合った。

 彼女がトオルと付き合っている、噂はあっという間に学校中に知れ渡りみんな言った。

「なんで? どうして?」


 大学入試ではマークシート方式のところを選んだ。

 マークシートなら全問正解できるので結構いい大学も狙えたが、入ってからが地獄なので身の(たけ)に合った所を受けた。

 就職は自宅近くのスーパーの求人の張り紙を見てフラ~と面接を受け就職した。

 友人はそれでいいのか、と言ったがどこに入ろうが彼は運がいいので何とでもなって人よりは幸せになれるのである。


 トオルはあまりにも運がいいので宝くじや株を買ってみた。

 運がよければ誰でもそうするだろう。


 でも、当たらなかった。

 どうやら、あまりにも欲を出すと駄目なようだ。


 そんな良い星の下に生まれたトオルだったが、何故か彼の父は自称『運が悪い男』だった。


 父、いわく運動会、遠足には決まって雨が降ったそうだ。修学旅行の時は台風が来たらしい。


 そんな父の唯一の趣味は競馬だった。

 運が悪いと言いながら何故、競馬を趣味とするのかトオルには理解出来ないが案の定、てんで当たらない。


 それで父は競馬をやめた。

 

 彼は手始めに釣りをやってみたが、しっくりこない。

 登山、将棋、カラオケしまいには陶芸や俳句にまで手を出したが競馬にとって代わるものは見つからなかった。

 こうして再び競馬を始めた父はハズレ馬券を量産し日本競馬界に貢献している毎日なのである。


 だがその父がこの頃、競馬をしない。

 さてはまた嫌気がさしたなと思い母に(たず)ねてみると予想外の答えが返ってきた。


「お父さんの勤め先、危ないらしいの。倒産するかもしれないって、だから万が一の時の為に余計な出費は(おさ)えているのよ」

「そんなに危ないのか?」

「分からないわ。でもお父さん運が悪いから……」

「ああ、そうだった」

 トオルには悪い予感しかしないのだ。


 四日後、トオルは母と一緒に二か月前に亡くなった祖母の家に来ていた。

 八十九歳だった祖母の静枝は病気一つせず元気そのものだったが、ある夜、布団に入りそのまま目覚める事なく()ってしまったのである。

 静枝のかかりつけ医は言ったそうだ。

「苦しむこともなく寝たまま逝くなんて理想的な死にざまだ。さすが静枝さん」


 祖母は運のいい女性だったのだ。

 

 祖母の家を片付けながら母は言った。

「トオルも確かに運がいいけど、あんたのばあちゃんはすごかったんだから」

「そうなの?」

 初めて聞く話だった。

「母さん、割高でも買い物は商店街でしてたのよ。福引券がもらえるから。それで年に一回ある抽選会で一等、二等、三等、全部当てて一年分の米とか味噌とかを調達していたの」

「マジか」

「抽選会荒らしって商店街から恐れられていたのよ」

「……」

「この家の家電も当たった物ばかりよ。使えないパソコンまで当たって困ってたからウチで貰ったの」

「あのパソコンそうだったのか。そうだ、ばあちゃん、株とか宝くじは買ったのか?」

「ええ、買ったけど当たらなかったわ。あまりにも欲を出すと駄目みたいね」

「やっぱりそうか」

「あら、なつかしい。まだあったのね」


 母は急に乙女のような声を出すと押し入れの段ボールの中から古ぼけたウサギのぬいぐるみを取り出した。

 目につけられた黒いビーズが蛍光灯の下、光って見えた。


「子供のころ大事にしてたのよ。その内に背中の縫い目が破れて、ぬいぐるみの中に点数の悪いテストを隠したりして……本当になつかしいわ、これは家に持って帰るわ」


 母はバックにぬいぐるみを入れた。

 

