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6 必要のない行為

「ははっ、せめて婚約してからとずっと我慢してきたけど、クレアが良いって言うのなら、もう良いか」


 ヴィンセント様は笑いながら近づいてくる。


「ああ、かわいいクレア。ずっとこうしたかったんだ」


 ヴィンセント様は私の上にのしかかり、私の頬に手を添えて、目尻に、ちゅ、と口づけた。


「っ!」


 やめてほしい。そんなことされるとドキドキしちゃう。

 吐精するのに必要ではないその行為に私は軽く身じろいだ。


「クレア、逃げないで。抵抗されたら上手く出せないかもしれない」

「で、でも……」


 こんな行為よりももっと直接的な刺激の方が良いんじゃないのかな?

 ヴィンセント様のしたいことがわからずに私は困惑した。


「ね、身体がつらいんだ」


 その言い方はずるい。

 そんな言い方されたら断れないよ。


 ヴィンセント様は、額に、目尻に、こめかみに、頬にちゅ、ちゅ、と甘い甘いキスの雨を降らせた。


 どうしよう、ドキドキしすぎて胸が痛い。


 その甘い雰囲気に私の気持ちも蕩かされていく。


 好き。大好き。ヴィンセント様。この王子様に愛されたい。



 ヴィンセント様の指示に従って口を開ければ深く口づけをされる。


「ヴィンセントさま……」


 甘い声で彼の名を呼べば、甘く応えてくれる。


「かわいい。好きだよ、クレア」


 好き、好き。私も。





 そのとき、薄く目を開いて、情欲に濡れたヴィンセント様の瞳に映し出された自分の顔をみてドキリとした。

 私は悪役令嬢。どれだけヴィンセント様が好きでも結ばれない。

 抱かれてはいけない。抱かれてしまえばきっと私はどんなことをしてでもこの大好きな王子様を手に入れたいと思うようになってしまう。


 きっと物語に出てくる悪役令嬢のようにヒロインに陰湿な嫌がらせだってするだろう。そんな女をヴィンセント様が好いてくれるはずがない。


 嬉しいはずのヴィンセント様からの「好きだよ」という言葉。その言葉を聞けるのは最初で最後かもしれないと思うと胸がぎゅうっと締め付けられる。


 好きって言ってもらえて嬉しい。

 でも、すぐにその言葉をヒロインに囁くようになるんだよね。


 私は悪役令嬢であるということが思考の大半を占め始め、無意識にヴィンセント様からの「好きだよ」という言葉はなかったことにした。



「ヴィンセント様……あの……」


 私の瞳が不安そうに揺れているのを察したのか、名前を呼んだだけでヴィンセント様は私の気にしていることの答えをくれた。


「大丈夫、この場で純潔を奪ったりしないよ。でもちょっとだけ身体に触れさせて」


 私のせいでこんなことになってしまったんだもん。

 譲歩できることはさせてあげないと、だよね。


 私は覚悟を決めてヴィンセント様の目を見てしっかりと頷いた。



 ヴィンセント様は「ああ良かった」と破顔した。




 そしてヴィンセント様はちょっと身体に触れるレベルではなく、あらぬところをガン見して、触りまくって、食べ尽くして、私の頭は真っ白になった。

 その行為はどう考えても媚薬の解消には必要のない行為。

 私は結局、彼の媚薬の解消にはなんの役にも立てていないまま、耐えきれず数十分意識を飛ばした。



     ◇



「っ!」


 目を開けたとき、ベッドの上で上半身裸の綺麗な王子様な顔をしたヴィンセント様が私のことを凝視していてびっくりした。


 しまった!


「ヴィンセント様! 媚薬は!?」


 私は結局、彼の吐精に関して何もせずに眠りこけてしまった。


「もう解消したから平気だよ」


 上半身裸で一つのシーツに私と一緒にくるまって「それよりさっきみたいにヴィンスって呼んでよ」と私のゆるふわヘアを手で梳いている。

 まさに情事の後の甘い雰囲気なのだが。


 いやいや、ヤってないよね。私のあそこは痛くないし……。


 念のため出血していないかを確認しようとシーツの中を覗くと私のドレスはしわくちゃに乱れたままで、下着も身についていなくてギョッとした。とりあえず出血はしていないようで、そこは一安心。


 ん?


「ヴィ、ヴィンス……?」


 愛称で呼ぶのは恥ずかしい。


「なーに? クレア」

「あの……どうやって媚薬を解消したのですか?」


 ヴィンセント様──ヴィンスはふふっと笑った。


「そんなの自分で慰めたに決まってるでしょ」


 私は大きく目を見開いた。


 自分で処理できるなら私いらないじゃん!

 あんないやらしくて、恥ずかしくて……ドキドキして……


「ああ、気をやってしまったクレアの痴態を眺めながらするのはとっても捗ったよ」


 ヴィンスはちゅ、と私の頬に口づけを落とす。


 ち、痴態を眺めて……? は、捗った……?


「あ、ごめん、そういえば、クレアの下着は私が汚しちゃったんだよね」


 は? なんで!?

 い、いや、良いです。これ以上は聞かない方が賢明だ。


「ああ、なんでかって? それはね──」

「ヴィ、ヴィ、ヴィ、ヴィンス!? い、い、い、いいです! あの下着はもう差し上げますから!」

「あ、そう? 嬉しいなぁ。綺麗に洗ったらまた使おう。はぁ、また見たいな、クレアの痴態」


 どうやって使うかはもう聞きたくない。

 恍惚とした表情でヴィンスが私の背中をツツーッとなぞる。


「ひぁっ」

「かわいっ」


 ヴィンスが私をギュッと抱きしめて、また顔中にちゅ、ちゅ、と口づけ始めた。


「あっ……もう、だめ……」

「少しだけ、いいでしょ?」



 ヴィンスが上目遣いで私を見る。


 くっ、圧倒的に顔が良い! やっぱり好き!


 痴態を眺められたり、下着をごにょごにょに使われたりと、変態的なことをされたにも関わらず、好きっていう気持ちは全て絆されて許してしまうみたい。


 そんな側から見たらイチャイチャするやりとりをしているときだった。




 突然、部屋の扉がバタンと開かれた。



「クレア!?」


 え、お姉様の声……?


 ちょ、待って、そういえば、良い頃合いで来てくれるって流れ…………


 嫌な予感しかしない。


 乱れたドレスに、ベッドの上で私に抱きつくヴィンス。なんで気づかないのか、彼はいまだに熱心に私の首筋に吸い付いている。

 もうやめて。



 姉以外のハッと息を呑む音が聞こえた。

 ああ、やっぱり。

 姉はしっかりと第三者を連れて来ていた。


「ヴィンセント……!! お前……!」


 姉のまさかの人選。


 ヴィンスを呼び捨てで……しかも「お前」なんて呼べる人、この世で一人しかいないよね……?


 終わった……。

お読みいただき、ありがとうございました。

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