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9 童貞を捧げる

「殿下、お願いです。────婚約解消してください」


 震える声でそう告げた。

 一瞬だけ目を見開いたヴィンスの返事は────


「……無理だよ。クレアのお願いはなんでも聞いてあげたいけど、それだけは聞いてあげられない」


 いつもの優しい表情でそう応えた。


「なぜですか!?」

「君が無理にでも私と婚約解消しようとするなら、ディストラー公爵家は取り潰す」

「っ……!」


 いくら王太子殿下であっても、由緒正しい我が公爵家を取り潰すのは簡単ではない。でも、本当にやりかねないその表情に寒気がした。いつもと同じ優しい表情のはずなのに妙に逆らうことのできない圧を感じる。

 家族と引き換えにと脅されれば私は押し黙るしかない。


「あーあ、そんなこと(婚約解消なんて)言い出さなければ、いつまでも優しいクレアの王子様でいてあげられたのにね……」


 ヴィンスが王子様らしく優しく微笑んだように見えたけど、ちょっと違う。笑顔なのにどこか仄暗い。

 何を考えているのかわからないような黒い笑顔。



「おいで」


 !?


 ヴィンスはグイッと私の腕を掴んでバルコニーの奥の扉へ向かおうとした。

 ところがすぐにピンク色の髪がチラついた。


 アイリーン嬢が私たちの前に立ちはだかる。


「王子様! どこへ行くんです? そんな方放っておいて、一緒に踊りませんか?」


 少し身体をくねらせて、あざとく上目遣いをして見せる。

 きっとアイリーン嬢の全力の可愛い顔なんだと思う。実際彼女の性格を知らなければ可愛いと思う。


 けど、ヴィンスの応えは……


「邪魔」


 初めて聞くヴィンスの冷たい言葉にびっくりした。アイリーン嬢に向ける表情も声音も言葉と同じでとても冷めたものをしている。

 もちろんアイリーン嬢もそんな言葉をかけられると思わなかったのだろう。まぬけな顔をして固まっている。


 アイリーン嬢はすぐに我に返ってヴィンスに媚びる。


「王子様、いかないで! 私と一緒にいてください」


 アイリーン嬢はヴィンスの私を掴んでいる腕とは逆の腕にしがみつく。


「ああ、ごめん。きつい言い方をするとメンタルにきちゃうんだっけ。じゃあ、優しく言うからちゃんと聞いてね」


 優しい顔をしてそう言うとヴィンスは一呼吸おいてとんでもないことを言った。


「これから私の童貞をクレアに捧げるんだから邪魔しないでね」


 ヴィンスはアイリーン嬢に向けて爽やかににっこりと笑った。


 え……ど、どうてい……?


 インパクトのある単語に今度こそアイリーン嬢は目が点になって固まった。

 ヴィンスの腕にしがみついていたが、アイリーン嬢は手に力が入らなくなってしまったのか、ヴィンスは簡単に腕を抜く。


「さぁ、クレア、早く行こう!」


 どういうことかちゃんと理解できず混乱する私の腕を強引に引いて、バルコニーの奥の扉を開け、隣の休憩室のバルコニーに出ると、誰も入ってこられないように鍵をかける。

 そして、バルコニーから休憩室に続く扉を開いて中に入ると、ヴィンスはすぐにその扉と廊下へも続く扉にも鍵をかけた。



「で、殿下……」

「殿下ってなに? ヴィンスって呼んでよ」

「あ、あの……冗談ですよね……」

「なにが?」


 すごい爽やかな顔で笑っている。


「さっき、言ってた……」

「ん? これからクレアを抱くって話?」


 私はカーッと赤くなる。


「私が冗談なんて言ったことある?」


 わかっていた。ヴィンスは冗談なんて言わない。

 私が言ったのは冗談であって欲しいと言う希望だ。

 ヴィンスは首に巻いていたクラバットを外した。その行為だけで一気に淫靡な雰囲気に変わる。


 やばい。本気だ。


 そう思ったときにはもう遅かった。


 グイッと引き寄せられて噛み付くような口づけをされた。


 荒々しい口づけに息が苦しい。それでも好きな人からの口づけに私はどこか喜びを感じていたんだと思う。

 私が激しい口づけに翻弄されている間にヴィンスは外したクラバットを手際よく私の手首に巻き付け拘束した。

 そしていつの間に私はベッドに転がされていた。


「もう二度と私から離れたいなんて思わないように、しっかり身体で繋がろうね」


 ヴィンスからのキスに喜んだりして私バカだ。ちゃんと逃げなかったから、私、ヴィンスに無理矢理されちゃうんだ。


 でもなんで? ああ、わかった。ヒロインにぶつけきれない欲を私で発散するのかな。


 私の瞳は不安に揺れているだろう。身体が勝手にガタガタと震え出す。


「で、殿下……」

「ヴィンスと」


 私の口の端からヴィンスの唾液が垂れてくるけど、手首を拘束されて、それをヴィンスが私の頭の上で押さえているため、口を拭うこともできない。


「おねがい、やめて……」

「やめないよ」


 ヴィンスが私の上にのしかかり、腰から首筋にかけて優しくゆっくりと手を這わせる。


「震えなくても大丈夫。優しく犯してあげるから」


 いつもの王子様らしい微笑みを見せるが、言っていることは全然王子様ではない。



「殿──」

「ヴィンス」

「ヴィンス……なんで、こんなこと……」


 ヒロインのことが好きなくせに、こんな不誠実な……。そんなことする人じゃなかったのに。


 私が問えば、ヴィンスは私の顔中に口づけを落としながら言った。


「なんでって、私はクレアしか愛せないのに、クレアが私から離れようとするからでしょう?」


 私しか……愛せない……!?