 丸二日かかったが片づけは終了した。祖母の家は取り壊され更地(さらち)は後日、売りに出された。


 八か月後……


「どうだった?」朝、起きてリビングに入るなりトオルは小声で母に尋ねた。

「今日も倒れてた」母も小声で答える。

「マジか」

 二人はおそるおそる仏間にある仏壇を振り返った。

 そしてそこに置かれている祖母の位牌(いはい)をみつめた。


 毎日、位牌が倒れるのだ。


 やがて二人は亡くなった静枝が何かを家族に知らせようとしているのだ、と気づいた。

 だがその何かが分からない。

 不安になり家族三人でわざわざ健康診断も受けた。

「健康上、問題は無かったし……そうなるとお父さんかしら、我が家で何かあるとしたらお父さんでしょ」

「確かに、俺はおやじの会社の事じゃないかと思うんだけど」


 数日後、(かたむ)いていた父の勤め先に良い(きざ)しが見え倒産を回避できそうな事が分かった。


 その翌日も位牌は倒れた。

 静枝は他の何かを知らせようとしている。

 だが、トオル達にはそれが何か分からなかった。


 五十日後、トオルは勤め先のスーパーの裏手でタクシーが来るのを今か今かと待っていた。


 父が事故に()い病院に運ばれたと母から連絡が入ったのだ。


 ようやく来たタクシーに乗り込み病院に向かう。

 天気の良い土曜日で人も街も賑やかで楽し気だったが彼は重苦しく黙り込み、代わりに心の中で幾度も念じていた。

 

 おやじ、死ぬなよ。死なないでくれ


 二十分後、病院に着いたトオルは病室のドアを荒々しく押し開けた。

「おやじ、大丈夫か」


 重篤(じゅうとく)な父の容態を予想していたトオルの目に飛び込んできたのは


 思いのほか元気な父の姿だった。

 ベッドの上に身を起こしていた父はトオルを見ると、外の天気よりもスゴイ能天気で言った。


「よっ」


 あまりに心配していたから、その分反動はすごかった。

 怒りがこみ上げ気付けばトオルは声を荒げていた。


「何やってんだ、おやじ」


 

「じゃ、俺、スーパーに戻るから」病院のロビーでトオルは母に言った。

「ごめんね、土曜日でお店、忙しかったんでしょ」

「ああ、でも大した事なくてよかったよ」

「本当に」


 土曜日で会社が休みなうえに倒産の危機も無くなり父は久々の競馬に行っていたのだ。

 結果は今日も全敗だったが久しぶりの競馬に父は上機嫌だった。

 天気の良い田んぼの中の一本道を自転車でチャリチャリ走っていて軽トラとぶつかってしまったのである。

「なんで見通しのいい田んぼの中の一本道で事故るかね。おやじは」

「だってお父さん、運がないから」

「ああ、そうだった」


 父はかすり傷だった。

 軽トラとぶつかった自転車は大破したが、父は吹っ飛ばされ落ちた所が田んぼで大したケガもなくピンピンしていた。

 気の毒なのは相手の運転者だった。軽トラの後ろに父を乗せ猛スピードで病院を目指した為にスピード違反で警察に捕まり違反切符を切られたのである。

 念のため父は一晩入院して様子を見る事になった。

 

