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10 聖女の嘘

 ふぅ、非常に危ないところだった。

 今日はもうこのまま逃げ──


「クレア、会場に戻るのは嫌かもしれないが、君にも関係があるから一緒に来てくれないか?」

「え……」


 もしかして、隣国の王太子殿下を迎えたところで断罪!?


「青い顔をしているけど、クレアにひどいことなんてしないよ?」


 先ほど私を拘束して同意もなく裸に剥いた人に言われても説得力がない。

 だけど、公の場にヴィンスと一緒に出ることを断ることはできない。


「わかりました」


 私は差し出されたヴィンスの手を取って会場に向かう。



 向かう途中で、頬を布で押さえた衛兵がいて、ヴィンスが声をかけた。


「どうした?」

「王宮のすぐ外に酔っ払いがいたもので、取り押さえたのですが、相手が暴れて頬を怪我してしまいまして、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


 衛兵が布を外すと頬がスッパリと切れていて血が垂れている。


「いや、ご苦労だった。ちょうど良い。そのままで良いから君も来てくれ」

「え? あっ、はいっ!」


 突然呼ばれた衛兵は戸惑いながらもヴィンスについて会場に入った。



「ヴィンセント!」


 会場に入ってすぐ、ヴィンスに負けじ劣らず王子様な男性がやってきた。


「ルーファス、久しぶり」


 ルーファスといえば、メッテルーナの王太子殿下だ。私は初めて会ったけど、ヴィンスは呼び捨てで呼んでいるから、それだけで仲が良いというのがわかる。


「遅いよ、ヴィンセント! 人のこと呼びつけておいて」

「良いところだったのにタイミング悪いんだよ」

「良いところ? 人のこと待たせて何してたのさ」


 ちょ、それをここで言わないで!!


「あ、クレアちゃん!? 初めましてー! 僕はメッテルーナ王国、王太子のルーファス・エルド・メッテルーナ。よろしくね」


 私を見つけたルーファス殿下はすごい軽い挨拶をしてきた。

 私は慌てて姿勢を正した。


「メッテルーナ王国の王太子殿下にご挨拶を。お初にお目にかかります。私、クレア・ディ──」

「よろしくしなくて良い」


 挨拶の途中だったのにヴィンスに遮られた。

 ヴィンスはルーファス殿下から私を隠すように、ルーファス殿下と私の間に入り込んだ。


「は? ただの挨拶だろう?」


 私も同じことを思ったが、ルーファス殿下が口に出してくれた。


「クレアの中の王子様は私一人で十分だ。他の王子など知らなくて良い。馴れ馴れしくクレアの名を呼ぶな。ディストラー公爵令嬢と呼べ」


 ん?


「あー、はいはい。婚約者のこととなると本当狭量だね」


 私はよくわからないけど、ルーファス殿下は納得しているようだから良いのかな……?



