15【番外編】侍女からのプレゼント①
ご好評につき番外編!たぶん3話くらい続きます。頑張るけど、毎日更新できるかはわかりません!
とりあえずヴィンセント視点から。
ストーカー注意!勘違い注意!ヒーローは話聞かないので苦手な人はブラバを!
「ははうえ! わたし、おおきくなったらははうえとけっこんしたいです!」
四歳のとき、教師に結婚という言葉を教えてもらい、私は母に想いを伝えた。
母は西の国の王女だった。王子である自分はお姫様と結婚する。母は正真正銘のお姫様だったわけだから、母と結婚しよう。
四歳の私は結婚について考えて、そう結論を出した。
「ヴィンス、大きくなったらあなたにも、あなただけのお姫様が現れるわ」
そう言って母には結婚の申し出を断られた。
そして迎えた十歳の茶会。この子が私の結婚相手になるのかと冷めた気持ちでお茶を飲む。
綺麗なご令嬢だった。だが、お姫様ではない。
現実はこんなものかと彼女との交流を続けた。だがある日、本物のお姫様を見つけてしまった。
「いるじゃないか、お姫様……」
失言だった。結婚相手になるマリアンヌの前で言って良い言葉ではなかった。
だが、マリアンヌは私の失言に喜んだ。
そこからはマリアンヌと結託し、トントン拍子で事を運んだ。
クレアとは順調に交流を深めてそのまま結婚するはずだった。それなのに……
クレアの前ではずっと優しい王子様でいてあげたかったけどクレアに言われた言葉によって私の仮面はあっさり壊れた。
あんな言葉を言わせてしまうほどクレアを不安にさせていたのかと思うと自分自身に腹が立った。
マリアンヌからクレアの様子は聞いていたから一刻も早くあの女を排除したかった。
だが結局、あの女を排除するよりもクレアからの死刑宣告が先だった。
その言葉によって、私が長年隠し続けてきたクレアに対する凶悪なほどの執着は一気に膨れ上がり、仮面を被り続ける余裕は消えた。
――たとえ心が手に入らなくても、クレアのことは絶対に逃さない……!
私の部屋に閉じ込めてもう二度とあんなこと言えないようにしなくては。その一心で、何度もダメだと言うクレアの身体を無理矢理暴こうとした。
私はどうやらサディスティックな一面もあったようで、クレアのひどく怯える顔を見たらさらに興奮した。
この可愛いお姫様を穢して、壊して、私だけの姫にしたい。
そんなどろどろとした想いを抱えてクレアを見つめた。
「王子様……」
クレアがポツリと呟いて、ぽろぽろと涙を溢していた。
知ってる。クレアは私が王子様だから好きだってこと。身分のことではない、態度のことだ。
私が徹底してクレアの前で王子様然とした態度を貫いてきたからクレアは私のことを好きでいてくれた。
でも、もう無理なんだ。私の仮面は壊れた。
だからクレアに告げた。
「クレア……。愛しているから、離せないんだ。もう、止めることはできない。君の優しい王子様ではいてあげられない。無理矢理君のことを奪う私を許してくれ……!」
すると、なぜかクレアは許すと言って私の全てを受け入れてくれた。
泣きそうだった。
私を見つめるクレアの綺麗な紫の瞳が今までとは全く違った。愛おしいと言わんばかりの目で見つめられて、私の胸は熱くなる。
何度も強引に奪ったクレアの唇に深く深く口づけすれば、クレアも懸命に私に応えようとしてくれる。
想いの通じ合った口づけは最高に気持ちよかった。
クレアに私のどろどろとした想いまで全てを受け入れてもらえて、少し正気を取り戻す。これ以上無理矢理はしたくない。
そう思ったときだった。
「ヴィンス……、お願い、抱いて……?」
私はクレアの名前を呼んで、クレアを抱いた。
心も身体も満たされて最高な気分だった。
そして、私はクレアに愛されてようやく落ち着きを取り戻した。
童貞だった私がクレアの甘い身体を覚えてしまったのは良くなかった。
もう一度クレアの甘い身体を蹂躙したいと思ってしまう。だけどクレアも初めてだったんだ。これ以上はだめだと必死にかき集めた理性でなんとかそれは我慢した。
だから代わりにクレアの下着だけはもらうことにした。
翌日、侍従長から父である陛下に報告がいき、陛下からは激しく叱責された。だが盛大に叱られても結婚式が半年前倒しになったので、私は軽快な足取りで陛下の執務室を出た。
後になって思った。あのときのクレアの変わり様は裏でマリアンヌが糸を引いていたのかもしれない。直接マリアンヌに確認したが、彼女にはしらを切られた。
まあ、いい。愛しのクレアと心から結ばれて最高の気分だから。
◇
「はぁー、騎士様もいいなぁ!」
クレアがポツリと小さく呟いたその台詞に、再び被ることができた王子様の仮面にピシリとひびが入る。
