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第六話、むしばむ

この作品は以前、投稿していた物です。

 超常現象研究部の三人はマリアンヌのカウンター席に着いた。

「ううう」モモヨが泣き出した。

「モモヨさん、どうしたのです?」シェフがオタオタしながら尋ねる。

「ううう」

 泣くばかりのモモヨに代わりノリオが言った。

「失恋した」

「ノリオ、核心に触れちゃダメだよ。オブラートで包む様に言わなきゃ」ミツヒロが(さと)すと、ノリオは首を(ひね)って考えて言った。

「浅野が女子と仲良くしてた」

「あああ」モモヨの泣き声が更に大きくなった。


 モモヨは学校の花壇で水やりをしていた時に隣のクラスの浅野に『花がキレイだね』と言われてからずっと彼が好きなのだ。


 だが浅野には彼女がいた。

 今日、二人が仲睦(なかむつ)まじく手を繋いで歩いていたところを目撃してしまったのだ。


「ううう」涙で頬を濡らしながらモモヨはポケットに手を突っ込んで花を取り出した。

 そして花びらを一枚むしって言った。

「別れる」

 もう一枚花びらをむしる。

「別れない」

「別れる」

「別れない」

 一枚ずつ花びらをむしっていく、花占いだ。


 浅野と彼女の交際がこの先も続くか占っているのだ。


「うっ」

 ドン引きするミツヒロ達をものともせずにモモヨは花びらを次々とむしり最後の一枚になった。

「別れない・・ううう」

 彼女は新しい花をポケットから取り出すとまた始めた。

「別れる」

「別れない」


 するとシェフが言った。

「モモヨさんを見て思い出した話があるのでお話ししましょう」


「こ、この状況で?」

 驚くミツヒロをものともせずシェフはキャラメルマキアートを出した。


 そして語り始めた。



  夜中、正明は寝苦しさに目を覚ました。

 シーツは寝汗でぐっしょりと濡れている。

 もう何日ちゃんと眠れていないだろう……眠りたい、眠りたい……彼はまどろんだ。


 そして三十分後にまた、目を覚ました。


 

 手入れの行き届いた広い庭に面した部屋で真太郎は真琴(まこと)の話に耳を傾けていた。

 真太郎はお寺の住職の息子で霊感が強い。

 そしてそれを活かして『占いの館 クリスタル』でアルバイトをしている。今日は仕事の依頼で来ていた。


 地元で知られた宮代家のお屋敷とあって上質な調度品に囲まれ制服姿の真太郎は自分が完全に浮いているのを感じた。そして二十四歳の依頼主はしっくりとこの空間に馴染(なじ)んでいた。


 帰ったら恵美子さんに色々訊かれるんだろうな、真太郎は考えていた。


 恵美子はクリスタルで受付をしているパートのおばさんだ。

 宮代家のお屋敷に興味しんしんだった恵美子は真太郎の助手としてくっついて来るつもりだったがオーナーに止められ、むくれていた。


「お越しいただきありがとうございます。どうしても話を聞いて頂きたくて……

 私は姉とここで暮らしております。両親は私が八歳の時に仕事先で事故に()い亡くなりました。その時から一回り歳のちがう姉は私にとって母親のような存在になりました。病弱で一年の大半をベッドで過ごしていた私を看病し、勉強を教えてくれたのも姉です。その姉が一ヶ月前から病気で入院しているのです」

「お姉さんが……」

「ええ、心臓らしいのです……姉が病気なんてずっと元気だったのに……それに正明さんまで」

「正明さん?」

「あ、私のピアノの先生で五年前から教えていただいています。正明さんは二カ月ほど前から具合が悪くなってしまって……」

「何か病気ですか?」

「それが分からないのです。ただ日ごとに()せて弱っていくばかりで……」


 真琴の視線は真太郎から離れるとチェストの上に飾ってある写真立てに向けられた。

 姉と思われる女性と撮った写真が数枚と真琴が男性と撮ったものが一枚あった。


 涼しい目元が印象的な男性だった。


「調べてほしいのです。二人が急に……本当に急に具合が悪くなるなんて」


 懇願する真琴を見て真太郎は思っていた。


 少なくとも今、真琴さんは元気らしい……


 真太郎は真琴と正明のアパートを訪ねていた。

 新しくはないがアパートの割に思いのほか広く寝室の一角にはピアノも置いてあった。


 (おも)やつれした彼は写真とは別人のようだった。


「色々と検査をしてもどこも悪い所は無いと言われて……とにかく夜、眠れないのは本当に辛くて」

「薬は飲んでいるのですか?」

「睡眠薬を処方されて服用していますがそれでも息苦しくなって夜中に何度も目が覚めてしまいます。眠れないせいか体調もすぐれなくて、ここ何日かはアルバイトも休んでいて……もう、どうしたらいいのか途方に暮れているんです」


