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第三話、ゆらぐ足元

この作品は以前、投稿していたものです。

 超常現象研究部の三人はカウンター席に座っていた。

「あーあ、アタシにも双子(ふたご)の姉妹がいたら」モモヨが言った。

「どうしましたか?」初代部長のシェフが訊く。

 クスクス笑いながらミツヒロが言った。

「声楽のテストの事だろ」


 今日の音楽の時間は声楽のテストであった。

 モモヨは歌が下手である。教師に(うなが)されピアノの横に立った彼女は『まな板の(こい)』状態だった。

 彼女は一生懸命、鯉の様に口をパクパクさせ時々、音を(はず)しながら歌った。

 ようやく歌い終え自分の席に着いたモモヨはホッと胸を撫で下ろした。


 次はキッコちゃんの番だわ


 キッコはモモヨの親友で歌が下手であった。モモヨが声楽のテストという苦行に耐えられるのもキッコという存在があったからだ。下手なのは自分だけじゃないと思えば耐える事が出来た。

 キッコはピアノの横に立つと深呼吸をした。


 ガンバレ、モモヨが心の中でエールを送る。


 先生のグランドピアノの伴奏が始まりキッコは鯉の様に口を開けた。

 だがその口から響き出たのは伸びやかで美しい歌声であった。


 スゴイ、キッコちゃん。スゴイ


 心の中で拍手を送っていたモモヨの手がハタと止まった。


 違う、キッコちゃんじゃない。替え玉だわ。双子の妹のヨッコちゃんだ


 こうして替え玉の美しい歌声はピアノの調べと(あい)まって(おごそ)かにテストは終わったのである。


「いいな、アタシがもう一人いたら嫌な事は全部、その子に引き受けてもらうのに」とのたまう腹黒いモモヨにシェフは苦笑しながらキャラメルマキアートを出して言った。

「それでは昔、聞いた双子のお話をいたしましょう。数奇な双子のお話です」


 シェフは話し始めた。



  日暮れどき、西警察署の入口にある十段ほどの階段を浜口巡査長は上がっていた。

「うー、寒い」

 寒空から逃れるように足早に署に入る。

 デスクにつくと隣で赤石が珍しく真剣な顔で考え込んでいた。

「どうしたんですか? 先輩。あれ? さっきの女性もう帰ったんですね」

「ああ。あの子、双子なんだが昔『迷子になった猫を探してくれ』ってここに二人で仲良く来たんだ。今から思うとなんであのままでいられなかったのかな、と思って……」

「なんですか? 内輪もめの相談だったのですか?」

 赤石はかぶりを振った。


「亡くなったんだよ……仕事も終わったから話でもするか。二組の双子の話だ」



 十年前の事だ。 

 村西優子と直子は双子だった。顔は瓜二つだった。

 優子は高校を卒業後上京し今は小さい会計事務所で事務をしていた。

 彼女には悩みがあった。

 前の職場で同僚だった男にストーカーされていたのだ。

 警察には何度も相談に行ってパトロールでアパートの前を巡回してもらっている。

 でも二十四時間、警護してもらう事は出来ない。

 この前は職場の前で待ち伏せされた。

 あの男は『付き合ってくれ』と懇願するくせに優子が断ると優男(やさおとこ)のような態度を一変させ、こめかみに青筋を立てて『ぶっ殺してやる』と声を荒らげる。

 この二カ月、ずっとその繰り返しだった。


 その日は田舎から直子が遊びに来る予定だった。

 『いつも六時半ころにアパートに帰ってるから』と、約束をしていた。

 でも直子が遊びに来る事はなかった。


 ストーカーに殺されてしまったからだ……人違いだった。


 マスコミや世論は警察の対応を激しく非難した。

 警察署はそれらの対応に追われた。

 そして、ようやく騒ぎが収まったころ優子は警察署に来ていた。


 赤石は言った。

「では、犯罪被害者給付金の申請書はお預かりします」

「よろしくお願いします」優子は頭を下げた。

 赤石は優子より更に頭を下げた。

 優子が部屋を出ていくまで、赤石はずっとその頭を下げたままだった。



 四時間前の事だ。

 踏切で飛び込み自殺した若い女性の遺体が運び込まれた。

 小西ミオ、二十歳の大学生だった。

 駆けつけた遺族の顔を見て赤石は驚いた。

 亡くなった大学生と瓜二つだったからだ。

 小西マイ、双子だったのだ。

「他に、家族は……」赤石は言った。まだ二十歳のマイに今の状況は過酷に思われた。

「両親は田舎にいます。私は東京で仕事をしていてミオも大学があるので二人で一緒に暮らしていました」

「そう……彼女なんで自殺なんか」思わずつぶやいていた。

「ミオは悩みがあったみたいです。この一ヶ月大学を休んでいたんです」

「そう……」

 赤石はマイが部屋を出て行くまで、ずっと後ろ姿を見守っていた。


「今日は寒いな、十年前は雪が降っていた。今日も降るのかな?」窓から灰色の空を覗き込みながら赤石は言った。

 話を終えた赤石は普段の陽気な彼に戻っている。

 だが、その心の奥底に十年前の無念が今も居座って離れないでいるのを後輩の浜口は知っている。

 彼等は警察官なのだ。



 警察署を出てマイは階段を下りながら案じていた。


 ……あの刑事、何か感づいただろうか?


