12 優しい王子様が好きだったけど
ヴィンスが私の腕を引いて、王宮の廊下を奥へ奥へと進んでいく。
「えっ、ヴィンス!?」
戸惑う私を無視してズンズン進む。そして辿り着いた。きっとここはヴィンスの部屋。
ヴィンスは私を放り込むように乱暴に部屋の中に入れる。
これはまずい。ヴィンスに引っ張られ流されるままにここまで来てしまった。
「ヴィンス……こういうのは結婚してから……」
「ダメだよ。またクレアが婚約解消なんて言い出したら私は生きていけない。二度とあんなこと言わないようにしっかり身体を繋げないと」
やばい。目が本気だ……。
いつもの優しい王子様の目なんかではない。
「ヴィンス……! ヴィンスは王族ですし、私も貴族令嬢です。順序というのを守らないと……!」
とにかく私は必死で説得を試みる。
「私たちはどうせ結婚するんだから、今、初夜を済ませたところで何も問題はないよ」
思いが通じ合って嬉しいけど……何かが違う。
ヴィンスはこんなに私の意思を無視する人じゃないはずだ。
媚薬を二回も飲んでしまった時でさえ、私の意思を汲んで純潔を奪おうとはしなかった。
それなのに……。
なんだか言葉の通じない獣を前にしているような心地になる。怖い。
「きゃっ……!」
どうやってこの場を切り抜けようかとあれこれ考え逡巡していると、ヴィンスはいつの間にか私を奥のベッドの上に転がしていた。
ヴィンスはベッドのサイドテーブルの引き出しから何かをカチャカチャと取り出した。
私はそれを見て目を大きく見開いた。
「ヴィ、ヴィンス……そ、それ、ナンデスカ……?」
「ん? 手枷だよ?」
ヴィンスは当たり前のような笑顔で応える。
なんでそんなものがベッド横のテーブルの引き出しに入っているのか。
逃げなきゃと思ったときにはもう遅い。
カシャン、カシャンとヴィンスは私の両手首にそれを嵌めて、ベッドのヘッドボードに括り付けた。
「なん……で……?」
「クレアが逃げないようにね」
嫌だ……! こんないつもと様子の違うヴィンスは嫌。
「っ!」
私が何か言う前にヴィンスは口づけで私の口を塞ぐ。
なんだかんだで好きな人からのキスに私の頭はくらくらしちゃう。
ヴィンスは私のドレスを脱がせようする。
「だ……だめです……」
私は涙目で訴える。それでも彼は止まらない。
「ああ、可愛い私のお姫様。今夜、君は私に味わい尽くされ、汚されるんだ……」
彼は怯える私を楽しそうな顔をして見下ろしていた。
優しい王子様なヴィンスが好きだった。
いつも私を甘やかしてくれて、爽やかな笑顔を見せてくれるヴィンスが大好きだった。
私の好きな人は変わっちゃったんだ……。
私が、婚約解消なんて言い出したから……。
「王子様……」
堪えていたけど限界だった。
私の目から涙が溢れ出た。
ヴィンスはそれを見て、傷付いたような顔をして、くしゃっと顔を歪ませた。
「クレア……。愛しているから、離せないんだ。もう、止めることはできない。君の優しい王子様ではいてあげられない。無理矢理君のことを奪う私を許してくれ……!」
ヴィンスがそう言ったとき、私の心臓がドクンと強く鼓動した。ヴィンスの台詞を聞いて、私は身体に雷が走ったかのような心地になる。
私は今、きっと驚愕に満ちた顔をしているだろう。
「え、?」
ついさっきまで怯えていた私が突然驚いた顔をして、ヴィンスの方も戸惑っている。
だって……だって……。
ヴィンスが闇堕ち魔王様(姉から借りた小説の登場人物)と同じ台詞を言うから。
小説では牢屋で鎖に繋がれたお姫様に対して闇堕ちした魔王様が言うので、全然シチュエーションは違うけど、でも台詞は全く一緒だ。
ちょっと仄暗いストーリーだったけど、すごくすてきな物語だった。あの魔王様と囚われたお姫様の関係も少し歪だけど悪くない。
私はなんてバカだったんだろう。
あれだけヴィンスのことを好き好き言っておきながら、優しい王子様なヴィンスじゃないと好きじゃないとか最低だ。
ヴィンスはヴィンスだ。王子様だから好きなわけじゃない。優しい王子様じゃなくても好きな気持ちは変わらない。
恐怖心ばかりで忘れていた気持ちを思い出した。
大好きな人に囚われるなら本望だよね。
だから私は微笑んでお姫様と同じ台詞を言う。
「許します。今のままのあなたでも私の王子様なのは変わらない。あなたに全てを捧げるから、あなたも、あんなことを言った私のことを許して……!」
小説と同じ台詞だけど、私も心からそう思っている。
ヴィンスは一瞬目を見張り、泣きそうな顔をして私を抱きしめる。
「許すよ……クレアっ!」
「ヴィンス……」
ぎゅーっときつく抱きしめてから、両手で私の両頬を掴んで思いっきり深く口づける。
ヴィンスのキスはずっと気持ち良かったけど、ヴィンスへの想いを自覚してからのキスはもっと気持ち良い。
もっともっとと強請るようにお互いに食べ合うような口づけをする。
好きだと思うともっと欲しくなる。ヴィンスの全てが欲しくなる。
もうドキドキが止まらない。それどころかもっとドキドキしたい。
少しだけ口を離して素直に思ったことを口にする。
「ヴィンス……、お願い、抱いて……?」
「クレアっ……!!」
ヴィンスは泣きそうな顔をして再び私を強く抱きしめた。
◇
今度こそしっかりと想いの通じ合った私たちは、甘く深く交わった。
ヴィンスは何度も私の名前を呼んで、「すき、好きだ、愛してる」と言ってくれた。
そして「酷くしてごめん」とも言っていたけど、ヴィンスのことが好き好きゾーンに入ってしまった私は「ヴィンスになら酷くされても好き」ととんだドM発言をしてしまった。
そのせいか随分と激しい時間を過ごしてしまった。
そして今、また「酷くして本当にごめんね」と手枷の鍵を外して、私の両手首の拘束を外してくれた。
ようやく両手が自由になった私は、少し息を整えたら、今度は私からヴィンスにきつく抱きついた。
「ようやくヴィンスに抱きつけます!」
そんなことを言ってみれば、ヴィンスは額に手を当てて「はぁー」と言って天を仰ぐ。
え、また変なこと言っちゃった?
「もうさ、かわいいこと言うのやめてよ。酷いことしちゃったから、今度はこんなことないようにクレアのこと大事にしたいんだからさ」
かわいいと言われたことと、大事にしたいと言われたことで、私は顔を赤くした。そして素直に思ったことを伝える。
「ヴィンス、うれしいです」
私がにっこり笑ってそう言うとヴィンスはさらに深いため息を吐いた。
お読みいただき、ありがとうございました。




