【電子書籍化記念SS】風邪と看病
最後、微エロ注意!直接表現はありません。
「クレア……死なないでくれ……クレア……!」
ヴィンスの辛そうな声が聞こえる。
人生で一番の悲劇が訪れる瞬間のような、そんなひどく悲し気な声だった。
あれ、私って死ぬんだっけ?
ぼんやりする頭で考えて、重たい瞼を開けてみると、真っ青な顔で私の顔を覗き込むヴィンスが目に飛び込む。
「ヴィンス……」
大好きな人の名前を呼ぶと喉が痛んで声が掠れた。
「殿下、クレアはただの風邪で、命にかかわるような病気ではありません」
お姉様の冷めた声が飛んでくる。
そうだよね。たしか、私はお姉様とお茶会の最中になんだか熱っぽくてお茶会を中断し部屋に下がったのだ。
お姉様が侍女に医師の手配の指示を出して、横になって待っている間に眠っていたみたい。
「風邪でも拗らせれば死ぬことはある」
「たしかにそうですが、クレアの熱はそれほど高くありません。一日休めばよくなるって医師は言っていました」
お姉様は「というか、殿下も一緒に医師の説明を聞いていたではありませんか」と突っ込んでいた。
「ヴィンス。心配してくださったのですね」
「ああ。ひどい熱ではなくてよかったよ」
心配してくれる気持ちは素直に嬉しい。
そして、ふと窓を見る。
「あれ? 外が暗いですね」
「もう夜だからね」
もう夜だと聞いてびっくりした。思った以上に長い時間眠っていたらしい。
「お、お姉様! こんな遅くまで付き合わせてごめんなさい。もう、大丈夫だから」
お茶会だけなら夕方で帰ることができたはずだった。
「いいのよ。クレアに一声かけてから帰りたいって思っただけだから。それにこの時間なら執務を終えたアルノルト様と一緒に帰ることができるし」
「ありがとう、お姉様」
「いいのよ。元気になったらまたお茶会をしましょうね。お大事に」
お姉様はアルノルト様のいる執務室に行くと言って別れを告げた。
「クレア、食欲はどうだい? 熱冷ましの魔法薬があるけど、できれば何か食べてからの方が……」
「うーん……」
正直何か食べたいような気分ではない。
「果物とかはどう?」
「あっ果物なら……」
私が「バナ……」と食べられそうな黄色の果物を言おうとしたら、ヴィンスに「リンゴはどうかな?」と被せて言われた。
「ごめんね、クレア。最近仕入れを止めている果物があって……」
「そうですか。リンゴ、食べたいです」
仕入れを止めている果物については身に覚えがあったし、リンゴと言われたら、風邪のときはリンゴの方が良いような気がしてきて、リンゴの口になってきた。
ヴィンスが侍女に指示を出すとすぐに食べやすいサイズに切られたリンゴが運ばれてくる。
ベッドに簡易テーブルが設置され、私はヴィンスがフォークに手を伸ばしたので、慌ててヴィンスよりも先にフォークを取った。
「自分で食べられます」
なんとなく「あーん」をされそうな予感がしたので先手を打った。
「残念」
どうやら私の予想は合っていたようで、ヴィンスは軽く笑っていた。
「風邪ならうつしてしまうといけないので、もう一人でも大丈夫ですよ」
熱っぽさや怠さはあるが、そこまでひどくない。
用意してもらったリンゴもたくさんではないが一応食べることができた。
「前に熱が出たときはお見舞いにすらいけなかったから、今回はしっかり看病してあげたいんだ」
前に熱が出たときというのは前世を思い出した時のことだろう。
「あのときもお見舞いのお花はいただきましたよ」
「本当は直接お見舞いの言葉を言いに行きたかったんだ。でも王宮を抜け出そうとしたら、アルノルトに捕まって、使節団も来てる時期だったから無理だった……」
「そうだったんですね」
そんなことがあったのは知らなかった。あのときもヴィンスは私を心配してくれていたんだと知って嬉しくなる。
「だから、今回は私がクレアにしてあげられることがあればやってあげたい」
「ヴィンス……!」
私がヴィンスの気持ちに感動しているとヴィンスは私の頭を抱き込み顔を近づける。
ヴィンスの綺麗な顔が間近にあってドキドキする。風邪のせいもあって私の顔はいつも以上に熱を持つ。
「魔法薬も私が飲ませてあげるし、清拭も私がしてあげる」
そう言って、テーブルにあった魔法薬の蓋を片手で外して、私を抱き込んだままその魔法薬を口元に近づけた。