 正明は音楽教室でピアノ講師のアルバイトをして生計を立てているのだ。


「私も彼の為に何か出来ないか、考えて寝具を変えてみたりラベンダーのアロマキャンドルを持って来たりしたのですが……」真琴が伏し目がちに言った。


 確かにこの部屋に入って来た時から、この香りには気付いていた。


 でも真太郎は香りよりももっと強い、霊気にも気付いていた。


 

 アパートを訪ねたその足で真太郎は真琴の姉の入院している病院に来ていた。

 病室の前で少し考え、そしてノックした。


「どうぞ」


 その声は真琴とよく似ていた。


 真琴はおっとりとした品のある女性だったが宮代あかねはまた別の美しさを持った人だった。


 (りん)とした気高さがあった。


 やつれて青白い顔をしながらも真太郎が止めるのも聞かずに、気丈にベッドに身を起こした。

 真琴から依頼された事を告げると「まあ、あの子ったら……」と困ったように微笑んだ。


「もう、(あきら)めております。自分の体ですから……分かるのです」


「それは違います」真太郎は続けた。

「貴方が正明さんになさっている事を止めればよくなると思います」


 あかねは背筋を伸ばし真太郎を見ていた。


「何をおっしゃっているのかしら?」


 真太郎はあかねの目を見ながら言った。


「気が付いていないのですか? いいえ、気付いている筈です。この病室も貴方からも強いラベンダーの香りがします。これ以上、正明さんを呪いたたるのは止めてください。貴方自身の為でもあるのです」


 長い沈黙の後、ため息をつくとあかねは話し出した。


「両親が亡くなった時、私はまだ二十歳でした。(たくわ)えがありましたのでお金の心配は無かったのですが妹は病弱でそばにいなければなりませんでした。大学をやめ二人であの家にこもるように暮らしました。何年も何年も……妹は成長するにつれ体力がついたのか寝込むことも無くなり、やがて正明さんと愛し合うようになりました。私は嬉しく思い見守ってきたのです。でも……」


 あかねは言葉に()まってしまった。真太郎は彼女がまた話し始めるのを待った。


「三カ月前、真琴から言われたのです。正明さんに地方の高校の音楽教師の仕事の話があり、結婚して一緒に行くつもりであると……その時になって私は自分には何も無い事に気付いたのです。もう三十六です、二十歳の頃に思い描いた将来の自分とはかけ離れて、それどころか恋をしたり、友達とはしゃいだりそんな誰もが持っている楽しい思い出すら私には無いのです。それが(むな)しくて、虚しくて……心をむしばんでいく」


 うつむき背中を丸めて話すあかねは急に老けたように見えた。


「夜、床に就くと何かが体から抜け出してしまうのです。そして正明さんの部屋で寝ている彼を見下ろし、やがて……その首に手をかけるのです、毎晩、毎晩。最初は夢だと思いました。でも正明さんは具合が悪くなり、それに手に、手に首をしめた感触が残っていて……」


「あかねさん」


「勝手に抜け出してしまうのです。正明さんを憎んでいる訳ではないのに……私は自分が怖くて、怖くて」


 生霊になっているのだ。


 今の状況が正明だけでなくあかねの体にも深刻なダメージを与えているのは明らかだった。

 僧侶である父に知らせる為に急いだ。


 でも、帰宅した真太郎を出迎えた母は言った。


「今、連絡があって宮代さんのところのあかねさんが亡くなったって……」


 真太郎は玄関の三和土(たたき)でため息と共に肩を落とした。

 気丈なあかねの丸めた背中が目に焼き付いて離れなかった。




 葬儀から二週間後、正明はすっかり回復していた。

 屋敷からの帰り道、考え事をしている。


 真琴は涙にくれる毎日だ。

 仕方がない、あかねさんは真琴にとって唯一の肉親だったのだから。


 それにしても……まさか、あかねさんが亡くなるなんて


 思わず口元が(ゆる)む。


 宮代家の財産は真琴と正明のものなのだ。

 教師の仕事は断った。もう、あくせく働かなくてもいいのだ。


 そこに涼しい目元の青年はもういなかった。


 金が正明の心をむしばんでいく……



 

 シェフは語り終えた。


 そしてカウンター席には花びらが山積みになっていた。モモヨは話に耳を傾けることなくずっと占いをやっていたのである。


 でも何度やっても花占いの結果は


「別れない」


 それを見ていたノリオが言った。

「別れない。あの二人は」

「だから核心に触れちゃダメだってオブラートで包む様に言うんだよ」とミツヒロが言う。


「あー」モモヨの泣き声がひときわ大きくなった。


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