 三カ月前の事だ。

 コンビニの店内を歩きながらマイは陳列棚のボールペンを素早くポケットに滑り込ませた。

 買い物かごにビールとプリンを入れるとレジで二つの代金を支払い店の外に出る。

 ポケットの中のボールペンのお金は支払っていない。

 万引きはその日が初めてではなかった。

 駅に向かいながらポケットのボールペンを道端に捨てる。ボールペンが欲しかった訳ではないのだ。

 欲しいものは……


 大学に通っているミオの楽しそうな毎日に比べ、私の毎日はなんて味気ないんだろう。

 毎日、毎日、働いて土日の休みが待ち遠しいだけの日々。

 アパートに職場、行きつけのショップと美容室だけが私の世界だ。

 ミオより五歳くらい老けているように自分が見えた。


 万引きは『ドキドキ』する。

 私の日常の中にある唯一の『ドキドキ』

 だから止める事が出来ない、止められない。

 慎重に店選びをしていたつもりだった。自宅や会社の最寄り駅は避け、知り合いに()わない様に普段使わない駅を()えて選んだ。

 そして駅近くの店で万引きをするとすぐに電車に飛び乗り、その場を離れる。


 三カ月前に『中の宮駅』近くのコンビニで万引きをした時もそうだった。

 でも忘れていた。あの駅の近くにミオの通っている大学があった事を……


 程なくしてミオの様子がおかしくなりだした。

 ため息をつき考え事をしている時間が多くなり昼夜を問わずアパートにいる。

 大学をサボっているようだった。

「ミオ、この頃どうしたの? 大学に行ってる?」

 気遣うマイの優しさに話しを始めたミオの頬を(せき)を切った様に涙が流れる。

「私、コンビニで万引きしたって噂されているの。誰がそんな嘘言ってるのか知らないけど……大学では講義を受ける時も休み時間もいつも、ひとりぼっちで……恥ずかしくて、どうしたらいいのか分からない」


 言葉を失ってしまった。

 何度、謝ろうとした事か、でも正直に話す勇気がなかった。


 ミオは大学をしばらく休むことになった。

 そして一ヶ月後、アパートの近くの踏切に飛び込んだ。


 大変な事をしてしまった。もう隠し続けるしかない。隠し通すのだ。


 マイは階段を下りていた。




 十年前の事だ。

 警察署を出て優子は階段を下りていた。

 先刻からの雪は階段にうっすらと降り積もり足元を危うくする。

 彼女の心配は足元だけではなかった。


 ……あの刑事、何か感づいただろうか?


 あの日、六時半に優子はアパートに向かっていた。

 でもアパートの前に例のストーカーがいるのに気がつき物影から様子をうかがった。


 その時、思ったのだ。


 もうチョットで直子が来る。ストーカーがそこで騒ぎを起こしたら警察はパトロールの回数を増やしてくれるに違いない


 ほんの出来心だった、魔がさしたのだ。

 いつもと同じようにあいつは暴言をはくだけだ、と思っていたからだ。

 わざと最寄りの『中の宮駅』近くのコンビニに行き買い物をして帰宅時間を遅らせた。

 でも……


 直子は殺されてしまった。

 大変な事をしてしまった、もう隠し続けるしかない。


 優子は階段を下りていた。

 彼女の過ちを隠すように雪は降り積もり、優子は滑る足元に注意しながら階段を下りていく。

 足をすくわれてはならない、隠し通すのだ。


 彼女は階段を下りていく……そして双子とすれ違った。


「ミオちゃん、おまわりさん、ミーちゃん見つけてくれるかな?」

「大丈夫だよ。きっと見つけてくれるよ」


 優子は二人を見ていた。


 私達も昔はああだった。いつまでもあのままでいられたらよかったのに……

 

 彼女は自責の念にかられ思わず目を背けた。


 優子は勿論、知る由も無い。

 十年後その二人のうち、一人は自死することを……



 シェフの話は終わった。


「うーん、そっくりなのを利用して悪さをすると思わぬしっぺ返しを食うって事が分かったわ」とモモヨは(うなず)いた。

「そうだよ、だって今日のテストだって替え玉なのバレバレだったからな」ミツヒロが(あき)れ顔で言った。

「え? 分かってたの?」

「そりゃ分かるよ。あんなに急に上手くなったら」

「俺も分かった」とノリオまでが言う。

「多分、先生も分かってたよ」

「ええー」


 翌日、キッコとヨッコは校長室に呼び出された。





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