「っ!?」
私はヴィンスの発想にギョッとして、すぐに魔法薬を取り上げて飲み干した。
「ま、魔法薬は自分で飲めますし、清拭は侍女にしてもらいます……!」
私が勢いよく言うとヴィンスはやはり「残念」と言って軽く笑う。
「か、揶揄わないでください……!」
顔を真っ赤にして言うとヴィンスに「本心だよ。あわよくばしてあげたかった」と言われてドキリとした。
それから一度ヴィンスには部屋を出てもらって侍女に清拭をしてもらい着替えをした。
「寝られそう?」
ヴィンスも寝支度をしてきたらしく、寝衣姿で現れた。
「大丈夫ですよ。ヴィンスも今日はもうお部屋で休んでください」
薬が効いてきたのか身体は楽になってきた。
「何言ってるの。今日はクレアの急変に備えて一晩中クレアと一緒にいるつもりなんだから」
ヴィンスはそう言って私の入っていたベッドの中に入り込んでくる。
「えっ!?」
私の王宮で用意してもらったベッドは二人どころか三人くらい余裕で寝られる大きなものだけど、そんな展開は想定していなくて、びっくりするくらい大きな声を出してしまう。
「病人に何かしたりなんてしないよ。でもさ、熱があるときは誰かと一緒の方が安心するだろう?」
ヴィンスは私の横に転がって手を握りしめる。
甘えてはいけないと思いながらも、ヴィンスの気遣いに私の心はポカポカした。
「暑い? 寒い?」
「す、少し……寒いです」
「じゃあ、しばらくこうしてるね。暑くなったら氷を用意するから言って」
背中を優しくさすられ、心地よい眠気に誘われる。
だけど私は一つ気になることがある。眠る前に言っておきたい。
「ヴィンス……あの……」
「ん?」
「今日はお風呂に入れていないので、あんまり近づかないでください……」
身体は拭いてもらったが、お湯に浸かれていないし、髪の毛も洗えてなくて色々気になる。
と思って、言ったのが失敗だった。
「あ、本当。クレアの匂いがいつもより濃くて、たまらないね」
ヴィンスが首元に顔を近づけるスンスンと匂いを嗅いだ。
「ひぅっ……!」
私は慌てて身を引きヴィンスから距離を取る。
「近づいちゃだめって……!」
「ああ、ごめん。つい、良い匂いにつられて」
匂いのことを言うのはやめてほしい。
ヴィンスの嗅覚はおかしい気がする。
「それに、あんまり近いとドキドキしちゃうので……」
好きな人と同じベッドにいると……
「そうだね。私もあんまり近いとキスしたくなる」
ヴィンスが私と同じことを思っていてびっくりした。だから私は素直に気持ちを言う。
「私もキスしたくなちゃいます……」
「いや、私はしてもいいって思ってるけど、クレアは気になるよね」
看病してもらって風邪をうつしちゃうなんて最悪だ。だから私はコクリと頷いた。
「でもさ、治ったらいっぱいキスしようね」
「はい……」
ヴィンスはそう言うと優しく微笑み、再び私の背中を優しく撫でる。
するとすぐに私は眠りの中に堕ちていく。
◇
ヴィンスの看病の甲斐あって、翌日にはすっかり熱は下がっていた。キスを我慢しただけあって、ヴィンスにうつした、ということもなかった。
二日後に医師から、もう大丈夫、というお墨付きをもらい、ヴィンスに看病のお礼を言いにいくと「お礼ならもっと甘いものがほしいな」と言われてベッドの中に引きずれ込まれた。
「いっぱいキスするって約束だったよね?」
そう言われ、とんでもないところに唇を当てられ「それはキスって言わないぃぃっ……!」と私は甘い叫び声を上げる羽目になったのだった。
おかげさまで、明日(2025/8/18)から電子書籍が配信開始になります。
今回は先行配信や特典はなく、各サイト一斉に配信開始です。
※書籍はTLジャンルの作品になるためご注意ください!
ヴィンセントが黄色の果物の仕入れをやめた理由については書籍の書き下ろしにありますので、併せてお読みいただけると、より一層クスッと笑える仕上がりになっているかと思います。
書籍の詳細は活動報告に載せております。
この後書きをもう少しスクロールしていただくと活動報告に飛べるようリンクが設定してありますのでよければポチッと…!書籍の方もぜひぜひよろしくお願いします!
お読みいただき、ありがとうございました。