 私は大きく目を見開いた。


「じゃあなんで!!?」

「なにが……?」


 ヴィンスは首を傾げた。


 自分の口から聞くのはつらい。

 だが、言い淀んでいるとヴィンスは私のことはお構いなしに、私のドレスを脱がせながら「気になることがあるなら言ってよ」と言う。


「じゃあ、なんで……アイリーン嬢のことを抱いたんですか……?」

「は?」


 心底意味がわからないという顔をされた。


「あ、アイリーン嬢が言っていました。昨夜、ヴィンスが優しくしてくれて朝まで一緒でって……」


 言ってて悲しくなってきた。私の目にはまた涙が溜まってくる。



「クレア……! さっきも言ったが、私は童貞だ!」



 相変わらずのインパクトのある単語に私の涙はスンッと引いた。

 そうだった。さっきもこの人は自分のことをハッキリと童貞だと宣言していたわ。


「……じゃあ、どうして……?」


 昨夜から今朝まで一緒にいたのはヴィンスも認めていた。


「たしかに昨夜は魔法薬の研究のためにアイリーン嬢とは一緒にいたけど、神官長も宮廷薬師も一緒だったよ。癒しの力が全然使えなかったアイリーン嬢にはやる気を出させるために多少優しく接したけど……」

「え……? 二人きりでは?」

「わざと紛らわしい言い方をしたんだろう。彼女はそういう女だ」


 ああ、やっぱりあれはアイリーン嬢が私を揺さぶるために話を誇張しただけだったんだ。ちゃんと最後までヴィンスの話を聞けばよかった。


「これで憂いはなくなった?」


 そう聞きながら、ヴィンスはさらにドレスを脱がせていく。


「あっ、待って……じゃ、じゃあ、なんで……アイリーン嬢の治療(キス)を受けていたんですか……」

「あれ? あの不快な行為、クレアに見せるのは嫌だったから、クレアの知らないところで済ませていたんだけど」


 好ましくないような言い方をしているが、やはりアイリーン嬢のキスを受けていたのだと知って、胸が痛む。


「アイリーン嬢が嬉しそうに報告してくれました」

「ちっ……あの女、本当に余計なことばかり……」


 アイリーン嬢のこともなんだか好意的ではなさそうだけど……



「他には?」

「あっ……、さ、さっき、私の主張よりもアイリーン嬢の話を優先しました」

「ああ、さっきの。分かりやすく嘘ついてたやつね」


 はっ? ちゃんと嘘だとわかっているのにアイリーン嬢の話を優先したの!?


「それって、やっぱり……彼女のことが好きだから……?」


 だから、嘘だとわかっていても彼女のことを優先するの?


「はっ、さっき、私が愛することができるのはクレアだけって言ったでしょう」


 ドレスを脱がされ、ベッドの上に転がる私を見てヴィンスが舌舐めずりをする。

 いつも王子様な彼が絶対にしないような仕草に、私はシーツを蹴って後退りする。



「じゃ、じゃあ……なんで、彼女のことを……?」

「アイリーン嬢は────」


 そのときだった。



 部屋の扉がドンドンと強く叩かれた。


「殿下! こちらですか!?」


 私たちの視線が叩かれた扉の方に向いた。


「殿下! メッテルーナの王太子殿下がお見えです!」


 あの声はきっとヴィンスの側近のアルノルト様だろう。


「ちっ……!」


 ヴィンスは顔に似合わず舌打ちをした。

 そして、私はホッとした。


 いくらヴィンスのことが好きでもこんなわけのわからないまま抱かれるなんてつらいから。


 そう思っていたのだけど……。


 え?


 ヴィンスは構わず私にのしかかり、色んなところに口づけ始めた。


「あ、ちょっ、……ヴィンス!」

「ん?」


 私が名前を呼ぶと顔を上げて、なにか? と上目遣いで首を傾げてくる。


 ええっ!!!?


「ヴィ、ヴィンス……? アルノルト様が……」

「ああ、いいよ。今忙しいから」


 え? いそがしい?


 その間もずっと扉はドンドンと叩かれて「殿下! 殿下!」と何度もヴィンスを呼ぶ声がする。


 だけどヴィンスはそのまま行為を続けようとした。


「ヴィンスっ!!」


 私が強く名前を呼ぶと、さすがに止まってくれた。


「もう……良いところだったのに」


 ため息を吐いて、頭をガシガシとかくと、私をリネンに包んで「ちょっと待ってて」と言って、ベッドから降りてドンドンと音のする扉へ向かった。




 扉を開けるとやはりアルノルト様だったようで、ヴィンスの不機嫌そうな声が聞こえる。


「なに? アルノルト。せっかくクレアのドレス全部脱がせたところだったのに」

「はっ!? 結婚前に何しているんです! だいたい夜会の最中ですし、メッテルーナの王太子殿下がお越しになってるんですよ!?」

「ああ、やっと来たか。んー、いいところだったけど、待たせたら──」

「ダメですよ! 殿下が呼びつけたんでしょう!」


 アルノルト様の食い気味に話をする声がする。


「仕方ない。中断するか。アルノルト、クレア付きの侍女を呼んでくれ」


 ようやくヴィンスは私の拘束を外して、私はやってきた侍女に身なりを整えてもらうことができた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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