表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/809

それぞれの思惑

 七大神の祠巡りでは予想通り709ポイントも奉納してしまった。

 神様は他の生徒からもたっぷり魔力を搾り取ったようで、中央広場に集まった生徒たちは口数が少なかった。

「護衛を連れた上位貴族が市内を巡る機会が多ければ、治安も向上していきそうだね」

 ウィルの着眼点は悪くない。

 領都ではそもそも子どもたちが気軽に祠巡りができる環境にしてから祠巡りをした。

 治安が良くなったから市民以外にも、行商人や教会にやって来る地方の人たちまで参拝するようになった。

 そんな観光になっても治安がいいのは、キャロお嬢様をはじめとした上位貴族が護衛を引き連れて祠巡りをしているからだろう。

「都市の治安が向上するためには、極端な貧富の差があってはいけないんだ。祠巡りだけでなんとかなる問題じゃないよ。都市を支える結界に魔力が満ちることで余裕が出た魔力を使って、経済がうまく回るような事が出来るといいね」

「魔力に余裕が生まれることと、経済が良くなることが結びつかないよ」

「大型の魔道具を作る余裕が出てくるだろう。そうなると新たな雇用が生まれるでしょう。仕事が増えればお金が回るじゃないか」

「確かに魔道具を作れるのは貴族だけど、原材料をそろえるのは平民だね。運搬もそうだ」

 平民を侮らない方がいい。

 うちの家族は平民上がりだけれど、そこら辺の貴族より魔術具が作れる。

 今日火の神の祠で出会った少年がこのまま家計の足しになるように魔力奉納をし続けたら、洗礼式で鐘を鳴らすだろう。

 彼の兄弟もきっと魔力奉納を頑張るだろう。

 そうやって魔力を増やした市民が、魔法学校のカリキュラムが変更になったおかげで早めに魔法を学ぶことができる。

 貴族並みに魔力を増やした彼らが魔術具を制作できるようになれば、生活水準も上がるはずだ。

 ぼくにできることは平民用の奨学金を目立たずに設立することだ。

 仕事を奪われることに貴族たちが気付いてしまったらきっと妨害してくるだろう。

 貴族が作りたくないような魔術具の開発をしたら平民の仕事として確立できるかな?

「また何か考え込んでいるけど、面白い事なのかい?」

「あったらいいなと思う事だけど、面白い事じゃないよ」

 こうして、ぼくは祠巡りの一日から、新会社設立の構想を抱くのであった。

 トイレ。

 これって必需品だけど貴族が作りたくなる魔術具じゃないからいけるかもしれない。



「面白いことを考えたね」

寮の食堂でヒレカツ定食を食べながらハルトおじさんが言った。

 ハルトおじさんは王都で王族の義務を果たすために時々王都に滞在しているのだ。

 きっと国の結界に魔力を注いでいるのだろう。

 遊んでばかりいると思っていてごめんなさい。

 新会社設立と従業員育成のための奨学金の話を家族に相談したら、ハルトおじさんがトイレの魔術具の独占販売権を持っていて、売れた戸数だけロイヤリティがうちに入る契約だから、ハルトおじさんを懐柔しなければいけない、とのことだった。

 後ろ盾としても理想的な人物だ。

「学校のトイレも快適じゃないと、学校生活も楽しめません。うちは弟妹がこれから入学するので、トイレを寄贈することは家族も賛成してくれました」

「そうすると、欲しがる貴族たちが大勢現れて辺境伯領の工場では対応できなくなる、という事か」

「そうです。新会社を設立しても、職人が育つまでは時間がかかります。当分の間は辺境伯領の工場の出荷待ちが続きますし、王都の工場が稼働し始めたら新機能を搭載した新作を発表したら上位貴族なら絶対にそっちに買い替えるでしょう」

「なぜそう言い切れるのかな」

「早く食べ終わってください。食事中に話す内容じゃないのです」


 食事を終えたハルトおじさんをぼくの研究室に連れて行って具体的な話をするつもりだった。

 場所の選択を間違えた。

 魔法の杖の実演を一通り済ませた後じゃないと話にならなかったのだ。


「それでその上位貴族がこぞって欲しがる新機能とは?」

「使ったら必ずトイレ掃除をしてくれる魔術具です」

 ハルトおじさんの反応は鈍い。

 それはそうだ。

 偉い人は自分で掃除をしないから、必要性がわからないだろう。

「ハルトおじさんは、ぼくたちの誘拐事件の顛末をどこまでご存じですか?」

「……ああ。わかったぞ。完全な掃除なんだな」

 ハルトおじさんは鳩が何を追ってきたのかに気がついたようだ。

「排せつ物の残留魔力を使ってトイレ掃除をしてしまうのです。残留魔力を悪用される恐れがない上にトイレがいつも清潔なので、感染症対策にもなります。上位貴族だけでなく本当は一般家庭にまで普及してほしいですね」

「これはあったらいいね、を越えて来たな。私がその魔術具の独占販売権を獲得する代わりに、王都での新会社の設立を認可して、奨学金の後援に名を連ねたらいいのだな」

「そうです。ぼくはまだ子どもなので表立っては何もできませんが、法人化して出資します」

「わかった。ジュエルと話を後で詰めよう。この事業は王家も関与することになる。慈善事業の皮を被った、ごっつい金儲けの機会を与えられたようなものだ。連中はほっとくまい。その辺りの折衝は私と伯父上に任せてくれれば悪いようにしない」

