祠巡りの特別授業
ティーカップに水を出したり、照明の光を出したり、といった室内で実演しても問題のない魔法をいくつか披露して魔法の杖をしまうことを許された。
ゴソゴソ鞄にしまうふりをしてポーチにしまう。
せっかく魔法が使えるのだから、サッと消えるようにしまえたらいいのにな。
“……ご主人様。できますよ”
シロの魔法では人に聞かれた時に説明できないから、自分で解決しなければいけないのだ。
「何を考えているんだい?」
ウィルはぼくの表情をすぐ読んでくる。
「せっかくカッコいい杖を作ってもこうゴソゴソ鞄にしまうのはみっともないなと思ってね」
「収納魔法は上級魔法で魔力の使用量も多いから現実的ではないよ」
ポーチで使われているマナさんの魔法は精霊魔法なのだろう。
「中級の魔法課程が終わっているのなら、いくつか魔法書を貸してあげよう。我が家のご先祖様が書いたものだから中央図書館にもないものだよ」
一家の秘伝書っぽいものではないか!
是非とも見てみたいが、公爵家に借りをつくるのは嫌だな。
「中級の卒業制作はまだ何もしてませんが、読めますか?」
「「「魔法の杖で十分だよ」」」
魔法の杖は上級の卒業制作としても驚異的な出来で、初級の卒業制作なら一角兎の杖の部分だけでいい、と言われた。
公爵の初級の卒業制作は書き損じたインクを吸い取る魔術具だったらしい。
「便利で良いものをお作りになられましたね」
「洗浄の魔法とたいして変わらないうえ、上質なインクは消せない代物だったよ。それでも当時の初級生の卒業制作としては上等だったんだ」
魔法の杖は、杖と魔法陣の仕掛けと別々に申請しなおして中級魔法師の資格を取得した方がいいと助言をもらった。
公爵家の魔法書は初級を借りることが出来た。
命の恩人なのだから遠慮はいらないとのことだった。
寮に帰るとさっそく魔法書を読み込んだ。
初級の魔法は基礎だからこそ完璧にしなければいけない、という事がくどくどと書かれていた。
完璧とはどういう状態なのかが書かれていない。
一族への指南書というよりは心得ばかりが書かれており、お前たちも苦労して魔法を使いこなせるようになれという事のようだ。
ぼくが考える完璧な魔法は、指定通りの規模で、むらなく影響を及ぼし、少ない魔力で最大限の効果を出すことだ。
父さんの魔術具がお手本だ。
収納魔法が現在不可能に見えるのなら、実用化されている転移の魔法が有効かな。
上級魔法だから今のぼくでは学べないが、初級魔法で開発したら問題ない。
ずっと気になっていた空魔法は、姿勢制御にしか使えないのだろうか。
空間を制御する魔法陣だ。
きっと使いこなせば、できることが増えるはずだ。
コンコン
「もうそろそろ切り上げないと食堂が閉まるよ」
ボリスがドアを叩きながら知らせてくれた。
「わかったよ。今行くよ」
レンゲで親子丼を掻っ込んでいても、続きを考えてしまう。
これでは美味しいご飯が台無しだ。
せっかくのお米なのだ。
ゆっくり噛みしめよう。
……初めてのお米作りは苦労したな。
……お米。
そうだ!
