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海はおいしい…!

 昼食は海に着いたからといって、いきなりお刺身とはいかないだろう。

 お魚を頻繁に食べる習慣のない人たちに生魚はハードルが高い。

 昼食にはフィッシュアンドチップスにしたいと考えていたら、メイ伯母さんは素敵なレストランを貸し切りにしていた。

 醤油の限定醸造を許されたメイ伯母さんは、ぼくが作り方を教えていなかったのに、緑の一族に伝説的に伝わっていた数々の寿司を再現していたのだ。

 これは嬉しい誤算だね。

 生魚は安全に処理できるように、専用の魔術具を父さんに発注して制作してもらったので、握りずしは超高級な価格になっていた。

 そうは言っても、苦手なネタを無理して食べなくてもいいように、ビュッフェ形式の会食になった。

 名目上はハルトおじさんもウィルも一般観光客なのだ。

 給仕がいなくても問題ない。

 みんなは巻きずしや稲荷ずしには手を付けるのに、生の魚にうろたえて、なかなか手を伸ばさない。

 マグロ、サーモン、しめ鯖、イクラ、なんと、イカとタコもあった。

 メイ伯母さんは実物を見せないうちに食べさせる作戦に出たようだ。

 寿司を食べるのに作法なんか、ぼくは気にしない。

 すしは御馳走だ。

 運動会の巻きずしも、部活の後の回転ずしも、ぼくの中では御馳走だ。

 お子様ランチのエビフライは最後に食べるけど、すしネタは最初に一番好きなものを食べるのが好きだ。

 はじめはマグロの赤身から。

 みぃちゃんがぼくの口元をじっと見ている。

 山生まれ山育ちなのにマグロの魅力がわかるのかな。

 メイ伯母さんが中落をガラスの皿に盛ってみぃちゃんに差し出した。

 ぼくはみぃちゃんと見つめ合って同時にかぶりついた。


 ……う~~~~ん!これぞお寿司!


 口の中でとろける大トロも好きだが、ぼくのB級舌は最初の一皿はトロより赤身でマグロを堪能するのがお約束なのだ。

 このねっとりとした触感と独特な香り、酢飯がそれをすべてまとめてくれている。

 控えめに言って最高だね。

 次はタコ。

 淡白な口当たりで、あとから噛むほど溢れてくる旨味が酢飯の味と合わさる。

 お口の中のハーモニーをたのしんでいるうちに、山ワサビの襲撃がぼくの鼻を襲う。

 本わさびが一番だが、代用としては上出来だ。

 イカは隠し包丁が美しく、お子さまでも食べやすい。

 米酢の効いたしめ鯖の〆方もぼくたちの来訪にあわせて仕込んであったものだ。

 ここまで食べてから大トロにいく。

 醤油、すし飯、そしてとろける大トロの脂、後から来るわさび。

 うん。

 これを求めていた。

 ぼくは毒見と称して全種類食べたが、あまりの美味しさに目尻に涙が浮かんだ。

「メイ伯母さん。最高です!」

 ぼくが満面の笑みでメイ伯母さんを称賛すると、いつの間にかカメラを手にしたウィルに撮影されていた。

 メイ伯母さん!

 カメラはお金を出したからといって、誰にでも売っていいわけじゃないんだ!!

「売っていないわよ、この旅の記念を撮りたいからと言われたので、貸し出しただけよ。やらかしてくれたからこれで思い切り指導できるわ。ここでは公爵子息の扱いはしなくていいのですもの」

 メイ伯母さんは上品に微笑んだ。

 ハルトおじさんたちにウィルの教育的指導を頼んだのに、結果が見えてこない。

 やっぱり身内の方が頼りになる。


 ぼくの感動が伝わったのか、ハルトおじさんが大トロに手を伸ばした。

 最初にぼくが一番感動したネタをいくのか。

 それが一番美味しいのか、と気がついたウィルが続く。

「「……」」

「ああ。ああ。これを食べに、私はここに来たのだ。まさしくこのために……」

 ハルトおじさんが感慨深げにつぶやいた。

「ふふふふ。私の勝ちですね。美味しいお魚は生でも美味しいのですよ」

「ああ。負けたね。この生魚でお米を包み込んだ、この小さな握りは隠し味のスパイスと出汁の効いた醤油と出会って、美しい世界を創出している。私はこの小さな世界の味を生涯忘れることはないだろう」

