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第一話、彼ら路頭に迷う

「ああああ」ミツヒロは悲痛な声を発すると地面にへたれ込んだ。

「ちょっと、あんまりじゃないの」

 モモヨが閉ざされた部室のドアをがんがん叩きながら猛然と抗議するが、ドアは閉まったままである。

 そして寡黙(かもく)といえばカッコイイが根暗なだけのノリオは本がどっさりと入った段ボール箱を抱えて横に突っ立っていた。


 部室は今、女子ラクロス部に占拠された。


「ちょっと、開けなさいよ」モモヨの叫びに突如、ドアが開いた。

「なにかしら」

 ラクロス部、部長の麗子が顔を出した。

「ううう、(まぶ)しい」


 ラクロス部の放つ『おしゃれ部活光線』にミツヒロがうめく。

 超常現象研究部に所属し日陰の身である彼には眩しすぎるのだ。


「あたし達の部室よ」

「昨日まではね」

「昨日まで?」

「そう、今日からはラクロス部が使うわ」

「貴方たちの部室は隣じゃない」

「うちの部、どんどん部員が増えて隣の部室だけじゃ手狭(てぜま)なのよ。だから二部屋使う事になったの。校長の許可はとってあるわ。文句があるなら校長に言って」


 校長の名を出されてぐうの音も出ないモモヨの目の前で無情にもドアは閉まった。


「あああ」嘆くミツヒロ。

 その横で目をいからしていたモモヨはノリオに詰め寄って言った。

「あんたも黙ってないでなんか言ったらどうなの」

 完全に八つ当たりである。

 するとノリオは言った。


「重い」


 とりあえず『マリアンヌ』に行く事にした。


 超常現象研究部のある県立南台(みなみだい)高校と洋食屋『マリアンヌ』は目と鼻の先にある。

 寒空の下、行く当てのない三人をシェフは迎え入れた。

 彼らがいつものカウンター席に陣取(じんど)ると店の名前にもなっている看板犬のマリアンヌは目覚めチラ見したがすぐに興味なさげに目を閉じまた寝息をたて始めた。

 四六時中、居眠りをしているマリアンヌは看板犬としての体をなしていない、だがそれを埋め合わせるかの様にこの店には物腰が柔らかで懐が深いシェフがいる。

 だから店を訪れた客は皆、シェフの料理とその人柄に魅了され気付けばマリアンヌが『行きつけの店』となっているのだった。


 三人も傍目(はため)には常連客に見えるだろう。だが三人にとってマリアンヌは『行きつけの店』という(くく)りを超えた特別な場所なのだった。

 席についた途端、モモヨがぼやいた。

「初代部長、聞いて下さい。私たち、(ひど)い目にあって」

「モモヨさん、その呼び名は勘弁して下さい」シェフは苦笑しながら言った。


 彼は南台高校、超常現象研究部の初代部長だったのだ。


「だって……初代部長は初代部長なんだもの」

 部員数三人の弱小部となり部室を追い出されてしまったモモヨにとって多くの在籍者がいて精力的に活動していた頃の超常現象研究部は憧れであった。

 そしてシェフはその頃の部長だった人だ。

 だからモモヨにとって初代部長という呼び名はどうしても譲れないのだ。


「何があったのです?」困った顔をしながらも優しくシェフは尋ねた。


 モモヨはラクロス部に部室を横取りされた事をまくしたてた。

「それにしても校長も校長よ。ラクロス部の言いなりになって」

「仕方ないよ、あの部は人気もあるし強いからね。学校の宣伝にもなるから校長としても応援したかったんだろう」とミツヒロは何事も(あきら)めが肝心、とばかりに(うなず)いている。

「なんであんなに人気があるのかしら?」

「おしゃれで目立つからじゃないかな」

「目立つ……やっぱり目立たないと駄目なんでしょうか? 初代部長」モモヨはすがる様にシェフを見た。

「どうでしょうかね……ひとまず甘いものでも飲んで一息入れましょう。それと……目立つという言葉に昔、聞いた話を思い出したので気分転換にお話しいたしましょう」

 