今日はクレア付きの侍女からクレアに月のモノがやってきたと報告を受けた。
私との子が出来ていなかったのは大変残念だが、とりあえず今はクレアの身体が心配だから痛みを緩和する魔法薬と温かいハーブティーを用意してクレアの部屋へ急いだ。
そしてクレアの部屋をノックしようとしたそのとき、すでにメイドがクレアにお茶を用意して部屋を出ようとしていたようで、開いた扉の向こうから、クレアのそんな声が漏れてきた。
「騎士だって……?」
自分の顔が引き攣るのがわかる。
が、とりあえずひびの入ってしまった仮面はそのまま被ったままに、開いた扉の向こうからクレアに声をかける。
「クレア、体調はどう?」
クレアはソファで本を読んでいたのかそれをパタンと閉じて、こちらを向いてパァッと顔を明るくした。
「ヴィンス! 平気です。みんな心配してくれていますが、今日も休まなくても良いくらい元気なんですよ」
クレアは明るく振る舞うが顔色はいつもよりも青白い。
「クレア、明日は孤児院への慰問の予定が入っていたが、予定をずらしたって良いのだからね」
無理をしてほしくなくてそう言った。
「先月子どもたちに美味しいお菓子を用意していくと約束してしまったので予定はそのままで大丈夫です。心配なら明日ヴィンスのところへ顔を出して元気な様子を見せてから出発しますから」
「……わかったよ。とりあえず、今日はゆっくり休んで」
私はクレアの頭に口づけを一つ落とし、ハーブティーと魔法薬をテーブルの上に置いて部屋を出た。
そして、クレアの明日の孤児院訪問の護衛騎士の確認を急ぐ。
「よし、大丈夫だ」
クレアの護衛や影には基本的に女性騎士をつけているが、たまに休みなどで代わりに男の騎士がつくことがある。
私が一緒についていってあげられれば良いのだが、王太子である私が一つの孤児院だけ訪問するのは贔屓にしているようで良くない。
定期的に孤児院へ慰問しているクレアも一ヶ所の孤児院に集中しない様、気を遣いながら公平に王都内の複数の孤児院を訪問するようにしている。
私は他の公務があるのでそこまでの手は回らない。だからこそクレアがしてくれている。
そしてもう一つ、私が一緒についていってあげられない理由がある。つい二日前に結婚式を迎えたアルノルトが結婚休暇をとっているからだ。
私がクレアと結ばれたのは他ならぬマリアンヌの協力があったからだとちゃんと理解している。だからこそマリアンヌへの礼を込めてアルノルトには結婚休暇を七日やった。
私の側近であるアルノルトが休みを取っていると必然的に私の執務が増える。
クレアとの時間を取ることが忙しすぎて不可能になってしまった。
今日は忙しい中、少しでもクレアとイチャイチャしてクレア成分を補給しようと思っていたが、クレアが体調不良の中そんなことを強請るわけにもいかない。
クレアが何を思って騎士が良いと言ったかはわからないが、とりあえずクレアに男の騎士を近づかせないように気をつけよう。
そう思っていたのだが……。
◇
翌朝、顔色も良く元気そうだったから孤児院へと向かうクレアを見送った。
孤児院での慰問を終えた帰り、クレアを乗せた馬車が破落戸に襲われたと聞いて、全身から冷や汗が吹き出した。どういうことかと確認すると、破落戸は護衛によってすぐに捕縛され、クレアは大きな怪我もなくかすり傷だけで無事だという。
「かすり傷だと! そんなのは無事とは言わない!!」
クレアがいると言われた騎士団の医務室へ急いだ。
「クレア! 大丈夫か!?」
扉を開けると赤髪の騎士服を着た男と楽しそうに談笑するクレアがいた。
男はピンセットで脱脂綿をつまみ、クレアの額に鎮痛作用のある魔法薬を塗りながらクレアと話をしていた。
「それだけじゃなくて、だし巻きや金平もあったぞ! あそこの店主は絶対そうだって」
「えー、いいなぁ! 私もふろふき大根食べたい!!」
ダシマキ? キンピラ? フロフキダイコン?
なにやら呪文の様な言葉で楽しそうに会話する二人。
「あっ! ヴィンス!!」
私に気付いたクレアがこちらを向く。
とりあえず心の奥に芽生えた黒い感情には蓋をしてすぐにクレアに駆け寄った。
「クレア、怪我をしたって聞いたけど」
「大丈夫です。破落戸が馬車を急停車させたからそのときに馬車におでこをぶつけてしまって」
クレアの額を見ると確かに薄っすら赤くなっている。これくらいなら痕も残らなさそうだ。
「怖い思いをしただろう。可哀想に」
「ご心配をおかけしてすみません。でも、護衛の方がすぐに捕らえてくれましたし、たまたま巡回していたアシェルがそのまま捕縛した破落戸を引き取ってくれましたから、平気です」
アシェル?