 会場に戻ってきたヴィンスに気付いたアイリーン嬢は「あっ、戻ってきてくれたんですね!」とまたすり寄ろうとしてきた。


「ヴィンセント王子様! ルーファス王子様が私の頑張りを見にわざわざメッテルーナから来てくれたんですよぉ!」


 間延びした腹の立つ喋り方で、王子様に構われて私モテモテー! って感じが滲み出ている。



「ふっ、じゃあ、アイリーン嬢、さっそくメッテルーナからわざわざ来てくれたルーファスに君の頑張りを見せてあげてくれないか?」

「え?」


 ヴィンスは先ほど頬に傷を負った衛兵をアイリーン嬢の前に立たせた。

 衛兵は若そうな男性ではあるが、すごい強面なタイプだ。


「この衛兵、先ほど頬に怪我をしたから、君の癒しの力で治してあげてくれないか?」


 さっきまでニコニコしていたアイリーン嬢の顔が引き攣った。


 ヴィンスが「さあ」と急かすとアイリーン嬢はしぶしぶ「わかりました」と返事をした。


 アイリーン嬢が衛兵の頬の傷に手をかざすとヴィンスがすかさず追い打ちをかける。


「君、良かったね。この聖女様は癒しの力を使うのに傷に口づけをして癒してくれるらしいよ」

「く、口づけ!!?」


 衛兵は歓喜の声を上げ、ウキウキと鼻の下を伸ばした。アイリーン嬢は予想外の言葉に「えっ!?」と声を漏らす。

 皆がアイリーン嬢に期待の目を向ける。

 アイリーン嬢はしまったという顔をしている。


 ヴィンスは再び「さぁ」と声をかけ、さらにアイリーン嬢を急かす。

 アイリーン嬢は目を瞑って、嫌そうな顔をして、衛兵の頬の傷に顔を近づけたが……


「やっぱり無理!」


 首を振って、衛兵の傷口に手を当てた。

 手を当てると頬が一瞬ぽうっと光り輝いた。


「キス……しなくても治療できるように練習しました」


 ヴィンスはアイリーン嬢に白い目を向けて「へぇー」と深くは追求しなかった。

 口づけしないと癒しの力を使えないというのは嘘だったのだろう。


 ヴィンスは「それより……」と会話を続けた。


「彼の頬の傷全く治ってないよ」


 アイリーン嬢の癒しの力により、流れ出る血が一瞬止まったように見えたけど、すぐに傷が開いて血が流れ出る。


「そんな!!」


 アイリーン嬢は焦って再び癒しの力を衛兵にかけるが、何度やっても結果は同じだった。



「君、悪かったね。この治療薬を……」

「えっ、キスは? あ、はい。ありがとうございます」


 ヴィンスは衛兵に治療薬の薬瓶を渡して、衛兵は敬礼して退場していった。



「あーあー、ヴィンセントから連絡を受けた通りアイリーン嬢が聖女の力を失ったというのは本当だったんだね」


 ルーファス殿下は残念そうというよりも呆れたような表情でアイリーン嬢をチラリと見た。


「そ、そんなぁ! だって、昨夜から今朝にかけて、魔法花の開花に合わせて癒しの力を注ぎ込む実験をしたときは、宮廷薬師さんもヴィンセント王子様も、ちゃんと私が癒しの力を使ったのを見ていたはずです!」


 私はピクリと眉を動かした。

 昨夜のことはヴィンスの言う通りだった。アイリーン嬢はわざと紛らわしい言い方をして私のことを揺さぶっただけだった。


「うん、見てたよ。君の持つ癒しの力は微弱になっていて、君はそんな力が弱くなったのは初めてだったからか苦しそうにしながらなんとか頑張って魔法花に力を注いでくれたよね」

「そうですよぉ。大変だったけど、頑張ったんですぅ」


 優しくフォローしていたように見えたヴィンスだが、急に冷めたような声に変わる。


「だけど、君は聖女として、してはいけないことをした。だから、聖女としての力を完全に失った」

「そんなことないです! ちょっと調子が悪いだけなんです! だって、ほら、クレア様が私のことをいじめるから」


 は? この期に及んでこの女はまだ言うか。

 みんなの視線が私に向く。


「アイリーン嬢……? クレアが君に何をしたのか教えてくれる?」


 また……ヴィンスはアイリーン嬢を……?


 そう思ったが、ヴィンスはそっと私の手を握った。大丈夫だから。そう言っているような気がした。


「クレア様は王宮で私を見つけるたびに近づいてきて、暴言を吐いたり、外庭で会ったときなんて、そばにあった掃除バケツでお水をかけられたこともありました!」


 よくもまぁ、こんなに嘘がペラペラと次から次へと出てくるのね。


「あなたは、そんな姑息な手を使って聖女様を貶めていたのですね!? あなたのせいで聖女様は力を失って……」


 相変わらず神官長が私に敵意を剥き出しにする。


「クレア? 彼女の言い分に対して言いたいことがあれば言ってくれ」


 ああ、あのときもこうやって、彼女がボロを出してから私の話を聞いてくれようとしていたのかもしれない。ヴィンスが味方してくれるなら私は大丈夫。


「アイリーン嬢の言うことは全て嘘です」

「嘘じゃないわ!」


 愛らしい顔のアイリーン嬢がすごい目つきで睨んでいる。

 そんなふうに凄まれたって容赦はしないんだから!