 大げさな表現でハルトおじさんが大絶賛している横で、無言になったウィルは端から順に握りをどんどん食べ始めた。

 百の賛辞よりその姿が、これは美味いものだ、と他の子どもたちに伝えた。

「これは美味しい。信じられない!なんなんだ。魚ってこんなに美味しいのか!!」

「海の魚はおいしいね。」

「ああ。ぼくの好物がまた増えた。でも、海に来なければ生寿司が食べられないのか!」

 その点はぼくも改善したい。

「本当に美味しいものを食べるためだけに海まで来たのか……」

 警護の冒険者があきれたような声色でボソッと呟いた。

 レストランも貸し切りなので危険はないだろうから、冒険者の人たちにもお寿司を振舞った。

 食事代は経費に含んでいるから、心配しないでたくさん食べてほしい。

 そうして味を覚えたら、今度は自費で食べに来てね。


 お腹がいっぱいになったぼくたちは海岸まで散歩に行った。

 海水浴には海水が冷たすぎるけど、みんなと波打ち際できゃあきゃあ遊んで波をかぶるまでがお約束だ。

 シロはうまくかわしたのに、ぼくたちとみぃちゃんはずぶぬれだ。

 衣服には温度調節の魔法陣が仕込まれているけれど、濡れると冷たいし気持ち悪い。

 ぼくは掌に魔法の杖を出現させて、洗浄の魔法を全員にかけた。

「むっ無詠唱!」

「「「どうやって魔法の杖を出したの!!!」」」

「魔法の杖?」

「徹夜して開発していた魔方陣が完成したんだね」

 話についてこれないアレックスは置いておいて、ぼくは魔法の杖だけを取り出せる魔法陣を開発したけど教えてあげないよ、ともったいつけた。

 精霊神の魔法陣を解読したことは秘密にしておこう。

 暗号解読と一緒で絶対に人に教えてはいけない技術だ。

「なにかお土産になるものでも探しながら、宿に帰ろうよ」


 アレックスは軒先に干されたイカを見て、海魔獣だと騒いでいたが、さっきお寿司で食べているよ、と言うとぎょっとした顔になった。

「これがあんなに美味しいんだ」

「せっかく海に来たんだから釣りでもしたいよね」

「メイ伯母さんに頼んでみるよ」

 そんな話をしながら商店街を歩いているが、生活用品のお店ばかりでお土産になりそうなものは見つからなかった。

「なければ作ればいいんだよ」

 ぼくは牡蛎を三十個購入してメイ伯母さんの自宅に行った。

「晩御飯はカキフライにしましょうね。宿のご飯は断ってあるから、今日はみんなうちで食べましょう。ちびたちも楽しみにしているのよ」

 オイスターソースを作るつもりだったが、カキフライは魅力的だ。

「殻を工作に使いたいから先に身を取り出してもいいかい?」

「工作?肥料の実験じゃないの?」

「それは別の人に頼んだから、詳しくはハルトおじさんに聞いてね」

 メイ伯母さんは、わかったわ、と返事をすると台所で手早く牡蛎をさばいてくれた。


「お母さんに、おりょうりを教えてくれて、ありがとう」

 六才の従妹がぼくのシャツに裾を握りしめて、真顔で言った。

 メイ伯母さんは、本物のメシマズ嫁だったのか。


 古い家具を修繕するのが趣味のメイ伯母さんの旦那さんの工房を借りて、牡蛎の殻を加工することにした。

 ハルトおじさんとメイ伯母さんは牡蛎の殻を肥料にする話を書斎でしている。

 みぃちゃんはそっちについていったので、話はあとで聞ける。

 広い工房には従妹を含めた子供七人にシロと、いつもぼくたちの後ろを歩いている冒険者の三人がお目付け役としていた。

 危ない事なんかしないよ。

「そんな岩みたいな殻をどうするの?」

「裏側がとても綺麗でしょう。磨いて装飾品にしようよ」

 洗浄の魔法で殻をきれいに洗うと、従妹が魔法の杖に喜んでくれた。

「魔力奉納を頑張って、魔法学校で学んで作ろうね」

 従妹がみんなもできるのか、と見まわしたので、ボリスが焦ってぼくの発言を訂正した。

「普通の人はこんな凄い魔術具を作れないからね」

「「「「「お兄ちゃんたちも無理なんだよ」」」」」

 冒険者たちもこくこくと頷いた。


 みんなとやすりで殻を磨いていたが力を入れすぎると崩れてしまう。

 ぼくは面倒になったので、スライムを取り出してペン型の研磨機に変身するように精霊言語で伝えた。

 ガリガリガリガリガリ……。

 できた!