「あっ」突然、母が声をあげた。

「どうしたんだ?」

「静枝おかあさん、この事を伝えようとしてたんじゃないかしら」

「あっ、そうか、きっとそうだ」

 二人はそう思っていたが


 翌日も位牌は倒れた。


 十日後、その日は静枝の命日だった。

 母は知人の(すす)めで数々のいわくつきな事案を解決してきた常安寺(じょうあんじ)の住職に一周忌の法要を(まか)せる事にしていた。

 午後二時半すぎ玄関のチャイムが鳴った。

「誰かしら?」

 母は首をかしげながら玄関に向かった。法要は午後三時からの予定だった。

「はーい」

 ドアを開けると学生服姿の少年が立っていた。

「あの、どちら様で?」

「はじめまして、僕は常安寺の住職の息子の真太郎と申します。父から法要の前にお話を(うかが)っておくように言われまして少し早目に参りました」

「ああ、そうですか。わざわざ有難うございます」

 トオルの母は少年を家に招き入れると仏間に案内した。

「毎日、ご位牌が倒れると伺っていますが」

「はい、そうなんです」

 真太郎という少年は(うなず)くと仏壇の前に座って手をあわせ拝むと言った。


「初めまして、真太郎と申します」


 母は唖然(あぜん)とした。真太郎が仏壇に向かって挨拶したからだ。

 彼女は後ずさると仏間から出て(ふすま)を閉めた。


 今のは何だったのか? ヤバイものを見てしまった感じだった。


「何? 誰か来たの?」トオルがリビングに入って来た。

 母はホッとして一部始終をトオルに話した。

胡散臭(うさんくさ)いな、帰ってもらおう」

「でも多分、高校生よ。まさか悪い事はしないでしょ」


 その時、襖がスーと開いて真太郎が顔を出した。


「悪いけど帰ってく」そう言うトオルの言葉を真太郎が制した。

「時間がありません。ウサギのぬいぐるみはどこにあります?」


 三人の視線の先にはウサギのぬいぐるみがあった。


 母は背中の破れた縫い目に指を入れ中から折りたたんだ紙切れを取り出した。


 宝くじだった。


「元気ハツラツ宝くじ? 聞いた事ないな。それに折角(せっかく)だけど宝くじはダメだよ」

「ダメとは?」真太郎が訊く。

「宝くじは当たらないんだ」

「でもこれは当たりくじです。一千万円の」

「一千万?」

「そして大切な事がもう一つ。当選金の引き換えは今日が最終日です」

「え? 今日まで?」

「どうすればいいんだ?」

「銀行に持っていくのよ」

「ちょっと待てよ。銀行の窓口って何時まで開いてるんだ?」

「三時よ」

 二人はおそるおそる時計を見た。


 時刻は、二時四十八分だった。


「うわ、時間が無い。車で行こう」

「車はお父さんがお坊さんに出すお茶菓子を買いに行くって乗って行っちゃったわ」

「くそっ、おやじ。そうだ自転車だ」

「この前、お父さんが事故して壊したじゃない」

「ああ、そうだった、くそおやじ」

「どうしよう」

「走る、走れば間に合う」


 トオルは家から飛び出した。



「それにしても不思議だわ。宝くじが当たるなんて」

 真太郎は仏間の隣のリビングのソファーに腰かけ出されたコーヒーを飲みながら答えた。

「それはあの宝くじが欲を出して手に入れた物でなかったからです」


 一年とちょっと前、静枝は銀行に行った。

 そこで窓口の行員に勧められるまま定期預金をつくったのだ。

 新しい通帳と一緒に手渡されたのが、宝くじだった。


「どうして宝くじが?」

「静枝さんが勧められてつくったのは『宝くじ定期預金』だったからです」

 その名の通り定期預金をつくるとその預金額にあわせて宝くじが(もら)えるというものだ。


 静枝がもらった宝くじはたった一枚。


 でもそれを当ててしまうのが『抽選会荒らし』と恐れられた静枝の底力なのだ。


 当選番号の発表日、くじが一等、一千万円に当たっている事を知った静枝だったが困った事が一つあった。


 当選金の支払いが翌日からだったのだ。

 

 翌日まで手元に置いておかなければならないが何しろ、一千万円の当たりくじだ。

 泥棒にでも入られたら……

 不安にかられ静枝はぬいぐるみの中に宝くじを隠した。


 ひと安心した静枝は布団に入った。そして二度と目覚める事は無かったのだ。


 宝くじの当選券は人知れず、ウサギのぬいぐるみの中に入ったままになってしまった。


 更に当選金の支払期限は支払い開始日から一年だった。

 刻々と支払期限が(せま)る中、静枝はなんとか家族に伝えようと位牌を倒しまくったがトオル達には伝わらない。


 そして今日、静枝の一周忌、支払期限最終日となってしまったのだ。


「それにしても静枝さんは本当に運のいい方だったのですね」真太郎が言うとトオルの母はクスッと鼻で笑い言った。


「でもね……当選金の支払いを待たずに亡くなってしまったり、今日も肝心なところで車や自転車が無かったりあの二人、本人たちは気付いてないけど結構、残念な人たちなのよ」


 時刻は二時五十八分。

 銀行のロビーに汗びっしょりの疲れ果てた男が一人、転がり込んできた。

 彼の手には一枚の宝くじが握られていた。



 シェフは語り終えた。


「いいな、僕もトオルの様に運が良ければこの最後の選択問題が正解だったろうに」ミツヒロは未練たらしく言った。

「まだ言ってるの」モモヨが(あき)れて言った。

「何だよ。そういうモモヨは選択問題合ってたの?」

 モモヨは解答用紙を出した。

 選択問題は全部バツだった。

「げっ」

 ミツヒロはこの間の花占いを思い出し改めてモモヨの運のなさを感じ憐れみの目で彼女を見た。

「何、その目は。ところでノリオはどうだったの?」

 ノリオが解答用紙をカバンから出した。

 選択問題は全て正解だった。


「え? 何? まさか」


 ノリオがニタリと笑った。










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