「嘘です。だって私にはヴィンセント王太子殿下の婚約者として、常に護衛が付いていますから証人だっています」

「護衛なんて、クレア様の公爵家の人間ならいくらでもクレア様の行動を偽証してくれるんじゃないですか!?」


 そんなのは証拠になりません、とアイリーン嬢は主張した。だが、私は毅然とした態度で反論する。


「いいえ、私にはヴィンセント王太子殿下の婚約者として、護衛に王家の影が付けられているのです。彼らは公爵家の人間ではありません。私の指示で動くわけではなく、王家の指示で動いている方々です」


 そう。彼らは私に仕えてくれているわけではないから、いくら私が白と言っても、ヴィンスが黒にしたいと思えば彼らは黒と言う。

 さっきはアイリーン嬢の話を優先し、私が真実を訴えたところで冤罪を着せられるのかと早とちりしてしまった。

 ヴィンスとアイリーン嬢は愛し合った仲かと思い込んでしまっていたから。



「影よ」


 ヴィンスが一声かけるとどこからともなく黒装束に身を包んだ女性が現れた。

 いつも隠れている彼らの姿は初めて見た。


「はい」

「クレアに対してアイリーン嬢の言っていたことは本当か?」

「いいえ、クレア様はそのようなことは一切しておりません」


「なっ!」


 アッサリと否定されてアイリーン嬢は顔を真っ赤にした。

 私はちゃんと真実を伝えてもらえてホッとした。


「ちなみに、少し前にクレア様が口汚く罵って、突き飛ばしたというお話もありましたが、そのようなことも一切ありませんでした。全て陰から見ておりましたので間違いありません」

「そうか、ご苦労」


 影と呼ばれた女性はそれだけで消えてしまった。


「そ、そんなの嘘です!」

「アイリーン嬢。王家の影の発言を嘘とするなら、このツヴァイベルク王家を敵にという意味で受け取るけど……?」


 ヴィンスの発言にたじろいだアイリーン嬢はルーファス殿下の方を向いて助けを求めた。


「聖女としての肩書きが無ければ君はメッテルーナ王国のただの男爵家の令嬢だ。聖女でもない君を庇い立てして、隣国と争いごと起こすつもりはないよ」


 アッサリとルーファス殿下からも見捨てられた。


 メッテルーナは国力的には我が国ツヴァイベルクと変わらない対等な関係を築いている。メッテルーナの男爵家の令嬢であれば、ツヴァイベルクでも下級貴族と同じ位となる。


「ただの男爵家の令嬢の君が公爵家の令嬢、ましてや他国の王太子の婚約者に冤罪を掛けようとしたなんてね。とんでもない国際問題だ。さぁ、別室で処分について話し合いでもしようか」

「そ、そんなのいや!!」


 アイリーン嬢は会場から逃げ出そうと走り出した。


「衛兵!」


 すぐにヴィンスの声に反応した衛兵に阻まれる。


「連れて行け!」

「はっ!」


 アイリーン嬢はぎゃあぎゃあと騒いでいたが、衛兵に連れられて会場から追い出された。




「で? 代わりの聖女様、連れてきてくれたんだよね?」

「契約だからね。ちゃんとご要望に沿った聖女様を連れてきたさ。マーサ!」


 ルーファス殿下が女性の名前を呼ぶと聖女服を着た白髪頭の初老の女性が会場に入ってきた。


「ツヴァイベルクの皆様、我が国の聖女が大変失礼いたしました。代わりの聖女、マーサを使節団のメンバーに迎え入れますので、丁重に扱っていただくようお願いします」


 穏やかそうなこの初老の女性が聖女らしい。


「どうぞ、よろしくお願いいたします」


 さっそく宮廷薬師長が新しい聖女様をもてなそうとエスコートしにいくと、どうやらもともとは平民らしく作法も知らないから恥ずかしいと恐縮していた。

 成人済みの息子もいるらしく、もうすぐ孫が生まれるとニコニコと話をしており、可愛らしいおばあちゃんに見えた。

 アイリーン嬢のときのような問題は起こらなそうな聖女で良かった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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