4 婚約者候補から降りる方法
私はシャンパングラスを二つ手に持って、夜会会場で人を探していた。
つい先週、夜会があったばかりだが、隣国から要人を招いている期間は国の豊かさを誇示するため頻繁に夜会が開催される。
私が今探しているのはヴィンセント様ではない。王弟殿下のアーロン様だ。
◇
私を王太子妃候補から降ろすために、姉は一つの計画を立ててくれた。
王太子妃ほぼ確定の私を候補から降ろすにはそれなりの覚悟が必要だ。
醜聞だって、修道院行きだって、大丈夫。もう覚悟は決まったわ。
醜聞の方はある程度のところで、そのうち王家の方から箝口令が敷かれるだろう。修道院行きについては、ヴィンセント様と結婚ができないのであれば、今さら他の誰かと結婚したいなど思わない。
神様に全てを捧げて生きていくのも悪くないよね。
私を溺愛して育ててくれた両親に家のために何もお返しが出来ないことは申し訳ないけど、我が公爵家は姉の伴侶が継いでくれるし、私程度が家のために何も出来なくても、そんなことで落ちぶれるような家柄でもない。
そうと決まれば私のすることは────
「と、とにかくこの縦ロールは今すぐやめなくちゃね……」
私は慌てて侍女を呼んで、その日から一時間かけ縦ロールを解して、ゆるふわヘアに変え、肌の露出の多い派手なドレスはやめて、露出が控えめで淡い色のドレスを着ることにした。
◇
「今日はいつもと雰囲気が違うんだね」
いつも通り私をエスコートしたヴィンセント殿下は、まず会ってすぐに体調のことを心配してくれて、大丈夫だと伝えると、次はちゃんと私のイメチェンにも一言くれる。
「えっと……そろそろ巻き髪は封印しようかと……」
悪役令嬢っぽいからね。
強烈な縦ロールくせ毛な私は、このゆるふわヘアにするまでに一時間ほどかかってしまうので侍女も私も大変なのだが、悪役令嬢っぽいのはよろしくない。
「いつもの髪型もかわいかったのに。ああ、もちろん今日の髪型もかわいいよ。ドレスはいつも他の男の視線が気になっていたから、今日のドレスの方が良いかな」
今までのドレスは派手な上に露出も多かったですしね。
かわいいかわいいと一言ではなく、軽い独占欲をチラつかせるような発言まで聞けて、もう私は十分です。
こうやっていつも優しく甘やかしてくれるヴィンセント様が大好きなのに。
「あ、王子様! こんばんはっ!」
ピンク色の髪のヒロイン──ピンクゴールドのストレートヘアのアイリーン嬢がやってきて私はうんざりとしてしまう。
隣にいる私には目もくれずヴィンセント様にだけ声をかける。
「アイリーン嬢、こんばんは」
この女にこれから私の愛おしい人を奪われるのか。
自分の心が黒に染まっていく気がして、私はそっとその場を離れた。
そして心の中で呟いた。
――ヴィンセント様、さようなら……
私はシャンパンを二つ取りにいって、ポケットに忍ばせていた薬をその一つにこっそり入れる。
ピンク色のその薬は、ピンク色のシャンパンに入れるとシャンパンの色が透明に変わった。
ピンクが濃くなると思いきや、そうはならなくて少し驚いた。
私はこれからアーロン様に媚薬を盛る。
私がヴィンセント様の婚約者候補から降りるには理由が必要で、一番家族や他人に迷惑をかけない方法となると物理的に傷を負って傷物になるというのが一番良い。
分かりやすく顔に傷を負うのが良いと思い姉に提案したが、姉が絶対にダメだと言い、姉の気迫に負けてその方法は諦めた。
そして、姉の考えてくれた方法はこうだった。
アーロン様に媚薬を盛って、別室へ連れ込み、良い頃合いで権力のある第三者にそれを目撃させて、身体の関係ができたように見せつけ、私を婚約者候補から降ろさせるというものだ。
もちろん本当に身体の関係を持つつもりなどない。媚薬には解毒剤もあるため、タイミングを見て解毒剤を渡して飲んでもらうつもり。
良い頃合いで第三者に目撃させる役は姉が人を呼んでやってくれるという。
アーロン様は王弟殿下でありながら来るもの拒まず、女性関係で色々とお噂の絶えない方だ。
どれも遊びで誠実なお付き合いというものは彼には存在しない。その身分の高さから責任を迫る女性もいるらしいが、その度に王家は火消しへ走り、女性側は人知れず修道院送りになっているらしい。
アーロン様は子種が消える魔法薬を常用していると事ある毎に宣言されており、実際に身籠ったと名乗り出た女性たちは王家の影の調査により、他の男性の子を身籠っていたことが明らかになっていた。
アーロン様に本気で挑もうとすること自体が間違っている。
今回、私は彼の奔放さを利用して、身体の関係が出来たように見せることにする。
彼よりも低い身分の人に仕掛ければ、王家の婚約者候補に手を出したと何らかの処分が与えられる可能性もあれば、我が公爵家の繋がりを求めて逆に結婚を迫られる場合もある。
今回の作戦のお相手はアーロン様以外では成り立たない。
来るもの拒まずのアーロン様でも私が相手では理性というものがあると思うので、媚薬で理性を崩壊してもらおうという作戦だ。
今回の作戦、悪くても修道院送り。姉の計算では、両親は私に甘いため、数ヶ月の謹慎程度で済むのではと考えているようだ。
ヴィンセント様から断罪されて、婚約破棄を言い渡されてからの修道院送りよりも自ら進んでいく修道院の方がよっぽど良い。
――私の全てを神様に捧げます……
アーロン様! 利用してごめんなさい!!
私は息を大きく吸い込み、媚薬の入ったグラスを持って、一歩踏み出した。
アーロン様を探してみると、アーロン様はヴィンセント様と談笑をしていた。
ヴィンセント様と一緒にいると思ったヒロインはすでに別の貴族男性とダンスをしていた。
「あ、クレア! これが例のアレね。私に任せて。アーロン様に渡してあげる。彼が飲んだのを確認したらダンスでも誘って、そのまま別室に連れ出すのよ」
姉がやってきて、私の持っていたシャンパングラスを一つ持って行ってしまった。
「あっ、待って、お姉様! そっちは──」
姉は私の制止も聞かずにピンク色のシャンパンを持っていってしまった。
そっちは媚薬が入っていないのに……!
私は媚薬の入ったシャンパンを持って姉を追った。
が、間に合わず姉はそのピンクのシャンパンをアーロン様に渡す。
「あ、アーロン様! こちらのシャンパンと──」
いや、シャンパンを交換してもらうなんて不自然すぎる。不自然な動きをとって、王族に媚薬を盛ろうとしていたことがバレたらそれこそまずい。
今日はもう諦めた方がいいかも……。
私が差し出したシャンパンを引っ込めようとしたときだった。
「ああ、クレア、ありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」
サッとシャンパンを手に取って一気にそれを飲み干した。
「え、」
媚薬入りのシャンパンはヴィンセント様が綺麗さっぱり飲み干してしまった。