精霊神の魔法陣だ。
魔法陣を使えば精霊魔法ではない。
親子丼を流し込むように食べると、中庭の精霊神の祠に急いだ。
ちゃんとお祈りしてから魔力を奉納して、魔法陣を解読する。
厳重に隠匿の魔法陣が重ね掛けしてあるが、隠匿の魔法陣には流行時期があり、それを解読できればぼくでも読み解ける。
精霊言語で読み解けば時間をかけずに解読することができた。
もしかして、精霊言語を使えば読み解けない魔法陣は存在しなくなるかもしれない。
その研究は後にしよう。
研究室に戻るなり、シロが回復薬を用意しろと言った。
魔力奉納をした後だし、用心するのに越したことはない。
回復薬をふんだんに用意してから、空魔法に精霊神のお力を上乗せすべく魔法陣を構築してみた。
後は検証だ。
ポーチに入っている魔法の杖が掌に現れることをイメージしながら、魔法陣に魔力を注いだ。
ぼくの掌に魔法の杖は握られたが、体がふらつくほど魔力を消費した。
急いで回復薬を飲むと、机に突っ伏した。
味のまずさと、自分の不甲斐なさに泣けてくる。
お婆が初級の錬金術をなかなか使わなかった気持ちがわかる。
手でやった方が早くて楽ならそうするよ。
お婆が今では簡単に錬金術を使うようになったのは、仕込みを手作業にしてすべての工程を錬金術に頼らないことで、自分の魔力消費量を抑えたからだ。
ただでさえ魔力の使用量が多い空魔法に、精霊神の魔法陣では大量に魔力を消費してしまう。
先人は正しかったのだ。
空魔法は組み合わせて消費量を減らそう。
その後も魔法陣を描きあげては検証することを繰り返し、転移させるものを魔法の杖に限定にすることで、スライムにあげるご褒美魔力程度に抑えることが出来た。
窓の外は少し明るくなっていた。
朝風呂にでも入ろう。
新しい魔法陣の効果は学校でお披露目する前に、父さんに見せることにした。
「この魔法陣は絶対に公開できない。抜け荷の温床になってしまう」
「じゃあ水に限定した魔術具にできないかな。寮でもうちの水が飲みたいんだ」
「それなら大丈夫だろう。俺が作ってやるから、カイルはもう寝なさい。子どもが徹夜をすると大きくなれないぞ」
父さんにはお見通しだったのだ。
寮に帰ってベッドに入ったら、朝練に行くボリスに無茶をするなと怒られた。
小一時間ほど眠った後で回復薬を飲んで身支度をした。
こんな生活が体にいいわけがない。
今後は徹夜の研究はやめよう。
…でも少し寝たらアイデアが浮かんだんだよね。
ぼくは右掌を開いて、魔法の杖を出す魔法陣を精霊言語で刻み付けた。
一瞬掌が光っただけで魔法陣は体になじみ目視できなくなった。
これで魔法の杖を握るイメージをするだけで、ポーチから取り出すことが出来るようになった。
数日後、祠巡りの特別授業が行われることになった。
参加資格は特になく、初級、中級、上級から広く募集されたのだが、告知から締め切りまでの期間が短かったせいか、参加者のほとんどが辺境伯寮生だった。
寮生以外の参加者はウィルと素材採取に行った生徒たちだけだった。
祠巡りの良さがわからないとはもったいない。
魔力奉納をしたら、翌朝には奉納した以上の魔力が体に満ちてくるのにね。
数台の馬車に班分けされてそれぞれ別の祠を周り、中央広場の光と闇の神の祠に集合することになった。
ぼくの班はボリスとマークとビンスに素材採取に行ったウィルを含めた五人と寮の女子二人、引率の教員一人の十二人だ。
王都の七大神の祠は大きさや形は領都の祠と変わらず、祠の前の広場の規模が大きいくらいの差だった。
ぼくの魔力が領にいた頃より増えていたようで、一つの祠で90ポイント以上も搾り取られた。次の祠では1ポイントほど多く奉納させられるのは領での奉納と変わらなかった。
光と闇の神の祠ではいつも五大神の祠より多く搾り取られるから、700ポイントは魔力奉納させられるのだろう。
「カイルはどのぐらいの魔力を奉納したんだい?」
三つ目の祠を回ったところでウィルに聞かれた。
「それは聞かないのがお約束なんだよ。魔力が増える成長期の始まりは個人差が大きいのに、他人の奉納量を知ってしまうと無理をしてしまう生徒が必ず出てしまうものだからね」
引率の教員から指導が入った。
「神様への感謝の魔力の量を聞くなんて、野暮だよ」