 形はいびつだが綺麗に輝く螺鈿の素材になった。

「その研磨の魔術具はスライムだよね」

 全員が出来上がった螺鈿の素材より、ぼくのスライムに注目していた。

 しまった。

 寮の研究室の感覚で、スライムを使ってしまった。

「カイルのスライムが特殊なだけだよ。ぼくのスライムにはできないよ」

 スライムの能力を公開できるのは、キャロお嬢様の入学後だったのにすっかり失念していた。

「カイルの装飾の腕前はスライムのはたらきもあったんだ!」

 ぼくのスライムだけ特別に鍛えたかのようにしておこう。

「錬金術を多用すると魔力枯渇を起こすから、手仕事でできることをやっているうちにスライムが手伝ってくれるようになったんだ」

「「「「「「「「「「ありえない!」」」」」」」」」」

 最初に調合を手伝ってくれた時は、ぼくだって驚いたもんな。

「まあ、できるようになったら便利だよ」

「スライムを飼育すること自体が信じられないよ」

 アレックスが帝国の入試に合格したら、今後のスライムたちの活躍を見ることができないのか。

「可愛いし、育て方によっては賢くなるよ」

 みんなの殻も磨いてあげたので、それぞれが好みの装飾品に仕上げることにした。

「それにしても、こんなごつごつした牡蛎の殻からこんなに綺麗な素材が取れるんだね」

「木材に張り付けて、筆箱とか作ってもいいし、錬金術で金属と組み合わせて指輪とかネックレスにしてもいいね」

「この商会に貴金属の取り扱いがあれば買い取りたいな」

 お小遣いに不自由のないウィルらしい発言だ。

「お母さんにきいてくるね!」

 螺鈿の素材を握りしめて従妹がメイ伯母さんのところへ走って行った。

「うわぁ。初級錬金術師の資格を取っておけばよかった」

 ボリスが残念がっている。

「錬金術なんて興味なかったから、なにも勉強してないよ」

「うん。アレックスが錬金術を勉強するイメージが湧かない」

 マークとビンスとウィルは初級錬金術師の資格がある。

 ちなみにぼくは中級も取得済みだ。

「またお前たちは何か面白いことを始めたのか」

 メイ伯母さんを呼んだのに、ハルトおじさんがやって来た。

 ぼくはハルトおじさんに加工方法を説明していると、キャロお嬢様に配慮する必要のないハルトおじさんのスライムが、ぼくのスライムの真似をしてペン型の研磨機に変身した。

「スライムは飼育者の能力次第で出来ることが違うのか!」

 あながち間違っていないような気がする。

 もしアレックスがスライムを飼ったとしても、アレックスのスライムが文字を覚える気がしない。

「錬金術の作業台がないけど、どうする気だったんだ?」

 ぼくは背負っている鞄からごそごそ出すふりをして、ポーチから取り出した。

 ポーチは本体が少しでも入り口に入れば大きなものでも収納できるのだ。

「ずいぶん準備がいいな」

「良い素材が手に入ったら、使ってみたくなるのが人の(さが)でしょう」

 それからマナ伯母さんが売ってくれた貴金属を使って、ペンダントトップをいくつか作った。

 幼少期から祠巡りでポイントを貯めていた辺境伯寮生組はウィルに劣らない高価な金属を購入できた。

 ボリスとアレックスは台座を木材にしてペンダントトップを作った。

 二人とも母親へのお土産にするようだ。

「資格はいっぱい取っておいた方がいいんだね」

「妻の装飾品は私が作ったものがほとんどだぞ。錬金術は便利だから、帰ったらちゃんと勉強しなさい」

「「はい」」

 ぼくはアリサのお土産にみぃちゃんのチャームを作っていたら、エリザベスの分も作ってほしいとウィルに頼まれた。

「白金のみぃちゃんに螺鈿の首輪なんて小さすきてぼくではできないよ」

 ウィルの作ったみぃちゃんは不細工な招き猫みたいになっている。

 ぼくは必ずエリザベスに渡すことを約束させて、アリサとお揃いのみぃちゃんを作った。

 なかなか良い出来だったので、みんなが欲しがり、素材を安価な金属にして、旅の記念に冒険者さんを含めた全員分を制作した。



 夕食は鱈鍋とカキフライで、鍋料理が初めての面々が楽しそうにしていた。

 ぼくはメイ伯母さんの御旦那さんに海釣りができるかどうか聞いてみた。

「海の結界の外に大型の魔獣が出現したようなんだ。今日も波が高くて漁ができなかったから、明日も無理だと思うよ」

 海の大型魔獣といえば……。

「「「「「「クラーケン!!!!!!!」」」」」」