 シェフは甘くて温かいキャラメルマキアートを彼らの前に置いた。


 そして語り始めた。



 学食といえども今はおしゃれでなければならない時代である。

 白い丸テーブルにパステルカラーの色とりどりのイスと見た目は合格点なのだが肝心な味がいまいちだった。

 元子はいまいちなナポリタンをボソボソと食べていた。彼女の気が(ふさ)いでいるのはナポリタンの為だけじゃない。

 横に座っている葉子を見ると食欲すら失せたのか、焼きそばは半分以上残っていた。

「午後の講義、菜々子来るよね?」

「……うん」

 木曜日の午後の講義は菜々子と一緒だ。

「どんなに泣き付かれても絶対にお金は貸さないようにしよう」

「うん」


 二人の決心は固い。

 でも菜々子の強引さはいつもいつも、その上をいくのだ。


 食堂を出て歩いていると菜々子が目ざとく二人を見つけ走り寄って来た。

「元気?」

 葉子はつい身構えて真一文字に口を結んだ。


 講義が終わりキャンパスを出て最寄り駅に歩いていると菜々子が言った。

「ねぇ、お茶しよ」

「私達これから本屋に行く予定だから……」元子が言うと

「えー、ほんのちょっとでいいから」

「でも……」

「あっ、ここにしよ」菜々子は勝手に喫茶店に入ってしまった。


 そして決心が固い筈の二人がズルズルと店に吸い込まれて行く。

 