「そうなんだけど、なんだか少しずつ多く魔力を奉納しているようで、ちょっと心配になったんだ」
「ああ、そうだよね。なぜか前の祠よりちょっとだけ多く魔力を奉納することになるんだよね」
うちの領では常識なのだが、祠巡りが初体験の素材採取チームには不安に思うところがあったようだ。
「一応あのまずい子ども元気薬は持ってきているよ」
「「「「「………」」」」」
「あはははは、大丈夫だよ。不思議と倒れないギリギリのところで神様は勘弁してくれるものだよ」
ボリスの言葉に五人は青くなった。
「ギリギリまで搾り取られる…」
「笑っているってことは…アレを飲んだことがあるのか……」
「辺境伯領では当たり前の事なのか……」
「君たちはいつも自領でこんな事をしているのかい?」
一緒に魔力を奉納している教員も驚いている。
「七大神の祠の周りには土産屋さんや喫茶店が多くあって、祠巡りは娯楽の一つです」
「「「「「「!!!!!!!」」」」」」
「…これを楽しんでやっているのかい?」
うちの領民にマゾの気質があるみたいに言わないでほしい。
「神様に願いを込めて魔力を奉納することで、町の結界を強化できるなんて、素晴らしい事でしょう」
「魔力を使うとお腹が空くし、良い事をした後に自分へのご褒美に喫茶店で美味しいものを食べて、家族に後ろめたく思ったらお土産を買って帰るのよ」
「そう言われたら理にかなっているんだ」
移動中にそんなことを話していたら、馬車が揺れた。
火の神の祠はスラム街が近くにあって、今日は騎士団が巡回していたはずだ。
魔力探査をしてみても、騎士団っぽい魔力以外の大きな魔力はない。
教員が御者に確認すると、人が飛び出してきたがよけられたので大丈夫だった、とのことだった。
火の神の祠付近ではスリも多く、追いかけている人がしょっちゅういるらしい。
祠の広場に馬車を止めて、三人ずつ降りて奉納することになった。
各グループに女子一人と騎士コースの受講者を配置すると、ウィルとボリスとは別々になる。
ぼくは最後のグループになって、馬車の中で待っていた。
祠に奉納しようと待っていた市民たちが、馬車の中から降りてくるぼくたちが祠を占拠していると言って、怒り出した。
そうだよね。
次から次から馬車が来て、魔法学校の生徒が途切れなかったらそう思うよね。
「俺たちだって暇じゃないんだ。今日の奉納が出来なくなっちまうだろ!」
「オレはひるまでしか、祠をまわれないんだ!」
切羽詰まった子どもの声がした。
なんだか可哀想な事情がありそうだ。
馬車を降りて確認しようとすると、教員に止められた。
「危ないから乗っていてください」
「王都の市民は魔法学校の生徒にいきなり襲い掛かってくるような人たちなのですか?」
「そんなことはないが、いらだっているから危ないのだ」
「大丈夫ですよ。無敵のお守りがありますから」
ぼくは祠のそばで抗議している人たちから事情をきいた。
切羽詰まった声を出していた少年は病気の母親の回復を願って、毎日回れる限りの祠を回って祈っているが、午後は商店街で魔術具に魔力を注いで僅かばかりでもポイントを貯めているのだ。
神頼みだけではなく薬を買うためにポイントを貯める努力をする少年だった。
「君の祈りが神様に通じたから、ぼくがここに居るのかもしれないよ。ぼくは薬師の資格はもう習得済みなんだ。お母さんの症状はどういうものなの?」
詳しく聞くと、母親は産後の肥立ちが悪く床上げができない状態なのに、内職を続けて衰弱していったようだった。
身長も低くやせ細っているのなら、子ども元気薬でなんとかなるだろう。
「物凄くまずいけど良く効くお薬を持っているんだ。これをお母さんに飲ませるといいよ。まず過ぎて悶えることになるから、この飴もあげよう。お母さんが元気になったら残った飴を君が食べたらいい」
ぼくは回復薬と飴玉を少年にあげると、母親が元気になったらお礼参りをするように言った。
「いいのかい。あの薬はとても高価なんだろう?」
「自分で作れるようになったので問題ありません。これも神様のお導きかもしれませんから」
薬師の資格を取ってすぐに、病気の母親のために魔力を絞り出して頑張る少年に会うなんて、偶々にしては出来過ぎだろう。
情けは人の為ならずなのだ。