 子どもたちがワクテカしながら言った。

「かもしれないな。海の結界があるから港に侵入することはないが、高波にさらわれたら死んじゃうから、明日は海に近づいてはいけないよ」

 せっかく海に来たのに残念だな。

「ああ。それなら飛竜騎士師団に依頼が来ていたから数日で方がつくよ」

「飛竜騎士師団!」

「帝国から依頼が来たようだ。貿易船が入港できるように対処してほしいらしい。討伐するかどうかは現場で判断するようだ」

 飛竜騎士師団は見てみたい。

 海の見える高台からなら、視力強化をしたら見学できるかな?

おまけ ~とある冒険者の呟き~

 魔法学校でも魔力が多く、王国の騎士団に入ることを希望していたが、両親に止められた。

 平民が騎士団に入団しても、真っ先に危険な先鋒をとして使い捨てられる。

 冒険者になった方がマシだ、己の才覚で生き延びられる、と言われた。

 自分の性格を考えても冒険者の方が向いているので、卒業後は冒険者ギルドの登録をした。


 親の言うことは聞いておくものだ。

 冒険者の仕事は危険なものほど報酬がいいので、自分の力量を見誤らなければそこそこ稼ぐことが出来た。

 農村部での騎士団の派遣を要請するほどではない程度の魔獣討伐を得意として、ソロで名を上げていった。

 それでも依頼内容からパーティーを組むことがあったので、気の合うメンバーと組んでいるとだいたい同じ顔触れになった。

 そうするうちに貴族の都市間移動の護衛を引き受けることが多くなった。


 海に遊びに行く魔法学校生の護衛を引き受けたのは、危険度が低いのに報酬がべらぼうに高い事が一番の理由だった。

 公爵令息に、大富豪の息子など参加メンバーが金持ちばかりなので、俺たちの今までの真面目な仕事ぶりが評価されて、ギルド長から推薦されたのだ。

 初顔合わせが公爵家なのには緊張したが、ギルド長から一般の魔法学校生たちと、その保護者として接するようにと言われていたので、無礼講で済むはずだと思っていた。

 

 実際、無礼講でよかった。


 ただ、自由奔放で有名なラインハルト殿下に、ハルトおじさんと呼んでくれ、と言われた時は気が遠くなるかと思った。


 ラインハルト様の護衛は伝説級の冒険者だった。

 一緒に仕事ができることが誇らしかった。

 酒場で自慢したいが、この仕事の内容は口外法度の契約なのだ。


 何も危険なことのない道中なのに、街道をそれて何度も素材採取をする少年について回ることになった。

 希少な素材ばかりだったのに、付き合ってくれたからと幾つか分けてくれた。

 売らずに取っておいたら必ず使う機会がある、と言われた。

 なんだか知らないがそうした方がいいのだろう。


 宿泊予定の領主館では貴族扱いされる信じられない待遇だった。

 ぼくたちを守ってくれる人が安心して休める環境であるべきなんだ、と少年は言った。

 少年は殿下や領主と難しい話もするが、部屋で仲間たちと大騒ぎもする子どもらしさもあった。

 翌朝は美しい歌声で領主館の全ての人々の心をつかんだ。

 次々に出てくる高価な魔術具に彼が大富豪の息子なのだと気がついた。

 

 海に着いたら真っ先に海の神の祠に魔力を奉納する信心深さを見せたのに、本当の目的は美味しいものを食べるだけだった……。

 お金持ちの道楽は俺には理解できない。


 いや、前言撤回だ。

 信じられないほど美味いもののために旅をするのは大いにありだ。

 寿司は生きている間にもう一度食べたいと思わせるほどのものだった。


 そして、俺は気付いた。

 この仕事の内容が口外法度になっているのは、殿下が同行しているからではない!

 この少年の魔術具がそうさせているんだ!!

 無詠唱魔法を可能にする魔術具に、魔術具のように変身するスライム……。

 

 楽な仕事に高額な報酬がつくわけがなかったんだ……。


 おいおい…クラーケンなんて、本当に存在する魔獣だったのか!!!

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[一言] 二重線以下《おまけ》部の誤字報告 ・海に着いたら真っ先に海の神の祠に魔力を奉納する信心深さを見せたのに、本当の目的は美味しいものを食べるだけっだった……。→海に着いたら真っ先に海の神の祠に魔…
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