 コーヒーをオーダーすると菜々子は手持ち無沙汰で長い髪をクルクルと指で巻き始めた。

 彼女はたっぷりとギャザーの入ったコットンのブラウスに切り返しのあるロングスカートを身に着けていた。足元のサンダルには天然石を模した飾り石がついている。

 菜々子は三日前に店先でひとめぼれして買った新しいサンダルをうっとりと見つめた。

 今日も頭の天辺から足の爪先まで洗練された装いでテーブルの向かいに座るジーンズにスニーカーの二人とは異質な感じがする。


「ねぇ、お願いがあるんだけどチョットでいいからお金貸してくれない?」髪を触りながら菜々子は話を切り出した。

 横に座る葉子の身体が強張るのを感じながら元子は毅然(きぜん)と答える。

「今、持ち合わせが無いのよ」

「少し、少しでいいのよ」

 菜々子は語気を強めた。

「でも本当に無いのよ」

 元子も負けていない、『本当に無い』を強調する。


 すると菜々子はふてぶてしくふんぞり返って言った。

「何、心配してるの? 大丈夫よ。この前みたいにちゃんと返すから」


 確かに先月、一万円返してくれた。でも四万円貸してるうちの一万だけなのだ。

 元子と葉子は必死にかぶりを振った。


 すると菜々子はため息をついて店員が持って来たばかりのコーヒーを飲み干した。

「もう意地悪ね。じゃあ、お金貸してくれないならここの支払いお願いね」

 そう言って一人、店を出て行ってしまった。


 何よ、もう


 菜々子は心の中でぼやいていた。


 お金が欲しい

 ブラウス、スカート、パンプス、ネックレス……欲しい物はいくつもあるからお金がいくらあっても足りない。


 東京の大学に合格して地方から出て来た。

 リヤ充な学生生活を送りたい、と人一倍身なりに気を使っていたら周りから

「いつもオシャレね」

「そのスカートどこで買ったの?」

「いつ見ても違う服着てるのね。うらやましい」

 と褒められた。


 それで歯止めが掛からなくなってしまった。


 実家からの仕送りの生活費を浮かしたりアルバイト代をつぎ込んだりしても、まだ足りない。

 やがて大学の友達にお金を借りるようになると皆、彼女を避けるようになった。

 もう今では寄って来て服を褒めてくれる友達もいないのにオシャレをやめる事が出来ない。


 オシャレして目立ちたい

 もっともっと目立ちたい


 元子と葉子に目を付けたのは大人しくて意のままにする事が出来たからだ。

 菜々子は元子からは三万、葉子からは八万借りていた。


 そして彼女には金を返す気など(はな)から無いのだった。


 次の週の木曜日、今日こそは二人からお金を借りてやると意気込んで大学に行くと何やら人だかりが出来ている。


 何だろうとのぞき込むと真ん中に、あの二人がいた。


「スゴイじゃない、葉子さん」

「有名人の仲間入りじゃん。サイン頂戴」

「そうよ、今のうちにサイン貰っておかなくちゃ」

 どうやら葉子が書いてサイトに投稿していた小説が出版社の人の目に留まり、作家としてデビューする事が決まったらしいのだ。

 二人の周りにはずっと人だかりが出来ていて菜々子は近づくことすら出来ず諦めてキャンパスを後にした。


 一人トボトボ歩いているとふつふつと怒りがわいてきた。

 金を借りる事が出来なかった悔しさよりも二人が目立っていた事に憤りを感じた。


  私を差し置いて目立つなんて、許せない


 また一週間が過ぎた。

 菜々子は念入りに身支度をして大学に来ていた。

 袖が透かし編みのニットのセーターもマーメードスタイルのスカートそしてセーターと色を合わせた藤色のパンプス、全てが新調した物ばかりという力の入れようだった。

 彼女はこの為にバイト代を店長に頼んで込んで前借りしたのだ。

 菜々子はガラスに映った我が身を見ながら頬を緩めた。


 今日の私を見たら二人も先週のような身の程知らずな事はもうしなくなるだろう


 そう思い二人を探すと葉子が一人で学食にいた。

「チョット話があるんだけど」

「ああ、菜々子さん。私も話があるんです」と言いながら葉子は咳き込んだ。

「元子はいないの?」

「風邪でお休みです」とまた咳き込む。

「アンタ、風邪うつったんじゃないの?」

「ええ、やっぱり午後の講義はお休みしようかと考えていたところです」

「ああ、そうなの。じゃあ早退する前にお金か……」

「菜々子さん、八万円、今すぐに返して下さい」


 十分後、駅近くにある銀行に向かって葉子は歩いていた。

 その後ろを嫌そうに菜々子がついて行く。

 葉子は時折、咳き込んで足元もおぼつかない。

「ねぇ、具合悪そうだから今度にしたら?」

「駄目です。今度、今度って先延ばしにしてしまうから」


 チッ、と菜々子は心の中で舌打ちした。

 それにしても葉子は随分と変わった。

 以前はヒツジの様に大人しくて菜々子の言いなりだったのに、この変わり様だ。


 何よ、調子に乗って。彼女は前を歩く葉子の背中をにらみ付けた。


 その時だった。

 葉子は激しく咳き込み足元がフラフラしたかと思うと、前に倒れ込んだ。


 そして車の急ブレーキの音が響いた。


 葉子が亡くなって五カ月後、彼女の小説が本になって店頭に並んだ。

 キャンパスはその話で持ち切りだ。


「ねぇ、あの話に出てくる小説家の卵って葉子さんの事よね。それで目立ちたがり屋の友人っていうのは……菜々子の事だよね」

「やっぱり。あたしもそう思ったんだ」

 葉子は身のまわりの事をモデルにして小説を書いていたのだ。

「そうなるとさ、あのラストは何?」

「でしょ。やばいよね」

 二人の横で話を聞いていたもう一人が()いた。

「何の事?」

「まだ読んでないの?」

「うん、途中までだけど」

「あのね、話では目立ちたがり屋の友人はデビューが決まって注目の的になっている小説家の卵をねたんで、殺しちゃうの」

「その殺害の仕方が問題なのよ」

「どうやったの?」質問しながらゴクリと唾をのんだ。

「走ってきた車の前に小説家の卵を突き飛ばして、事故に見せかけて殺しちゃうの」

「まんまじゃない」

「でしょ。だからやばいのよ」

「でも……たまたまでしょ。小説が書かれたのは葉子さんが事故で亡くなる前なんだから。それに、ねたましく思っても現実に殺したりはしないでしょ」

「そうよね」

「そうだよね」

「……」


 いやな空気を(かも)し出す沈黙があった。


 彼女達は互いの胸の内を探り

 そして一人が声をひそめて言った。


「でも菜々子だったら……やりかねないよね」

 

 菜々子は今、誰よりも目立っている。


    


 シェフの話は終わった。

 話に引き込まれ飲み忘れたキャラメルマキアートはいつしか冷たくなっていた。

 シェフは微笑みながら言った。「新しいマキアートを()れましょう。お話は面白かったですか?」

 するとノリオが真実がゆえに言ってはいけない事を言った。


「超常現象じゃない」


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