「殿下、お久しぶりです。ご挨拶が遅くなってすみません。カールナー公爵家のアシェル・カールナーです。留学していた隣国から先日帰国してすぐに騎士団に復帰しました。今は近衛騎士分隊、第三班の班長をしております」
跪いてクレアの額の治療をしていた騎士服を着た男はスッと立ち上がってから騎士の礼をする。
アシェル・カールナー。
公爵家三男。クレアの幼馴染で、彼女の二歳下の現在十六歳。幼い頃から騎士見習いとして騎士団に在籍していたが、四年前に外国の騎士学を学ぶため留学した。この若さで班長、公爵家の人間ならキャリア組だろう。
私も小さな頃から彼とは面識はあったが、彼よりも彼の兄たちの方と仲が良かったため、彼のことはあまり知らない。
そして昔からクレアを慕って懸想しているように見えたが、四年前など相手は十二歳。背も低く言動も子どもで幼すぎて敵ではないとそれほど警戒もしていなかった。そこへきて隣国への留学でアシェルの存在など完全に忘れていた。
しかし、立ち上がって騎士の礼をするアシェルは、割と背の高い方である私よりも背が伸びていて、幼かった顔立ちは完全に男の顔になっていた。
何を焦ることがある、相手は私より四つも年下の子どもじゃないか。
「ああ、アシェルだったんだ。久しぶりすぎて誰かわからなかったよ。大きくなったな」
「はい、殿下を見下ろす日が来るとは思いませんでした」
「……」
私のこめかみに薄っすらと青筋が立つ。
「アシェル、不敬よ」
クレアがすぐに窘めるが。
「大丈夫だよ、クレア姉さん。殿下は優しくて寛容だからこんなくらいで怒ったりしないよ」
「ヴィンスは確かに優しいけれど……」
このクソガキ……!
私が優しいのはクレア限定なんだよ。だがそんな素振りをクレアの前で出すわけにはいかない。
「ははっ、それよりすごく楽しそうだったけど、二人で一体なんの話をしていたんだい?」
「えっ!? えっと……」
クレアは気まずそうな顔をした。
え、私に聞かせられない話なのか。
「内緒です、殿下」
アシェルはにっこりとそう応えた。
一体なんなんだ。この男いちいち腹が立つ。
「へぇ、いいよ。クレア、治療が終わったなら部屋まで送るよ」
大人の余裕を見せるように深くは追求しない。
「それでは殿下、失礼します。クレア姉さん、またね!」
アシェルは薄ら笑いを浮かべて退室していった。
何がまたね、だ。ムカつく奴。
◇
「で、クレアはアシェルとどんな会話をしていたんだ?」
「お二人は何やら城下町の仕立て屋や弁当屋の話をしていたようなのですが、途中から異国の言葉のような聞いたこともないような言葉の応酬となり、会話についていけませんでした。申し訳ございません」
「ふーん、異国の言葉ねぇ」
私はクレアを部屋に送り届けてからすぐにクレアについている影を呼び出した。
私が医務室に入ったときに聞こえてきた会話も、ダシマキ……など聞いたことのない言葉だった。影の言うことと同じだ。
結局影に確認しても二人は仕立て屋と弁当屋の話をしていた、ということしかわからなかった。そんなこと私に隠す必要があるか?
「クレアとアシェルが接触したら逐一報告しろ」
「はい」
一体二人の間に何があるというのだ。
昨日、クレアがポツリと言った「騎士も良い」という発言。
近衛騎士をしているアシェルとクレアの内緒話。
この二つが合わさって、私の心の奥にどろどろと仄暗い感情が少しずつ溜まっていく。
そしてアルノルトの休みによって私が激務になった五日間で二人は急激に距離を縮めていた。
影の報告によると二人は毎日顔を合わせては会話をしているらしい。
それもやはり影には理解できない言葉での会話。私は忙しすぎてクレアに会うことができない日だってあるのに。この五日間で私のイライラは最高潮に達していた。
◇
そしてアルノルトの休暇が明けて側近として戻って三日、私の苛立ちは変わらなかったが、仕事の方はようやく落ち着いてきた頃だった。
「殿下、大変です! クレア様がアシェル様から何かを受け取っています!」
「なんだと!」
影が報告しにきてくれた。
くそ、アシェルの奴め!
ついにプレゼント攻撃まで仕掛けてきたか!
それを受け取るクレアもクレアだ。
他の男からのプレゼントを受け取るなんて許さない!!
「今どこにいる!?」
「別棟への渡り廊下の手前です!」
「近いな、すぐに行く!」
言われた場所まで走って行くと、クレアとアシェルはまだ二人で会話をしていた。
「本当にありがとう! 私、ずっと王子様が好きだったけど、最近王子様より騎士様の方が好きかもって気付いちゃったんだ! 嬉しい、大事にするね!」
王子様より騎士様の方が好き……?
私よりアシェルの方が好きってことか……?
私の被っていた仮面は完全に壊れた。
そんなことは許さない……!
お読みいただき、ありがとうございました。