 連中が王家で、叔父上が辺境伯領主なんだよな。

 話が大きくなってしまったが、やりたいことをやるためには仕方がない。

 頼りになる大人がたくさん居てくれるおかげで、ぼくは面倒ごとをほとんど丸投げできそうだ。

 「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」



 中級魔法の卒業制作が認められたので、いよいよ海に行く計画を実行できそうだ。

 メンバーはぼく、ボリス、マーク、ビンス、ウィル、そしてなぜか、アレックスが立候補してきた。

 大人の引率を寮長に断られ、ジャニス叔母さんの旦那さんは公爵子息の引率は断固として嫌だと言ったので、誰かいないかと中庭で相談していたら、どこからともなくアレックスがやってきたのだ。

 アレックスが、親族に休暇が取れる騎士がいるから参加させてほしい、と割り込んできた。

 護衛に信頼できる冒険者を雇っているから騎士と冒険者はそりが合わないだろうと断ったが、引退後に冒険者になりたい人だから大丈夫だと食い下がってきた。

「海に行くメンバーで顔合わせの日を設けようよ。それで問題があるようなら、うちの従者に付き添ってもらおうよ」

 ウィルの参加の条件が公爵令息としては扱わない、とメイ伯母さんが強気の条件をつけたのに、ラウンドール公爵の従者がついてきたのでは実質的には公爵令息扱いになってしまう。

「アレックスは試験勉強が間に合っていないじゃないか」

「マークとビンスに張り付いて勉強のコツを教わってこいと勉強会の講師に言われたんだ」

 あれ?

 勉強会の後援は王太子殿下だったよな。

 これはなにかな。

 出来損ないのスパイと、さらにお目付け役として騎士をよこすという事だろうか?

「顔合わせの会場は家にしようよ。母上もエリザベスも、みぃちゃんとシロに会いたがっているんだ」

 みぃちゃんとシロも海に連れて行く。

 別日に公爵家に招待されるよりは、みんなで押し掛けた方が気楽にすむ。

「冒険者たちが公爵家に怯むようでは、今回の護衛には向かないから、それでいい気がするよ」

 マークがそう言うとビンスが嚙みついた。

「お前は本家に見栄を張りたいだけだろ!本家に帰っているときに公爵家の迎えの馬車が来たら、うるさい婆さんを黙らせられるとでも思っているんだろう」

「ビンスにだって利点はあるよ、ラウンドール公爵に招待されたら将来王宮の文官を志望した際に顔つなぎになるじゃないか」

「辺境伯領の文官の方が魅力的だよ」

 ビンスは無駄に緊張するだけじゃないか、と小声で呟いた。

「「なんか、辺境伯領って楽しそうだな」」

「故郷がいいところだと思うのは普通のことだよ」

 夏休みの帰省にウィルとアレックスがついてこないように、やんわりと話題を打ち切った。

「ウィルがご両親の了解を得たら、顔合わせは公爵家で良いかな」

「「「「「いいとも」」」」」



 公爵家での顔合わせには、なぜかハルトおじさんが居た。

「殿下と呼んではいけないよ。少々いかつい護衛がいるが、冒険者諸君とも仲良くできる弁えた人物だから気にしないでね」

 ハルトおじさんも海に行く気でいるようだ。

 この前、ハルトおじさんに海に行く理由を、美味しいものが食べたいから、と説明したから『グルメツアー』とでも思われてしまったかな。

 同行する冒険者は三人ともかたまってしまっている。

「ハルトおじさんも行くなんてメイ伯母さんに言っていません。向こうのお宅が困るじゃないですか!」

「カイルの家にメイさんが居る時に、ただのハルトとして伺いたい、と言ってあるよ。公爵令息がただのウィルとして行くときに便乗した方が、メイさんへの迷惑が一度で済むだろう」

 迷惑だって自覚があるのに押し掛けるのか。

「引率も私がすれば問題ないだろう。アレックスは王都で受験勉強でもしていなさい」

「でででで、でん…かぁ」

「ここに殿下はいないよ。それがわからなければ、参加は見送ることだね」

「まあそうおっしゃらずに、連れて行ってやってもよろしいでしょうに。アレックスはあの匂いもしなかった子なのですから」

 ラウンドール公爵はアレックスを推してくる。

 スパイの匂いのするアレックスをメンバーに入れるのか……。

「今回の旅行にはうちのペットも同伴するので、相性が悪いようならお断りしてもいいですか?」

 ここはシロに頼ろう。

 スパイかどうかはシロに判断してもらおう。

「それもそうだな。カイルの犬と猫はとても優秀だ。彼女たちに嫌われるようでは同行できないな」

 ハルトおじさんには、シロが精霊であることは秘密にしている。

 みぃちゃんと同様にただの賢い魔犬だと思っている。

 ぼくは全員の許可を得て、公爵夫人とエリザベスの接待をしていた二匹を連れてきてもらった。

 “……ご主人様。アレックスはスパイにはなりません。スパイは付添いにする騎士の方でしたが、ハルトおじさんが退治してくれたので問題ありません”

 “アレックスを連れて行く利点は?”

 “……ある程度こちらが何をしているかを王家に流しておく方が、やつらの扱いが楽になります”

 “二重スパイにも使えないし、お荷物かと思ったが、秘密にしている方が、しつこく探られるのか”

 “……消しましょうか?”

 “王族を消したら面倒になるよ”

 “……ご主人様。あのものたちが居なくなれば、ご主人様のやりたいことがやりやすくなります”

 “そうしたら帝国が乗り込んでくるだけだよ。遠回りかもしれないけれど、これで良いんだ。どうせぼくはまだ子どもだからね”

 ぼくがアレックスの参加を認めたので、みぃちゃんがアレックスの前に出るとミャアと鳴いた。

 “……あたいの家来になるかい”

「ああ。みぃちゃんが認めてくれたよ。これでぼくも参加資格があるよね」

 みぃちゃんの家来になることが『海でグルメを満喫するぞツアー』の参加資格ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